黒い泥(3)

 目の前には左の肩口から腰までを切り取られたアームドスキンが仰臥している。残りの部分がどうなったかは分からないが、今でも上空では轟音とともに光が瞬いているのをユーゴ・クランブリットは感じていた。


「ああ……、あ……」


 その、直径で2m近くある腕の下には一瞬前まで幼馴染のサディナの姿があったのだが、もう見えない。そこにはじわじわと何かが染み出し、泥を黒く染め上げようとしている。


「あああっ!」


 堪らなくなったユーゴは駆け寄って金属製の巨腕を持ち上げようとする。すぐにそれは叶わないと知った彼は、必死に黒い泥を掻き集めようとした。まるで、そうすれば幼馴染が元気な姿を取り戻すというかのように。


(サーナが……、死んじゃった……)


 無論そんなことは起こらない。ユーゴも無駄な行為だと分かりながら止められない。掻き集めた黒い泥を震える腕で持ち上げると慟哭が喉を突いて出てしまう。


「はああうぁー!」


(大事な人を、大切な家族のようなサーナを守れなかった)

 後悔が気力を根こそぎ持っていきそうになるが、何かを思い出した彼は勢いよく背後を振り返る。そこには大地にへたり込んで呆然としたラティーナがいる。

(ラーナまで死なせられない)

 奥歯を噛み締めると、冷えたように感じる身体の芯に熱いものが込み上げてきた。


「お……」

 空にはこちらを観察するように見下ろす金属の巨体が浮いている。おそらく目の前の機体を斬り裂いて落としたアームドスキンだろう。

「お前か……? お前か! お前か! お前かー!」

 喉も張り裂けよとばかりに咆哮する。相手に伝わっているかどうかなんてどうでもいい。


 彼は駆け出した。闇雲にではない。50m向こうには先ほど落ちてきた黄土色のアームドスキンがハッチを開け放ったまま放置されているのだ。

 衝動的にコクピットへと急ぐ。どこをどう登ったかも分からないが、どうあってもそこへ辿り着かなくてはならない気がしたのだ。


「ユーゴ……、駄目……」

 視界の隅で腕を差し伸べたラティーナが彼を制止しようとしているのが見える。

「待ってて!」

 ひと声かけるとパイロットシートへと背中から飛び込む。


(お前だけは許さない!)

 上空の鈍色の機体を睨み付ける。


 体重を感知したシートが足の間へとコンソールパネルを撥ね上げる。このアームドスキンを表す図形が像を刻み、点滅するハッチ部分に指を触れさせるとハッチが閉じた。

 代わりに、球状を描く正面のモニターには外の様子が投影される。視点が微妙に異なるのは、コクピットの位置と機体頭部が違う所為だろう。


「動けよ! 動かないとあいつをやっつけられない!」

 そう言いつつ、レバーの付いたアームのような部分に腕を合わせる。


 かなり前のめりにならないと上手くいかない。サイズが大人のそれに合わせてあるのだ。無理をして添わせると、前腕部と上腕部で一ヶ所ずつシリコンベルトが腕を押さえるように湾曲した。


「動いてよ!」

 ユーゴは懇願する。

『機体稼働条件に不備があります。σシグマ・ルーンの使用を強く推奨します』

「分からないよ! でも動いてくれないと困るんだ。非常事態なんだよ!」

『緊急事態事項を承認。パイロット登録は省略。出力を増加させて対応します』

 重く低い稼働音とともにアームドスキンが蘇りつつあるのがわかる。

『状況に基き、機体同調シンクロン深度を上げますか?』

「いいからやって!」


 何かがユーゴの脳内へと滑り込んでくるような感触を味わう。びくりと震えた身体を抑え込むと、次の瞬間には自分を覆っていた膜のような何かが弾け飛んだような感覚に襲われた。


(なんだ。僕がここに座っているのは当たり前のことじゃないか)

 そんな風に感じてしまう。

(この機械は僕に使われるようにできている。思うがままに使えばいい)

 異常な意識状態だと言えるそれが、今の彼には認識できない。


 上空のアームドスキンは興味を失ったのか、背中を向けて飛び去ろうとしていた。


「お前ー!」

 すぐさま上体を起こした機体に、大地を両足で蹴らせて飛び立つと一気に迫る。

「なんだ、この声。子供か?」

「サーナを殺したなー!」

「それは玩具ではない……、ぐっ!」


 ユーゴの黄土色のアームドスキンは無挙動から腕を振り回して鈍色の機体の頭部を打ち抜いた。相手が弾け飛ぶと同時にユーゴの側も反動でバランスを崩す。反射的にペダルを踏み込んだら、追い打ちを掛けるように頭突きをするような格好になった。


 全ては意識してやったことではない。動かしたこともないアームドスキンに乗った彼の無意識に行った操作の結果。ただ、それは相手に衝撃を与えるのに十分な行動だった。


「子供がいきまくな!」

「大人が出鱈目をするな!」

「貴様!」


 殴り付けてきた敵機から身を逸らすのは無理だったが腕を掲げて受ける。しかし、ユーゴにはまだ半重力端子グラビノッツで浮いているという意識が乏しい。踏ん張り切れずに下へと叩き落されてしまう。


(いけない!)


 アームドスキンは彼の意識を読んで背後を映したサブウインドウを右下へと滑らせてくる。そこには何かを叫んでいるラティーナの姿がある。ペダルを軽く踏むと機体は横へとずれ、その傍へ着地した。


「ユーゴ!」

 髪を振り乱して彼女は止めようとしている。

「ごめん!」

 だが、彼は手を伸ばす。そこには求める武器があったのだ。


 半壊した機体の右手が握っている大型銃器のような武器を奪い取る。持ち替えると、更に迫ろうとしている敵機へと向けてトリガーを引いた。

 ビームカノンは光を吐き出すが、もうそこには居ない。ただ、ユーゴには相手がどこに移動したのか感じられた・・・・・。そこへ向けて砲口を指し向ける。


「なにをぉー!」

「終われよ!」


 彼はトリガーを引き絞った。

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