第5話



 今ここでエステルと交されようとしている会話は、


 アプリ内ではもっと大雑把でしか表現されていない。



 ―――不意に、全身鎧の騎士にあなたは呼びかけられる。


「おぉ、そこの旅人。我が国の姫様が行方不明になってしまった故に捜索願いを出している。


もし良ければ報酬は弾むので、依頼として受けてはいかがだろうか」と一方的にまくし立て、


足早に去っていった。あなたはこのクエストを受けてもいいし、受けなくてもいい。



 このような簡易なテキストが表示されるのだ。


 故にこの騎士が実はエステルとはこの時点でプレイヤーには気付きようがないのだが、


 裏設定は凝っていたということだろう。


 ……実は、ハンプの存在もアプリ内では言及されていない。



 それだけに、ここに来た理由を正直にエステルに告げる事に少しだけ戸惑いがあった。


 アプリとは違うが、この場で面識を得ることは悪いことではない。


 しかし、アプリのストーリーライン上では必然的にヴェロニカ姫を捜索する事になる。


 それ故に、「いやぁ、特に何も考えてなくブラブラ来ただけです。はっはっは」と、


 答えてしまってはクエストが発展しないのではないだろうか。


 何かそれっぽく理由づけてこの事件に関われないだろうかと思案する。



「―――ふむ、貴殿の身分は証明されているのだ。立場も考えて言いたくないということであれば、旅行と言うことで申請しておくがよろしいか?」



 返答に困っている間にエステルは、早合点していた。


 そしてハンプも「ええ、そのように願います」と述べて、気付けば入門条件をクリア。


 メルカトルに入る条件を満たしてしまっていた。



「ちょ、ちょっと待ってくれ」



 思わず焦りを声に出す。


 このままではクエストを受けれなくなる可能性が出て来るのだ。


 チュートリアルをスキップするとそこに残るのは―――無料十連ガチャを引いたという結果のみ。



 そう、このアプリの悪名高い点の一つとしてリセットマラソン対策がされている所だ。


 つまり一連のチュートリアルをスキップすると、この権利が手に入らない。


 いや、もっと言えばチュートリアルをこなしたと仮定した、


 運営おすすめキャラがデッキに勝手に入っている。


 星三つのタンク、アタッカー、ヒーラーと当座を凌ぐ武器一式だ。



 ―――だが、それだと星五つのキャラクターを手に入れる機会は失われてしまう。


 目の前の"陽光の騎士 エステル"に、"風塵の双剣士 セレニード"、"死霊龍騎士 ドラクロア"等々。


 勿論確実に排出されるわけではないし、


 その上この世界でガチャがどういう扱いなのかも分からない。


 しかし、実際星三つのタンクは、どうあがいてもエステルの基礎スペックを超えれないのだ。



 一応は経験を積ませる事で昇級させる事はできる。


 一時期流行った星一つヒーラーの"農民 ブリオ"の大根踊り事件等は有名だ。


 このブリオのスキルの一つに、大根踊りという物があり全体回復を短い詠唱でこなすことができ る。


 ただし、回復量が「そりゃ、おっさんの踊りだし回復する方がおかしい」というくらいしょっぱいので、産業廃棄物肥溜めクソ雑魚農民ブリブリオと言う、小学生が考えたような酷い蔑称があった。



 しかし、ブリオ愛が過ぎる変人がブリオを星四つまであげた所、評価は一変。


 暗黒大根踊り、汚い髭舞踊と言われる程の回復量を叩き出す。しかも性能は全体回復。


 その結果、一軍ヒーラーから星五つの"奇跡の申し子 ラティア"とか"聖女 ユニュート"等を抜いて、日に焼けた薄汚い髭親父が廃人に採用されていた。



 だが、これは本当に一部の話だ。


 基礎スペックがそこまで関係ないヒーラーならいいが、


 タンク・アタッカーの基礎スペックを、どうあがいても星三つが五つを覆すことはできない。


 スキル構成からして、"あえて"痒い所に手が届かないように調整されているのだ。


 星五つの冒険者を手に入れる機会をみすみす見逃す等あり得ない。



 つまり、チュートリアルスキップは考えられる中でも最悪手。


 ここで姫様関連のストーリーラインに乗らないと言う事は考えられないのだ。


 無い知恵を絞って起死回生の案を捻り出す。



「―――姫様の案件はギルドの紹介で知ってる。もしよければ協力させて欲しいんだが」



 真顔でエステルに告げる。


 この時点でエステルと本来は知己を得ていない筈だ。そこにアプリとの相違はある。


 だが、クエストラインに乗れないのは本当に、本当にまずい。



「なんと……! 真に噂に聞くような人物だったのだな。貴殿が加われば百人力だ」



 エステルは破願していた。


 そして、俺に分厚い篭手のまま握手を求めてきたので、それに答える。


 そう、これが正解に近い筈だ。チュートリアルの本筋に乗る。それが正しい。


 いやまぁ、本来のヴェリはともかく、俺自身は戦闘したことないし捜索とか知らないけどさ。


 声を上喜させているエステルは騎士団の代理の物を呼ぶと、打ち合わせがしたいと声をかけてきた。


 ハンプも「流石ですぞ、旦那様。わたくし、こうなる事を予想しておりました」とか言ってるし。


 まぁ、なんとかなるだろ。なんとか。チュートリアルだし。



 しかし、異世界転移して浮かれていた俺は、その甘い考えが粉々に打ち砕かれて、


 大事なものを失うことになるとは露ほども思っていなかったのだ。

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