第12話
「それでは、とりあえずこの場はお別れと行きますか。明日にでも改めて宿屋に顔を出す事に致しましょう」
ヴェロニカ姫は、手をひらひらとあげて「今宵は騎士団の下に、厄介になりましょう」と去っていった。
ぽかんと呆気に捕らわれていると、今日一日の怒涛の展開からかどっと疲労感が襲ってきた。
肩を落として、馬車を預けている宿へと歩を向ける。
宿に入ると、すぐにハンプが出迎えてくれた。
「旦那様、お帰りなさいませ。それで依頼の方の進捗はどんな感じで」
「あぁ、ヴェロニカ姫は見つかったよ」
「なんと! 流石、旦那様。それで、ヴェロニカ姫の保護をされたので?」
「どうやら自分から騎士団に出頭するらしいぞ」
ハンプは怪訝な顔を隠そうともしないが、「左様で」と呟いた。
買出しに言ってくれた宿の給仕さんに挨拶をして、購入品を確認。
いかつい顔をしているがどことなく優しそうな宿主に、夕飯を振舞われる。
なんだ、結構風情があっていい宿じゃないか。
ただ、異世界特有の食べ物があるのかなとかちょっと期待していたのだが、
豆を煮たスープに、じゃがいもを煮っ転がしたもの、あと良く分からないけど何か草。
雑草じゃないだろうとは思うが、食感がもっさもさしている。
今の日本って、かなり恵まれてるんだなぁとしみじみと感じさせられたのである。
とりあえず、あえて言うならば、味が薄い。あと苦味が強い。
「……香辛料はあまり普及していないんだな、メルカトルでは」
「全般的にこの街に限らず高級品ですな。庶民でも岩塩くらいなら手に入りますが、胡椒ともなるとなかなか」
ハンプは、豆のスープを飲むために短い手を必死に伸ばした。
胡椒と言えば、街に入場する前にリズという女商人が商っていると言ってたな。
どうにもここまで薄い味付けが続くと、日本食に慣れている俺にとってはきつい。
「例えば、胡椒は今日買い出しにいった補給品に追加で買う事はできるか?」
「ふむ……正直、厳しいかと。いえ、勿論、買う事は買えるのですが、予算的に馬車のメンテナンスが疎かになりますな」
「なるほど」
会計をハンプに一任してるので詳しくは分からないが、ヴェリはそこまで豊かではないようだ。
確か、アプリでは初期資金として千ゴールド持ってる状態から始まった筈。
物価の事はあまり分からないが、ここら辺はきちんと知識として抑える必要があるな。
「ですが、姫様を無事見つけ出されたという事は、かなりの報酬が期待できるのでは」
「……あ、あぁ、そうだな、確かに」
この場合、報酬って貰えるのだろうか。嫌な予感しかしないのだけれど。
立場も不明瞭だし、無駄遣いしてる場合じゃないよなぁと考え直す。
……それにしてもこの草、噛めば噛むほどまずいなぁ。口の中に広がる芳醇なえぐ味。
鼻にまであがってきたそれを中和するように、俺は水をぐっと流し込んだ。
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翌日、ねぼけまなこで二階の寝室から降りると、宿の入り口がどやどやと騒がしかった。
やけに騒がしいなと思い近くに寄ると、そこにはエステル率いる騎士団達の面々がいた。
「旦那様はヴェロニカ姫様を助け出された筈。このような無体は騎士団と言えどおかしいですぞ」
「だから、話にならんからヴェリを出せと言うに……む、姿を表したな」
明らかに警戒したように、俺と距離を取る騎士団達。それをエステルが手で制する。
ハンプと宿屋の主人が困惑したように俺の方を見てきたので、ため息をつく。
「とりあえず宿に迷惑はかけたくないし、用件があるなら騎士団をさげてくれないか」
「なっ、この異端者め。ふてぶてしいにも程があるぞ」
昨日、教会前で見かけた若い騎士が憮然とした表情で腰の剣に手をかける。
それをエステルは「まぁ、待て」と改めて諭した。
「貴殿の言い分は承知した。確かに宿屋に迷惑をかける気持ちはない。
……姫様から貴殿に伝言がある。昼下がりに、騎士団の詰め所に来るのだ。そこで貴殿の処遇についてはっきりとさせる」
「確かに伝えたからな」と、じっとこちらを凝視してくる。
煙幕のせいか、全体的に鼻が赤かった。
ちょっと可哀相だなぁと、まじまじと顔を見るとその目に気付いたのか少し憤慨した表情を見せる。
若い騎士が、怒気を含ませながら「ふん、来なければあの農民がどうなるか分からんからな」と割って入る。
「……とにかく、用件は伝えた。あとは、どう判断するかは貴殿次第だ」
エステルはざっと反転して、騎士団もそれに続く。
ハンプが「旦那様、これは何事があったので」とおろおろしていた。
俺は、「あ、ブリオってヒロイン枠なの!?」と軽い眩暈を起こした。
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