第11話



 唐突に現れた大根を抱えたブリオの姿に、その場は凍りついた。


 いや、アプリの演出で腐るほど見てはいたんだけどいざ召還ってなると何か、うん。



「それで、ヴェリの旦那。おらぁ、このこんまいおなごをやっつければいいべ?」



 大根をビシッと、キャットテール三世の方にへと向けるブリオ。


 全てを間違えてる気がしてならないが、俺は胃の底から「違うぞ」と無理やり言葉をひねり出した。



「にゃっ?! 我輩は君の……うん、少なくともヴェリ君の味方ではあるにゃ!


さぁ、その土臭い大根をこの騎士然とした腐れ女に向けるのにゃ! あいつは敵にゃ!」


「なんだと、黙って聞いておれば! それならお前は本当、腐ったにゃんこだな!」



 低次元の醜い言い争いを続ける二人を尻目に、ブリオは改めてエステルへ向き直す。



「お米のようすは知りゃすまい 知らなきゃ教えてあげやんべ おらが農場に招待すんべ


輝く金波の文様は そりゃ踊りゃんせ 踊りゃんせ ほほっほい! ほほほい! ほほっほほい!」



 掛け声と、大根と共にほほほい! ほほほい!と華麗に飛び跳ねながら踊るブリオ。


 その奇妙な様子を呆気に取られながら見ていたら、ぴろりんと効果音がなった。


 ―――あ、なんか体力が三くらい回復してる気がする、俺。



「!!」



 アンクはその奇妙な踊りを見て、「邪神の舞ですか、これは!」と絶叫を上げる。


 はたから見たらそうだよなぁ、ははっ。と、ぴろりんぴろりんと継続した効果音を聞きながら思う。



「本来、回復魔法とは陽光神の奇跡による物です! それが、こんな、ありえない!


あなたのその面妖な舞いは全ての治癒術士に喧嘩を、いえ、神に喧嘩を売るものです!」


「ほほっほい! ほほほっほい!」


「聞いているのですか! その気持ち悪い動きと掛け声を即刻止めなさい!」



 以前、産業廃棄物肥溜めクソ雑魚農民ブリブリオとの蔑称があると説明した理由はここにあった。


 そう、ブリオの大根踊りを発動する度にスマホから「ほほほい! ほほっほい!」と掛け声が聞こえる。


 しかも詠唱が短いので、こちら側のエステルの「貴殿を守る!」やアンクの「治癒を!」をかき消して、


 延々と「ほほほい! ほほっほい!」が対人戦中に繰り返される。



 対人戦中、耳がその汚い掛け声に汚染されるのだ。


 上位廃人ランカー(しかもブリオアイコン)の、ブリオ全体回復ごり押しラッシュは、


 単純に強いということもあるのだが、相手に相当な不快感と煽られたという屈辱感を与える。



 星一つの頃みたいに性能として弱ければ何の問題も無かったのだ。


 愛されるネタキャラとして定着していただろう。


 だが、毎秒三百程も全体を回復しつつ迫り来る星四ブリオはもはや狂気そのものを体現していた。


 ―――というか、今更だけどなんでこいつこの場で大根踊り踊ってるんだよ!



「ブリオ、違うぞ! 大根踊りは確かに強力なスキルだけど、この場で行う事じゃないぞ!」


「ほほっほい! ほほ……さ、流石、ヴェリの旦那だべ。はぁはぁ。お、おらのスキルを一目見て見破るとは。はぁはぁ。」



 汗だくになったブリオは肩で息をしながら、むわっと室内の温度を急上昇させる。


 いや、スキル発動したらお前は一丁前に疲れるのかよ!



「い、以前、おらの畑を救ってくださったヴェリの旦那には、是非とも渾身の踊りを見てもらいたかったんだべ」


「……なに、俺と面識があったのか」


「も、勿論だぁ。おらぁ、死ぬまで忘れないべ。ハンプとかいう卵形のまるっこい魔物様、今はいないんだべ?」


「あ、あぁ、今は宿で待機させている。街中で魔物が単独行動をするのはよくないからな」


「それにしても凄いべ。おらぁ、農作業中に意識を失ったと思ったらこんなところに居ただ。すんごい魔法だか?


あ、全然それについては気にしなくてもいいべ。今は農閑期だし、お役に立てるならこれ以上嬉しいことはねぇ」



 ……いや、別に呼ぶ気なんてさらさらなかったし、むしろ来て欲しくなかったとは口が裂けても言えない。


 それにしても、ヴェリはこのおっさんをクリューゲル時代にでも救ってたんだな。


 ふと思う。もしかして面識がない人間は呼び出さないように、ある程度の「補正力」が加わるのか……?


