黒い泥(4)
砲口はビームを放ってはくれなかった。
「なんでだよ!」
機械は苦情を受け入れてくれない。
ユーゴは仕方なく飛び上がらせつつ再びトリガーを引く。今度は発射されるが、敵機は待っていてくれない。
(一度撃ったら、しばらく発射できないんだ)
彼は学ぶ。
その通り、ビームカノンは砲身冷却のために一秒のインターバルを必要とする。そのリミッターを外して連射しようとすれば、数射で砲身は溶解してしまうのだった。
「先に言ってよ。他に武器は!」
今度の言い分は通じたのか、コンソールでショルダーガードの下の持ち手のような物が点滅している。それと同時にどんな操作が必要か、頭へと情報が流れ込んできた。
既にその感覚に違和感はない。左手に持ち手を握らせる動作をさせると同時に、次々と流れ込む情報へと意識を振り向ける。彼の乗るアームドスキンはパイロットが不慣れだと学習し、操作をナビゲートし始めていた。
猛然と迫ってきた敵機が光り輝く剣で斬り掛かってきている。ユーゴは右手を掲げて指でセレクターレバーの一つを落とすと上腕部に円形の盾が展開されて敵の攻撃を阻む。
(ジェットシールド?)
コンソールには「ジェットシールド展開」の文字が躍っている。
(これでビーム兵器も防げるはず)
情報から彼もそう理解している。
ビームもビームブレードもジェットシールドも結局は全て同じ重金属イオン噴射の産物である。それを収束して放つか、磁場内で集束循環させるか、円形に広げて循環させるかの違いでしかない。相互に干渉して効果を防ぐのも当然なのだが、そこまでの知識はユーゴにはない。何が起こるかが重要なのだ。
「そうと分かれば!」
「何だっていう!」
ユーゴが立ち向かう勇気を振り絞って吠えると、敵パイロットも応じてきた。
◇ ◇ ◇
(なんだ、この違和感は?)
彼の乗るグエンダルはザナストでも新鋭機に当たる。その機動性に、目の前の黄土色の古臭い機体で対抗してくるのがアクス・アチェスには理解できない。
それどころか、声のトーンからして乗っているのは少年だと感じられた。なのに、彼に向けられた先ほどの砲口は一瞬の覚悟を必要とさせるほどだったのだ。
(俺にジェットシールドを使わせるほどだと?)
それはアクスの矜持をいたく傷付ける。
彼はザナストでも屈指のパイロットのはずである。対抗できる敵手などそう出会ったことが無い。なのに、こんなガルドワを刺激するためだけの作戦で現れた敵に動揺させられるのが我慢ならない。それがアクスをムキにさせていた。
ジェットシールドでブレードを防いだ敵機は自らもブレードで斬り付けてくるが、その挙動はあまりに不用意に見える。大きく振り被る攻撃を容易に避けた彼は、ビームカノンを持たせた右手で殴り付ける。
叩き落した黄土色のアームドスキンはラウンダーテールを噴かせて落下速度を落とすが、その姿勢は大の字だ。ただの的でしかない。
「素人が!」
「そうだよ! でも、やられて堪るか!」
交戦協約で謳われた共用回線から聞こえる声はやはり幼く聞こえる。
降伏や投降の意思を伝えるための共用周波数だが、そこから降伏の意思は訴えられていない。あくまで戦う気のようだ。
振り向けた砲口に敵機は滑って逃げる。その機動が無茶苦茶なだけに予想しづらい。そこからも相手が素人だとはっきり分かるのに、なぜか捉え切れないのが余計に苛立たしい。
(なんだっていう!)
アクスの胸に去来するのは疑問ばかり。
かと思えば、狙ってくれと言わんばかりに正面へと入ってくる。カノンを発射してジェットシールドで防がせると、その隙に敵機の後ろへと入り込んだ。
(もらった)
無警戒な背中をさらすアームドスキン。
(なにぃ!)
まるでそこに居るのが見えているかのように後ろに向けての肘打ちを放ってきた。完全に居を突かれたアクスは胸に直撃を受けてしまう。
「がっ!」
緩衝アームでも吸収し切れない衝撃に息が漏れた。
「アチェス同志!」
共用回線に同じザナストのパイロットの声が入ってくる。
(この俺が救援が必要だと思われただと!)
焦りから不用意に突き出したビームカノンが斬り払われる。
(しまった!)
アクスが臍を噛む一瞬に、敵機は違う挙動に移っていた。
黄土色のアームドスキンは右手のビームカノンを救援に向かってきたグエンダルへと向ける。射線を察知した僚機が横滑りさせて躱そうとすると、それに追従するように砲口が移動する。
放たれたビームが、躱したと思い込んでいた僚機の頭部から胸を撃ち抜いて、光の球体へと変えてしまう。対消滅炉への直撃だ。脱出する暇も無かっただろう。
「貴様はいったい……!」
「次はお前だ!」
左の腰にはもう一門のビームカノンは装着されている。だが、持ち替える時間、隙を与えるのが難しいと感じてしまう。何か牽制を挟まないと手傷を負ってしまいかねない。
「散開して各個撃破! 基地の味方と連携!」
「ちっ! 新手だと!?」
一瞬見上げると、確かに航跡が刻まれている。
「同志! 撤収信号です!」
「分かっている!」
苛立ち紛れに声を荒げる。
ブレードを合わせたまま、アクスはグエンダルを全速で後退させる。敵アームドスキンはその動きに追いつけなかった。
(素人に俺が恐怖するなど!)
アクスは歯噛みしつつグエンダルを北に潜む所属艦へと向けさせた。
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