Drawing

nyone

田植え(2019年4月6日)



 泥だらけの母に頼まれ車を出し、近所のコンビニで弁当とシュークリームを買う。シュークリームは普通の奴を買うようにと、母に言付かっている。

 空いたレジに歩を進めると、カウンターの向かいに立つ店員は、幼馴染の母親だった。買物籠の中の三つの弁当を手際よくレンジに入れながら、彼女は、息子の様子を話したり、こちらの近況を尋ねてくる。五年ほど会っていないが、幼馴染は息災のようである。


 外は穏やかに晴れていて、水色の空には雲ひとつない。

 暖かかったので、田んぼ前の庭先に机を出して、外で食べる事にする。

 庭には、名前も知らない雑草が群れていて、薄紫の小さな花を咲かせている。

 父がビールを飲みたがり、それを聞いた母が小言を言う。

 食事をしながら、父と母が、今度の家のリフォーム計画について、話に花を咲かせている。今年は風呂場、来年はキッチンと冷蔵庫。

 歩道の向こう側の田んぼに水が溜まるまで、あと三十分ほどかかるという事だ。


 食後、田植えの作業を再開する。

 プラスチックのケースに詰められた稲の苗を、猫車ねこぐるまに積み、各々の田んぼに運んでいく。元々クリーム色だった猫車は、長い年月を経て全身を錆色さびいろに変えていて、タイヤが土を踏むたびに、ガコガコと大げさに音を立てる。

 三枚しかない田んぼは、違いに寄り添っているので、苗運びはさほど込み入った作業ではない。数年前までは、道路向こうの一枚を近所のお婆ちゃんに貸していたが、その人が亡くなってからは、田植えは父がやっている。


 父は田植え機に、ケースの苗をセットして、ハンドルを両手に持ち、ゆっくりと田んぼに入る。泥が長靴を飲み込んでいく。手元のレバーを操作しながら、父はゆっくりと田んぼの中を進んでいく。父と機械が通り過ぎた後の水面には、細く頼りない黄緑色の苗が、春の風を浴びて揺れている。

 母が如雨露じょうろを傾けて、植える前の苗に水をやったり、機械の届かぬ田んぼの端に、手で苗を植えたりしている。


 田植えを祖母から引き継いで間もない頃は、父もまだ、一連の作業に慣れておらず、代掻しろかきで畑の土を掘り過ぎたりして、田植え機が何度も泥の中に沈みかけたのだという。


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