第10話
あまりの悲惨な結果に強烈に脳を揺さぶられるような不快感を覚えたが、不覚にもちょっと笑ってしまった。
気付けば色彩豊かな空間から、教会内にへと景色が変わっている。
エステルは急に姿を表した俺達の姿を見てぎょっとしており、相変わらずアンクは目を閉じて神に祈りを捧げていた。
「偏りは起こりうることだけども、我輩もまさかあんな結果になるとは思っていなかったにゃ。今回は別にヴェリ君は契約石を失っていないのだし次があるにゃ」
猫娘は、慰めるようにぽんぽんと俺の方に手を置いた。
まぁ、チュートリアルの無料ガチャなんだから俺は確かに損はしていない。
……損はしていないし、結果にはこの際考えないようにする。
だが、一つだけどうしても負に落ちない事があった。
「"農民 ブリオ"って、星一つだよな」
そう、本来は彼が契約石を用いるガチャで選択される事はありえないのだ。
猫娘が手に持つ、ブリオのアニマが怪しくうねうねと蠢きながら光輝いている。
―――って、気持ち悪っ! なんだあれ!
「我輩にも分からないことはあるにゃ」
何故かポーズを決めてドヤ顔を取りながら、猫娘はブリオのアニマを俺に放り投げた。
だから、気持ちわるいって! 慌てて受け取ってしまうが、ほんのり暖かい上に生臭かった。
あまりの嫌悪感に思わず、床に落としてしまう。
「どうにも、教会に入ってきたその時からヴェリ君からは恐ろしいほどのオーラを感じてるのにゃ。
まるで射幸神様の恩恵が体からダダ漏れしてるような……」
「!! 確かに、私もヴェリを最初に見た時に只者じゃないと思っていたが、まさか貴殿は神の代理人なのか」
唐突にエステルが会話に割ってはいるが、ハンプに"そなたが自由の旅人か"とか言ってたのは忘れないぞ。
ただ、俺もヴェリという人物についてそこまで詳しくは無いので、分からないとしか答えようがない。
「むふふふ、ブリオという人物は星一つなのかにゃ? ヴェリ君はその事実を知っている。
そう、この世界の根源を少しでも理解している人物は周りにも影響を及ぼすのにゃ」
「……な、なんと。私も聞いた事があるぞ。神の代理人と呼ばれる聖人は、世界を変えうる力を持つと」
猫娘とエステルが、にわかに色めき立つ。ってことはなにか、ガチャにも影響を及ぼしてるのか。
……って俺損しかしてねーじゃないかこれ。神の代理人って有料ガチャで星一つが出る人間の事か。
「いずれにしろ面白い事になってきたにゃ、どうせヴェリ君はアニマの使い方も知ってるにゃ?」
猫娘がちらりと流し目を送ってくる。あぁ、それは確かに知っている。
「一定数アニマを集めると、その人物の強化や、呼び出しに使う事ができる……この認識であってるか?」
「大正解、そもそもアニマとは"人としての位階をあげる事ができる魂の外部機関"にゃ。
だけど、本来その人物が持っているアニマよりも多くを持ってると、外部機関が本体となるにゃ。
それこそがジュウレンガチャが神業と言われる所以なのにゃ」
本来はこんな事を陽光神の教会でおおっぴらに言うべきではないのにゃがと、おどけたポーズを取る。
それに対して先ほどまで一心に祈りを捧げていたアンクは、目をかっと見開いた。
「アニマの存在は教会でも秘匿中の秘匿……! 魂の冒涜を行う物しか知りえない死霊術の一つです!
あ、あなたたちはやはり、邪教! 悪魔! いえ、本来考えられていた遮光よりも達が悪い!」
「にゃはははは。射幸神様は悪い神じゃないのにゃ。ただ単に"ルールでそうなってる"だけにゃのだから」
「……いや、やはりジュウレンガチャは人には過ぎた力だ。聞けば、貴殿はその農民の生殺与奪の権を握ったということなのだな。
それは我らが人である限り、同じ人に対しては絶対にやってはいけない事だ」
どうやら結局は分かり合えないようだな、とエステルは剣を構えなおす。
猫娘―――キャットテール三世は、目を細めた後に腰にぶらさげているレイピアを手に取った。
「人に対して絶対にやっちゃいけないのにゃら、さっきの強制洗礼はなんだったのかにゃ?」
「うるさい、遮光だろうが射幸だろうが結局のところ、それは世を乱す悪だ」
一食触発の空気。恐ろしいくらいの緊張感が肌を刺す。
俺としてはさっきのアニマが蠢いているので、お取り込み中の所すいませんがと、声をかけたいのだが。
あ、光った。なんか人の形を取り出してるし。
「さっき落としたブリオのアニマが固まって、光を放ちだしてるんだけど」
「「!!」」
思わず剣を構えた二人が手を止める、アンクは怖いくらいの凝視をしていた。
青くほのかに輝いたアニマは、空中にふわふわと浮かび、壮年のヒトの形を取った。
徐々にその輪郭を現したそれは、神妙な雰囲気の中不意に言葉を述べる。
「おっす、おら、ブリオ! いっちょやってみっか!」
薄汚く髭を生やした人物が、俺に向かって前口上を述べる。
俺は早くも深い後悔と共に「完全に駄目な方の奴じゃねぇか」と、さらに頭痛を強めるのだった。
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