フィメイラ(6)

 マルチナ・ベルンスト副艦長による全体確認が行われたのだが、アームドスキン『フィメイラ』の配備を要請した者や、搬入計画を知る者さえ誰一人として居なかった。僅かに整備班長のエックネンが、それがユーゴ・クランブリッドを搭乗者として搬入されたものだと報告する。

 由々しき事態だと判断した艦長フォリナン・ボッホは各部門の関係者を艦橋に招集して意見を求める。しかし、一番の当事者とも呼べるユーゴ本人は、休息が必要だとするラティーナの頑強な主張によってそこには居ない。代わりに出席すると申告した彼女があとで上がってくることになっている。


「それでフィメイラあれは一体何なのかしら?」

 口火を切ったマルチナの質問に、明確に答えられる者は居ない。

「新型アームドスキンなんじゃないですか? ガルドワが気を利かせて回してくれたんじゃないかと」

「あんな機体が開発されているって聞いたことあります? ご覧になったでしょ? あの特殊な形状」

 疲れからかいい加減な意見を上げるスチュアートに、ユーゴのソフトウェアエンジニアとして参加しているペリーヌが反論する。

「目立つはずです。新機軸であるならマスメディアが放っておくとは思えません。どこかが嗅ぎつけているでしょう。わたし、そんな情報掴んでませんけど?」

「極秘で開発されてたんじゃ……」

 睨まれて黙る。


 彼女もエンジニアだ。特殊な技術開発が行われているのなら注目する。それなのに一切の情報が無いのを不審に感じているのだろう。


「そもそも、ユーゴくんが名指しで専属搭乗者とされてたんでしょう? 正規パイロットでもない彼に極秘開発されたアームドスキンが与えられるわけないじゃないですか」

 そこが一番不可解な点である。

「うむ、秘密にしていたが私も一応彼をパイロットとして扱うよう指示を受けた一人だ。ガルドワは少年を認識しているのは間違いない。その指示を出した人間がフィメイラも送って寄越したのだろう」

「それは俺も聞いてましたけど」

 知っていたのは艦長とマルチナ、スチュアートの三人だけである。初耳のメンバーは驚きの面持ち。

「それでは調べるべきはユーゴくんのほうになるんですか?」

「そうなるわね」

 マルチナがペリーヌと意見の一致を見たところでラティーナがやってきた。

「遅れました。すみません」

「いきなりですまないが、ユーゴくんに関して聞いても構わないかね?」

「はい? 私が知っている範囲のことであれば」


 情報を持っているのは彼女だけである。ラティーナ自身に関しても明確な情報があるわけではないが、マルチナもそれとなくは察している。彼女のことは保留で構わないだろう。


「あの子は孤児なの? 両親は?」

 調査を進めるうえで進行役として質問する。

「母親が居ましたが、今は失踪しています。もう二年以上になりますけど」

「どんな方だったの?」

「おばさまは普通の方でした。環境調査員としてレズロ・ロパ開発の初期から西の外れに家を建てて住んでいらしたと聞いています。ユーゴを育てながら時折り森の調査に出ておられました。父親のことは聞いたことがありません。その……、デリケートな内容なので。それがあのアームドスキンと関係あるんですか?」

 そう訊かれると困るが辿る糸がそれしかないと告げる。

「私たち姉妹もとてもお世話になった素晴らしい方です。家事一般や家の管理なんかもジーンさんに全部教わりました」

「そう。ジーン・クランブリッドさんとおっしゃるのね。容姿は?」

「お綺麗な女性です。ユーゴと同じブルネット、深い栗色の長い髪をしていらして、瞳の色は彼と違って濃い灰色でした」

 ラティーナは思い出しつつ語っている。

「待ちな、お嬢ちゃん。栗色の髪に灰色の瞳の美人だって?」

「ええ、そうです」

「おいおい、そいつはもしかしてジーン・メレルか? フォリナン、お前なら分かるだろ?」


 黙って聞いていたエックネン整備班長が驚きの声を上げる。彼の思い付きはボッホ艦長も知っているはずの事実らしい。


疾風しっぷうジーンか」

「ど、どなたです?」

 フォリナンの懐かしむような声音に動揺する。

「ガルドワ軍に名を馳せた女性パイロットだ」

「別嬪だったし、あの頃はとびきり人気があったぜ」

「俺も疾風の二つ名くらいは聞いたことがあります」


  二十一年前の進宙歴477年、ゴート軍の残党がザナストを名乗って活動を強めていると発覚した。その当時は、本星への試験移住案が通って建設が開始されたばかりであり、ガルドワは被害を拡大させたくなかった。それで軍から派遣された部隊のうちの一人がジーン・メレルである。

 アームドスキンを駆って、人並外れた素早い機動を見せる彼女はいつしか「疾風」の二つ名を預かるようになったそうだ。怖ろしいほどの撃墜数を誇った彼女だったが六年後の483年、軍から忽然と姿を消していた。


「聞いた話じゃ、いきなり退官したそうだけどな」

 エックネンは締め括る。

「どなたかと結婚なさったのでしょうか?」

「タイミング的にはそうなるんじゃねえか? それで坊主が産まれたなら辻褄は合うぜ。ただ、そんな浮いた噂は聞かなかったんだけどよ」

「彼女の息子だと言うのなら、ユーゴくんのパイロット適性の高さも頷けるのだろうが、それだけでは今回の話には繋がらないな」

 母親の伝手が二十年以上も残っているとは考えられない。今は状況が違う。


 マルチナも、辿るべき糸が切れつつあると感じられていた。

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