第9話



「なっ、しゃっ、遮光神ではなく、しゃ、射幸神……だと?」


「そ、そんな神様の事なんて、一度も聞いた事がありませんわ」



 驚愕で顔が真っ青を通り越して、白くなっているエステルとアンクの二人を尻目に、


 ガチャ演出の添え物の猫娘は「むふふん」と満足げな声を出した。



「射幸神様は、この世全てのわくわくする気持ちのほとんどに関連しているのにゃ。人を人たらしめる最も重要な一つ、それが射幸心なのにゃ」


「……それはまやかしだ、そんな妄言になんて私は決して屈しないぞ!」



 ギッと悔しそうにエステルが唇を噛む。


 アンクは未だ混乱が続いてるようでとうとう目を閉じた。



「そう、確かに射幸神様の信徒は数が少ない。だからこそ誤解をされ、排斥されるのにゃ。


多数派が牛耳れば少数派は逼塞した人生を送らなければならない。だからこそ我輩は射幸神の福音を説くのにゃ」


「ぐっ、貴様、黙って聞いておれば猫耳など生意気にも生やしおって! この猫テロリストめ!」


「にゃはは、何とでも言うがいいにゃ。真面目に生きるだけが取り柄とか、本当人生損してるのにゃ」



 猫娘はその巧みな会話でエステルを翻弄する。


「なんだと、私が真面目一筋で可哀相だと! ふざけやがって!」と相当なお怒りだ。


 もうやめて、この人スタメンで大エースだったんだけど。


 ついつい恥ずかしさの余り、俺は手で顔を覆ってしまう。



「だからこそ、一つの価値観が正しいと妄信してこんな強制洗礼のような暴挙を敢行する。


我輩はただでさえ少ない射幸神様の信徒を失う訳にはいかないのにゃ」


「このにゃんこテロリストめ! 遮光神だろうが、射幸神だろうが関係ない!


ヴェリ、貴殿は薄汚れた信仰を捨ててやはり陽光神の洗礼をきちんとうけるべきだ!」


「にゃははは、ヴェリ君って言うのかい。射幸神様の恩恵は凄いのにゃよ? そう、だからこそ、


―――我輩は君の奇跡を導いてあげる」



 猫娘がパチッと警戒に指を鳴らす。ごごごごごごごと大地を揺さぶるような音が響く。


 ……そこには何と"ノスタルディア ストーリー"上の演出で出てくるガチャ演出の門が現れた。


 突然現れた門に、エステルは「ま、まさかこれが魔界と繋がる煉獄門か!?」と怯える。


 アンクはぷるぷると震えて「神よ、陽光神様よ」と繰り返す。



「―――さぁ、ヴェリ君。君は奇跡を起こすのにゃ。因果さえ引っ繰り返し、世界を揺るがし、亜空間から人と人との縁を繋ぐ。これぞ君の奇跡」



 猫娘はくるっと華麗にターンを決めて、身に着けたローブを脱ぎ捨てる。


 中から現れたのは奇術師然とした、この世界にはそぐわない燕尾服。



「名づけて―――"神技 ジュウレンガチャ" にゃ」



 ばばーんと満面の笑みを取りながら、猫娘は決めポーズを取った。


 って、そのまんまじゃないか! なんだこのネーミングセンス!


 と言うかアプリ上で表示される十連ガチャってそのまんま魔法名だったのかよ!


「うっそだろ」と思わず声を出した事に猫娘は満足そうに頷く。



「我輩は門を呼び出すだけ。だけれど、奇跡を起こすのはヴェリ君、君自身にゃ。


この契約石は初回限定のサービスにゃ。さぁ、どーんと行くにゃ! 


あっそれ、やんや、やんやの大当たり!」



 そう言って猫娘は俺に、アプリで見た形状そのものの契約石を渡してきた。


 あ、これ、チュートリアルなんだな?! 


 完全に頭おかしい方向にいってるけどチュートリアルなんだな!!!???


 自分の記憶の中のチュートリアルとはかけ離れた現状に眩暈を起こしそうだが、


 ええいままよと契約石をかざす。



「!! 馬鹿な、そんなことはやめるんだ! それは人の手に余るものだ!」



 エステルが急いで俺を止めようと駆け寄ってくるが、猛烈な光がそれを遮った。


 部屋一面に溢れるほどの光が、俺をどこか遠くへと誘う。


 気付けば、いつもアプリで見ていたガチャ空間。そこには当然のように猫娘も居た。



「むふふふ、思った通りにゃ。だからこそ、君はこの物語で"特別"であり、"主人公"なのにゃ。さぁ、恐れ多くも見るがいいにゃ。天上世界から神の調べが流れ、君が起こした結果が現実として具現化される。その神のごとき御業を」



 ……うん、ガチャの射幸心を煽る演出の事だよな!? 知ってるわ!


 ガチャ専用の壮大な音楽が流れて、確かにキャラや武器が具現化するな、ああ!


 半ばやけくそに悪態をつく。



「さぁ、既に奇跡の結果は現れてきてるにゃよ。なになに、これはっ……!」



 俺は、ごくりと唾を飲む。確かにツッコミ所しかないが、緊張はするのだ。


 アプリのガチャというものがこの世界においてどのように落とし込まれてるのかは分からない。


 だがしかし、神の御業ということだ。凄い事が起こるのだろう。



「これは…………?!」



 猫娘が、大粒の汗をかきながらさめざめと驚愕の表情を浮かべる。


 アプリのガチャでは武器、防具、アニマ、それともキャラ本人がそのまま手に入る。


 しかも、猫娘がここまで反応しているという事は滅多にない事が起きてるのかもしれない。



「なんと、にゃんと……これは?!!」



 思わず、祈るようなポーズを俺は取ってしまう。


 この際武器でも防具でもなんでもいい、ただただこの世界を生きていく上で有利になれば。


 神よ、俺に祝福を―――



「ブリオ!」



 は?


 は??


 は????



「……と見せかけて―――」



 ????????


 ???????????


 ?????????????



「ブリオ!―――」



 ??????????????


 ???????????????


 ????????????????



「のアニマにゃ!!!!!!」



 ?????????????????


 ??????????????????


 ???????????????????



「あ、次の結果もまた出たにゃ!……ブリオのアニマ!」


「今度は何にゃ……ブリオ! の武器!」


「ブリオの防具!」


「ブリオのアニマ!」


「ブリオのアニマ!」


「ブリオ……と見せかけて、ブリオ! ……と見せかけて、ブリオのアニマ!」


「次は、……おっ、大当たりにゃ!」


「"帝国銃使 エンタル"の星四つ武器にゃ!」


「次は、お! またかにゃ、ブリオのアニマ!」


「ブリオ! の武器!」


「―――終わり、以上、閉廷にゃっ!」


「あ、必要数アニマが揃ったから、現実世界でブリオを呼び出せるようになったにゃ!」


「やったのにゃ!」



 俺は、天を仰いで「いや、そこはせめて全部ブリオにしろよ」と、がらにもないツッコミを入れるのだった。

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