 例えばストーリーをクリアする度に解禁されるガチャキャラクターのように。



「むふふん。ヴェリ君! 善行を重ねていたらこうやって人は助けてくれるんだよ!


なんて素晴らしい。さぁ、我輩と一緒にこんな所はさっさと抜け出して福音を広めに行くべきだ」


「!! 煙に巻いて逃げ出そうとしてもそうはいかんぞ! 貴殿には聞きたい事が山ほどあるのだ!」


「そうです、世界を揺るがしかねない背信者達を捨て置くわけにはいきません」


「ちっちっち。甘いね、我輩が逃亡手段を用意してないと思うのかい」



 猫娘は奇術士然とした衣装の中から、小さな粉上の物を取り出して勢い良く床に投げつける。


 ぼわっと大きな音がして部屋中に煙が蔓延した。


 げほっごほっとむせ返るような悲惨な音がする中、俺は猫娘に手を取られ駆け出す。



「さぁ、ヴェリ君! 君はこれから世界を引っ繰り返すんだ! 射幸心の望むまま!


我輩はキャットテール三世! 自由と変革とぱちすろを司る神の信徒にゃ!」


「はいはい、さっき聞いたよ」


「むふふん、つれないにゃあ。我輩は君の為に、具体的に言うと毎日、君をサポートする用意があるにゃ」



 あ、ログインボーナスの事ですね。分かります。


 駆け抜けて、駆け抜けて、メルカトル内の目立たない裏路地にへと辿り着いた。


 気付けば日はとっぷりと暮れていて、夕闇に街は支配されていた。



「さぁ、さっさとこんな街とはおさらばにゃ。メルカトルから脱出する手筈は整えてるにゃ!


"自由の旅人"はこれからもっと大きな自由を手に入れるのにゃ!」


「……いや、そもそも馬車と従者を宿屋に置いてるんだけど。あと別にお尋ね者にはなりたくないし」


「にゃっ?!」



 ぴたりと猫娘は動きを止める。



「というか、勢いのまま出てきたけど、ブリオを教会に置いてきちゃってるんだけど」


「にゃっ」


「流石にこのまま街から脱出なんてできないだろ。きっちりエステル達とも話し合うべきだ」


「にゅ」


「別に俺達は犯罪をおかしたとかじゃない。行き違いはあったけど説明はするべきだ、今後の為にも。」


「にょ」



 しーんと、夜の静寂が辺りを包み込む。


 はぁ、とどんよりした空気を見せながら猫娘はその重い口を開く。



「やっぱりこのまま逃げ出しちゃだめにゃ?」


「駄目です」


「そこをにゃんとか」


「駄目」



 きっぱりと言いきる。


 如何にも冒険の始まり―――で、わくわくする、これも射幸心か? な、展開なのだが、


 今までヴェリが生きてきた、積み重ねてきた物を否定する事は俺にはできない。



「はぁ……仕方ない、か。私だけでも逃げるだけならできるんだけど、しょうがない。


折角見出したあなたを失うのは"つまらない"。私も粛々と決着をつけることに致しましょう」



 急に雰囲気を変えたキャットテール三世は―――その耳についている猫耳をすぽっとはずした。


 ……いや、それ着脱可能なのかよ! 


 精巧な作り物?! いや、まさかの本物か! ……ただの作り物だったよ!



「むふふん、驚いた? この猫耳をつけてるだけで、私は亜人と認識されるの。


あーあ、エステルの事も散々にからかえたし、面白そうな旅になると思ったんだけどなぁ。


あぁ、猫みたいな口調? あんな馬鹿みたいな口調の人いるわけないじゃない」



 二重にショックなんだが。……ええ、キャラ作ってたの……。


 がーんだなという表情を出してしまった俺だが、元猫娘は不適に笑った。



「あなたの事は気に入ってるし、きちんと本当の自己紹介を致しましょう。


私の名前はヴェロニカ・エッツラウプ三世。正真正銘、この国のお姫様。ごくごく親しい友人からはヴェリーと愛称で呼ばれてるわ」



 あなたの名前と同じなのよねと、その長く麗しい黒髪を靡かせて自称姫様はくすくす笑う。


 あぁ、そうだ、簡単な事だ。


 エステルが言ってた「王族にしか黒髪は生まれない」


 そして教会付近で見かけたから近くにいると言った、「放火犯のような習性」


 全ての条件がぴたりと、パズルのピースのように噛み合うのだ。


 そして、俺はまるで月光ですらこの華麗な少女の為に用意されたのだと錯覚するのだが。



 ――え、無理やりいい話に持っていこうとしてるけど、ガチャの時、めっちゃ煽ってきたよね――と、邪念をどうにも拭いきれないのだった。

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