第3話



「はて、ここまで重々しい空気とは。クリューゲルの冒険者ギルドで聞いてきた噂とは違いますな」



 馬車を行列の最後尾につけている最中に、ハンプは不思議そうに頭を傾げた。


 そもそもがギルドもクリューゲルも詳しく知らない俺としては、


「そうだな」と適当に相槌を打つしかない。



 ギルドってアプリのノスタルディア内に存在していた奴かな、


 トップ画面の下にアイコンで表示されてたのは覚えてるけど。


 だが、広義の意味でのギルドではあるが、


 ゲーム内でのギルドはあくまで主人公同士での相互扶助の意味合いが強い。


 レイドという大型ボスを倒す事を主としていたり、対人戦で競うあう団体だったり。


 どうも、移転されてきたこの世界とアプリ間の食い違いは多少はありそうだ。



「どうにも今朝方、近郊で姫様らしき姿を見かけたとかで。ちょっと、騎士団の検閲が厳しいみたい」



 前に並んでいた旅装の女商人が、物珍しそうに話しかけてきた。



「あ、私の名前はリズ。メルカトルには胡椒を売りに来たの。そっちはお兄さんと、……ハンプティの魔物? 


 さっきから聞いてたけど、喋る魔物の従者なんて本当珍しいね」



 どうも、暇を持て余していたようで、


 周りの誰かに話しかけたくてうずうずしていたらしい。


 そこに物珍しい俺たちの姿を見て、白羽の矢が立ったようだ。



「わたくしの名前は、ハンプ。こちらはヴェリ様と申しまして、わたくしの旦那様です」



 ハンプが勝手に紹介してくれたので、俺は胡乱に頭を下げる。



「へー、ヴェリは魔物使いなんだ。帯剣してるし、近接戦闘もできそうね。


 それにこの立派な馬車。もしかして有名な冒険者様なのかな?」



 リズは軽く馬車を触りながらこちらを伺うように、視線を寄こす。


 ハンプは、さも当然だというように、胸を張る。



「そうでございますぞ、旦那様は数多の冒険を繰り広げてきたクリューゲルでも屈指の冒険者。


 わたくしも旦那様に見出されて、御者をさせていただいております」



 自慢げに言うハンプだが、そもそもヴェリとしての俺にそんな記憶はない。


 勿論、ゲーム内でも語られていないのではっきりと言って全容は不明だ。


 まぁレアリティも星三つなので、この世界での相応の実力は最初からあったのだろう。


 "自由の旅人"という称号を得る前日談に、そんな冒険があった訳だ。



「なるほどね。でも、冒険者って普通は徒党を組んでるイメージがあるんだけど。


それに、こんな立派な馬車を持ってるのに単独で活動なんて勿体無いよね。


……あ、ごめんね。他意はないんだけれど、なんだか不思議だねって」



 それはリズとしては純粋な疑問だったのだろう。


 俺もその点を改めて問われると何とも言えなくなる。



 確かに"ノスタルディア ストーリー"開始時点で、使用できるユニットはヴェリ一人だ。


 あらすじでは、自由とは縛られないこと。


 そんな世界を旅人は今日も往くと流れて、


 気付けばプレイヤーの名前入力画面にシーンが移っていたので深く考えずにいた。




 あれ、ヴェリってこいつ、ぼっちじゃね……。




「いやいやいや、リズ様。それは違いますぞ。旦那様は"あえて"固定の仲間を作らないのです。


 幾度も仲間を作られましたが、最終的に目的を達成した後は無言で立ち去るのです


 そうやって救われた人々がどれ程いたことか。活躍すれど富も名声も欲さない。


 なればこそ、"自由の旅人"と巷では憧れを持って言われているのですぞ」



 ハンプが少しの怒気を含みながら、リズに熱弁する。


 その言葉に、俺はハッとセレニードの一件を思い出す。


 仲間になると相手方は言っていたが、ヴェリ自体はそれに対して何も反応を返していないのだ。




 コミュ障だから相手方に意思が明確に伝わってないだけじゃないのそれ……。




「自由の旅人……。確かクリューゲルで噂されてる無欲の冒険者だったね。


 なるほど、ヴェリって名前は聞いた事ないけど称号は聞いた事があるよ、立派な事だね」



 リズの視線が少し尊敬を含むようになったのは気のせいだろうか。


 少し、頭は痛くなったが、俺になる前のヴェリがなんとなく掴めた様な気がした。


 多分だけれど、別に富も名声も仲間も欲しくなかった訳ではないのだ。


 鈴木 恵介としてその記憶は当然持ってはいないのだが、


 何となく、本当に何となくだけれどヴェリ本人の体を使っている俺には分かるのだ。




 こいつ、物凄く生き辛い人生送ってきたんだなぁ……と。


 というか、アピールしていけよ。もっと。

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