第14話
「さて、姫殿下の御前で恐縮だが、簡単に自己紹介を」
横に控えていた老人が、我は今回の法務官を担当させていただく者だと名乗った。
姫に対しての賛美を述べ、王国法の正大公明さを説いた後に俺に向き直る。
「さて、"自由の旅人 ヴェリ"。此度は、姫殿下の危機を救ったということ、であるな。
ただし、こちらの"陽光の騎士 エステル"及び"シスター アンク"よりそなたは危険な異端者であるとの訴えも受けている」
険しい形相の老人が、俺の事を値踏みするようにこちらを凝視する。
だが、頭をさげた時に見えた頭頂部を見て、俺はつい笑いを噛み殺してしまう。
「!! 貴様、姫殿下の御前、しかも、このような静粛な場で笑うだと!」
「レイク、この場で貴公の発言は許可されていない」
エステルが、先ほどから俺に突っかかってきていた若い騎士を真顔で睨む。
小さく「申し訳ございません」とレイクと呼ばれた騎士は呟いた。
こほんと、老人は咳払いをして、俺に意見を促す。
……いやいやいや、てっぺんだけ禿げてるのは卑怯だろ。
しかも、ただ禿げてるんじゃなくて禿げの部分になんか「まじ卍」みたいな文字が書いてるし。
この国本当にやばいだろ。お前の頭頂部が陽光神だよ、ちくしょう。
ぶほほんと、笑いをこらえながら「い、いえ、俺は異端者ではありません」と咳き込みながら告げる。
「ふむ、それでは二人の訴えは嘘であり、"自由の旅人 ヴェリ"は、陽光神の敬虔な信徒であるということか」
「!! そうです、異端者ではないと言うのであれば、陽光の洗礼を受けなおすべきです」
「"シスターアンク"、まだこの場であなたの発言は許可されて無いわ」
先ほどまで黙って聞いていたヴェロニカ姫が、くすくすと笑う。
アンクは顔を真っ赤にしながら「す、すいません」と恐縮しきりである。
お手数をおかけしましたと、老人が姫に向かって、さらには俺に向かい頭を下げる。
……だから、本当やめてくれって。剃ってるのかよ、それ。剃ってるんだな、ハゲではないんだな?!
心を無するように努力しながら「いえ、俺は陽光の信徒になる気はありません」と何とか答える。
「なるほど、陽光の信徒ではない、だが、異端者でもない。そう言いたいのだな?」
「そんな理屈は通らない。それに国教で陽光神が定められているのだ、それに従わないなど不敬だ」
「エステル、何度も言うようだけど、まだあなたの発言ではないわ」
「!! 姫様、失礼しました!」
ぺこりとエステルがヴェロニカ姫に向かって頭を下げ、ついでに老人も頭を下げた。
こ、こいつら、完全に俺を殺しにかかってきてやがる……!
というか、いちいち俺に向かって頭を下げるなよ!
「お、俺は、違います、俺は、……」
「―――射幸神の信徒なのよね、ヴェリ君は」
「!! 姫様、姫様の発言はまだ許可されていませんよ!」
ヴェロニカが、俺に向かって助け舟を出したことにエステルがあろうことか口を挟む。
何故分からないが何も言わずに、すぅーっと静かに老人が俺に向かって頭を下げる。
……もう見ないからな! 俺はお前の頭を見ないようにするからな!
「エステル、あなたに対しては減給一ヶ月の処分をくだしましょう」
「そんな、ご無体な! それだけはご勘弁を!」
ついには主従関係による、小芝居が始まってしまった。
おいおいおい、これ誰の裁判だよと思わないでもないがその勢いは止まらない。
「静粛に、静粛に!」
老人が大声を出しながら、全体に向かって頭を下げる。
その場を抑えるには有効な手だったのだろう、すぐさま場が静まる。
……おい、レイク、この野郎ちょっと笑っちゃってるじゃないか。
ちょっと親近感沸いたじゃないかクソ野郎。
「ごほん、さて、"自由の旅人 ヴェリ"。姫殿下が先ほど述べた言葉に相違はあるまいな」
「そういありません」
ちょっとやぶれかぶれになってる気もしないのだが、ええいままよと答える。
「なるほど、貴様はやはり邪神―――遮光神の信徒という訳か」
ううむと老人が強い視線でこちらを睨みつける。
いや、それくらいは確かに想定はしていたんだが、続く言葉が想定外だった。
「それでは、判決を言い渡す。死刑!」
は。
は?
はっ?!
「王国法で定められておる。信仰は自由であるが、遮光神を信仰するものは如何なる場合でも死に処すと」
その言葉を待っていましたと言うように、エステルとレイク以外の騎士達がぞろぞろと俺に向かって歩き出す。
中には既に腰から剣を抜いている者もおり、こちらに対して恐ろしいほどの殺気をあびせかけてくる。
おいおいおい、結局最初から殺す気だったということか。
俺だってまだこんな所で死にたくはないので、逃げる空間を即座に探す。
ヴェリ本来の肉体は、危機に供えて最高に熱を発していた。
「お待ちなさい、私は遮光神ではなく、射幸神と言いました。私を救った人物に私から不義を成させるのですか。―――騎士達よ、控えなさい」
恐ろしいほどの迫力を持って、ヴェロニカ姫がその場を制す。
騎士達は、――恐ろしい事に俺に肉薄する寸前まで来ていた奴もいたが、すごすごと場に戻っていった。
「へぇ、姫を守る偉大なる騎士様たちは、こういう腐ったやり方をするんだな」
わざと不快の念を強めて、大声でやつらを罵倒する。
本当に腐ったやり方だ。油断を誘って、隙を見て殺してしまうって事か。
じわじわとひりつくような熱を感じながら、俺から伝う汗は冷え切っていた。
「此度の不手際は弁明の仕様もありません。責は王族として、このヴェロニカ・エッツラウプ三世が負うことにいたしましょう」
その言葉に、騎士団の連中が「そ、そのような事!」と青ざめた顔をする。
まさかの事態に、エステルなど青色を通り越して顔を白くさせていた。
当然だろう。"信仰は自由と王国法で定めている"と"向こうからはっきり"言ってきたのだ。
つまりこれらの騒動は全てエステルとアンクが起こした暴走。
さらに言えば、姫を逃した罪、その姫を助け出した俺に対しての無礼。
完全に騎士団は詰んでいた。
王族が責任を取るなどある筈がない、つまり、今回の責は全てエステルに降りかかる。
だが、当然と言えば当然であるが、流石に今までアプリでお世話になっていた件もある。
難しい。本当に何ともいえない状況だ。
ヴェロニカ姫は、蒼白になっている辺りをちらりと見回した後、
それでも憮然としている俺に向かって"煽るような笑顔を向けた"。
「ですが、"自由の旅人 ヴェリ"よ。そちら側としてもこのまま疑われ続ける状態はよろしくないのでは?」
その提案はまさに、悪魔的な囁きで、ここに居る俺以外の全ての射幸心を煽るものだった。
「―――ヴェロニカ・エッツラウプ三世として命じます。ヴェリ、あなたは自ら決闘で無実を証明するのです。
なぁに、私を救い出したあなたならとっても簡単な事でしょう?」
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