第五話
緩やかなる崩壊(1)
「ジェット加速器内に送る重金属イオンノズルが詰まっていたんです」
チムロ・フェンの整備士デネリア・フィスはフレニオン粒子通信を繋げて技術的な説明を続けている。相手はフォア・アンジェ旗艦レクスチーヌの整備班長マーク・エックネンだった。
「今のイオンノズルってペネライト合金にハルスマイト蒸着してあるのが普通じゃないですか? でも、フィメイラのイオンノズル、ペネライト合金の未加工成形品だったんですよ」
「ああ、そうか……」
「それで現行規格の重金属推進剤ロッドを使うと、加熱剤として添加されてるダナファストがノズル内に固着しちゃうんです。それがずっと溜まっていって完全に詰まってしまって噴かなくなってたんです」
イオンジェット推進機は重金属イオンを加熱噴射することで推進力を得ている。質量エネルギーと熱量エネルギーを放出した反力を推進する力に利用しているのだ。
この熱量エネルギーを増加させ、より高い推進力を得るために推進剤ロッドにダナファストという物質が添加物として加えられる。推進剤に使う重金属ルチニウム合金とダナファストが化合すると加熱効率が上がり推進力も増す。
ただ、実験の結果としてルチニウム合金とダナファストの化合物はイオンノズルのペネライト合金に固着するのが確認された。そのためにイオンノズルも規格が一新され、ハルスマイト蒸着加工された物が一般化した。
「
エックネンは事情を話す。
「なるほど! 推進剤ロッドの規格が変わったのって二十年前ですもんね。前の規格のイオンノズルが取り付けられていたって変じゃないです。でも二十数年前?」
「色々とあって詳しくは話せねえ。勘弁な、お嬢ちゃん」
「それは構いませんけど……」
祖父のような年代の、高い技術を持つ人物に頼み込まれると追及は難しい。
「すまんな。俺もノズルヘッドの摩耗まではチェックしたんだが、細管まで見てなかったんだ。で、どうしたんだ?」
「レーザートーチで焼き抜けば直りますけどそれだとまた詰まっちゃうんで、規格品を外径加工して取り換えちゃいました。これなら現行規格の推進剤ロッドが使えますから」
「助かる。加工データを送っといてくれねえか? こっちでも交換部品を準備しておかないとな」
「お安い御用です」
デネリアはすぐに請け負う。各部姿勢制御パルスジェットのノズルも、テールカノンのノズルも見直してあったので、纏めて送るとしっかりとメモした。
「それで、坊主はどうしてる?」
声音がまるで身内の気遣いをするものに変わる。
「昨夜はルットのところにお呼ばれして泊まっています。あそこなら近いので。もうそろそろ、うちの妹と一緒に戻ってくるはずですよ」
「少しは子供らしいこともしてるんだな。安心した」
「子供過ぎて困るんですよ。本当はコリンまで泊まるとか言いだして。さすがに年頃ですし、あちらのご両親に気を遣わせてしまうじゃないですか? だから止めたんです」
エックネンは大笑いしている。だが、誰かと話し始めたかと思うと相手が変わった。
「急にごめんなさいね、マルチナです」
レクスチーヌの副艦長という地位の女性に突然話しかけられて戸惑う。
「申し訳ないのだけれど、理由は訊かずにお願いを聞いてくださらない?」
平静を保つのは無理で、少しうわずった肯定を返してしまった。
「ユーゴの普段の様子を気に掛けておいてほしいの。それと、何かあった時はコクピット内の映像と音声は必ず保管して送ってもらえないかしら? これは大事なことよ」
「ユーゴくんの、ですか?」
「ええ、お願いね」
得も言われぬ不安に駆られながらもデネリアは了承した。
◇ ◇ ◇
ラティーナ・R・ボードウィンは手広く集めた資料に目を通し続けている。それは古いゴート神話の資料。
聖典の類は簡単に手に入るが表現が抽象的で理解に苦しむ。しかも訳し方次第でそれぞれの解釈が変わっていたりするので方向性しか掴めない。
ゆえに思い切って色々と収集してみれば出るわ出るわ、モチーフにした小説などから映像作品まで雑多な資料データがモバイルのストレージを圧迫する。主観の入った創作は軽く検分して分類し、最大公約数的な原初の神話を抽出する必要に駆られた。
「
そこまでは簡単に辿り着ける。
多くの神話に見られるようにゴート神話にも創造者が存在する。一神教では創造者にして破壊者が一般的だが、彼女がまとめた多神教では分業制だったらしい。様々な奇跡に合わせて担当が存在するようなものである。
「破壊神は破壊のみを司る神。でも、それだけでは駄目だものね」
壊したのちに再生する神が存在しても、破壊が無秩序では始末に負えない。そんな描写が多くから見られた。
「これが
「そしてこれが
車輪を模した紋章に切り替わった。
破壊のみを司る神を御するのが
「いったい誰が
ラティーナの碧い瞳に怒りが宿った。
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