第2話

―――意識の混濁を抜けたら、そこは異世界でした。



 軽い倦怠感と、脳疲労を覚えながらなんとか伸びをして起き上がる。


 体全体に伝わる激しい振動の中、周りを見渡せば携行品や食糧等が置いてある。


 なんだこれ、馬車か。乗ったことはないけど、インザ馬車か。



 んんんん??と今だはっきりとしていない頭をフル回転させる。


 そんな中、「おお、お気づきですか、旦那様。」とややしわがれた声。


 声の方に振り向くと、そこには得体のしれない卵のようなシルエットの魔物が居た。


 ……いや、卵のようなシルエットだけならまだいい。


 御者してるんだ、これが。―――いや、冷静に流したけど卵のようなシルエットて。



「そんな、馬鹿な。こいつ、ノスタルディアに出てくる魔物みたいじゃないか」



 "ノスタルディア ストーリー"には様々な魔物が敵として出現する。


 例えば、中世ファンタジーでは典型的なゴブリンやオーク。


 今、御者をしているこの魔物はハンプティという火魔法を得意とする低位な魔物だ。



 それが、あろうことか喋って、あまつさえ、俺を旦那様と呼ぶ。


 いやいやいやいや、待て待て、前提条件が全ておかしい。


 そもそも俺はスマホ片手にガチャ引いててそれで……あれ、そこから意識が飛んでる。



「旦那様、わたくしめは魔物ではありますが、れっきとした旦那様の僕。僭越ながら旦那様が名づけてくれた"ハンプ"と呼んではくださいませんか」



 卵形の魔物はあくまで前方の手綱を締め、笑いながら、喋りかけてくる。


 理解が追いつかない。



「あ、ああ。分かった、ハンプ」と少し声が震えてしまう。



 ちょっと待て。そもそもここはどこなんだ。


 今、出した声色もおかしいし、そもそも先ほどからの拭い切れない違和感。


 よくよく見ると腰に剣を挿しているし、携行品も如何にもなビン入りの薬だったり。



「ちょっと聞いていいか、ハンプ。その、なんだろう。俺とお前の関係って主従?であってるんだよな」



 これから質問をしていくにしろ、こいつとの関係性を明確にしておかないと怖い。



「先ほどもお伝えしますが、このハンプ。ヴェリ様と深い絆で結ばれてると自負しております」



 は? 今、なんて言った。とふと目線を下に下げ、体をペタペタと触る。


 そこには中肉中背。腰に挿した剣に、印象的な青色の冒険着と言った、


 "ノスタルディア ストーリー"の主人公、"自由の旅人 ヴェリ"と同じ姿かたちがあった。


 「うっそだろ」と疑問の声が思わず出てしまう。



 少しばかり怪訝な顔をしたハンプが、


 何言ってるんだこいつというようにこちらを凝視してくる。


 それにハッと気付き、姿勢を正す。


「いや、主従関係を結んでくれてるのならば本当にありがたい」と返す。


 ハンプはおほんと軽い咳払いをして、口元を綻ばせた。





 その、なんだろう、異世界デビューしてました俺。





************************************





 馬車に揺られながら、たわいのない質問をハンプと繰り返していく。


 頭を、聖者が真顔で助走つけながら殴りつけてくるような驚愕を必至に隠す。


 状況整理と共に、現状確認が主の目的だ。



 まずは、今向かっている場所はメルカトルの街。葡萄とワインが名産の、小規模な街ということだ。


 その名前におぼろげながらだが、記憶があった。


 確か、ノスタルディアのメインストーリーで初めに向かう街の名前もメルカトルなのだ。


 そこで一連のチュートリアル的な流れをこなした後に、壮大な冒険が始まる。






 いや、つまるところ、初期の無料十連ガチャ引くための前フリですよ。はは。






 乾いた笑いが自然と出てくるのを抑える。


 エステルをお迎えするまでに血涙流しながらリセマラソンしたから、脳が覚えてしまっていたの だ。


 肝心のストーリーはほぼスキップしてたから全然覚えていないけど。


 確か、行方不明になった姫を探す王国騎士団に巻き込まれる中で云々だったと思う。



「左様でございます。メルカトルには今、エッツラウプ王国の姫を探す騎士団が滞在しており、そのお陰でにわかに経済が湧き上がっているのでございます」



 嫌な盛り上がり方だなぁとは思うが、人が増えれば単純に消費も増えて経済が回るということだろう。


 そもそも姫が行方不明って、国を左右するような出来事だと思うんだけれどそこはどうなんだ。


 ツッコミ所しかないんだけど。外交とか大丈夫なんだろうか。


 思わずぐっと唸りそうになるが、胃の中へ無理やり飲み込む。


 これはあくまでチュートリアル的な物なので、深く考えてはいけないのだ。



「なるほどね、俺はそのおこぼれにあずかろうと向かってる訳だ」


「ええ、今回の旅に出る行動指針としては、そのようにお聞きしております」



 とりあえず、俺の意識が宿る前のヴェリの行動指針については分かった。


 そもそもが、そこまで深く"自由の旅人 ヴェリ"のバックボーンにストーリーでは触れていない。


 無色でプレイヤーの代理である主人公を、上手い具合に演出するのは難しいのだろう。


 自由の旅人って銘打たれている以上、公式でふらふらとしている性格に設定されていた気はする。



「行方不明になった姫様とばったり出くわしてしまったりしてな」


「ははは、まさかそのような事がある訳がございません」



 やや軽薄な会話をして、ハンプとの会話を打ち切る。


 ガタガタと舗装されていない悪路を馬車は突き進み、そのうちメルカトルの全貌が見えてきた。


 石造りの壁に囲まれた門の前には、膨大な数の行列。それをじっと険しい顔をしながら取り仕切る騎士達。


 初めて見た異世界の街は、勝手なイメージとは違い重々しい雰囲気に包まれていた。

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