第一話 エイと図書館
「美人の方が良いじゃん。せっかくだしさ」
エイの話を注意深く聞いているつもりは全くないが、元ソフトボール部の彼女の声はとても通りが良く、どれだけ突拍子もない話でも概要がわかる。
「美人とか……そういう問題?」
「そういう問題でしょ。わかる? サクラコ。今の政治家に対して無性に腹が立つのはさ。彼らが皆キモイからなんだよ。だからさ、外見がサクラコなら良いわけ。ていうかサクラコが総理大臣になれば良いわけよ」
「馬鹿を言わないで」
図書館でこれだけ姦しく話していてもお咎めがないのは、エイとサクラコ以外は誰もいないからである。
「馬鹿? ノーノ―、ド正論。サクラコが総理大臣だったら男は皆サクラコのオッパイを見て幸せになるし、女性は『あー私もこんな美しい女になりたいわ』と目を輝かせるわけ」
「良いから、くだらない話で手を止めないで」
夏休み。街の図書館が高校生向けに開放されていることはあっても、大学の図書館が高校生向けに開放されていることは稀かもしれない。
沢田大学図書館の改装整理アルバイトへの募集希望者は多くいたが、採用担当者の権田直成という女子高生の生写真を生き甲斐にしている男の前では、合格者はエイとサクラコの生JK二名だけとなった。
サクラコは言わずもがな高校で一、二を争うルックスを持つが、エイも決して悪い方ではない。多少日焼けした雀斑の混じった頬ではあるが、背もすらりと高く筋肉質で、何より健康的な太股だ。今日も、靴下ギリギリまで肌を隠しきったサクラコとは対照的に、そのスカートの先から惜しげもなく足を出している。
パシャリとまたエイはサクラコを高価な一眼で撮影した。
「いやぁ、最高のバイトだね。こんだけ毎日ダラダラやるだけで時給5500だよ? ヤバくない? しかもウチら二人貸し切りでさ」
サクラコは嘆息した。
「私が売り物にされている事実はどう受け止めたら良いのかしらね……」
エイはわざとらしいぐらいキョトンとする。
「やだなーサクラコ。どうせ一緒じゃん。普段から不細工な男子にジロジロ見られてんだしさ。あの権田さんのJK写真コレクションに仲間入りするぐらいタダみたいなもんじゃん?」
「でもネットに晒されたりとか……」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。あの手のタイプは自分のコレクションは独占厳守だから。自分から他人に見せることは絶対しないよ。しかも、権田さんに直撮りされるんじゃなくて、ウチが撮ってるだけなんだからさ」
「腑に落ちないわ……」
その後一時間ほど真面目に作業を進めた後、権田に作業報告をして本日も無事終了となった。
日暮れのキャンパスを歩くが、さすがにまだ茹だる様な熱気に包まれている。
「冷房の効いた空間からここはさすがにきついわね……」
「そう? もう30度は切ってると思うけどな」
サクラコは強く眉をひそめたが、そういえば彼女は中学と高校1年までソフトボール部員として夏も猛暑の中練習に励んでいたことを思い出した。
「私の根性がまだまだのようね……」
サクラコが額の汗を拭うとエイは続けた。
「つまりね。サクラコ。すべては公正。徹頭徹尾公正。その公正の権化のような神様がさ、サクラコだったら良いわけよ」
サクラコは苦笑した。
「ふふ、総理大臣からだいぶ飛躍したわね。はいはい、私が神様ね。多分1日で失脚するんじゃないかしらね」
「そーでもないさ。ウチは確信しているよ。サクラコが必ず神になるってね」
「ああ、そう。良かったわね。じゃあ私が神様ということで帰りにアイスを奉納してくれる?」
「逆だよサクラコ。無垢な人民にかき氷の施しをしなくちゃ」
戯言をしながら二人は帰宅した。
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