第三章―1

 シンと旅を始めて、半年が経った。出会った頃は暑い季節だったが、今ではもう、息が白い。


 また一人、ソロンに支配された患者を治療し、翔達は次の患者の元へと向かうことになった。助けを求める心の声に、導かれるまま。


 カイ族の移動手段は移動陣だ。移動陣は、大小関わらず各地のあらゆる川の傍にあり、念じると陣から陣へと移動することができる。瞬間移動とまではいかないが、飛行機よりも早い。移動している間は大きな振動がくるため、翔はいつも酔って吐き気を催すので、苦手だった。だがカイ族は、自然以外の力に頼らない。それを理解し、翔は毎回胸のむかつきを我慢しながら移動していた。


「着きました」


 移動陣のある川から歩いて数分、着いたのは、こじんまりした一軒家だった。植物園みたいな家だ。翔はそう思った。屋根より高い大木が生え、他にも様々な草花がいる。翔は目を閉じ浸る。いい空気だ。だが違和感を覚える。この家の植物たちは、どこか悲しみを纏っていた。


「お邪魔します」


 インターホンを押しても反応がないので、二人は勝手に門扉を開け、中へと入って行った。


「どちら様ですか」


 背後から声がして振り返る。大学生ほどの年齢に見える青年が、家の裏から出てきた。手にはホースを持っている。おそらく植物に水を遣っていたのだろう。


「俊太郎さんですね」


 周りの植物が教えてくれるため、シンには自己紹介がいらない。また、カイ族には苗字はなく、名前をとても重要視するため、初対面からいつも名前で呼ぶ。そのせいで要らぬ警戒心を持たれている気もするのだが、とは翔は口に出さなかった。最初の警戒心が解ければ、その後名前の力は大きくなる。


「そうです。もしかして祖母のお知り合いですか?線香、あげられますか?」


 俊太郎は、疑心を抱かず、二人を家の中へと上げてくれた。翔とシンはそれに従う。おそらくこうして彼の祖母を訪れる人が何人もいるのだろう。


 家の中はひんやりとしていて、外で見たよりも広く感じた。

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