第二章ー6

唐突で驚いたが、由美の決心が固いのを見て、秋山は強く頷いた。


「来年、修学旅行で海に行くんです。あの子、一度も海を見たことがなくて。それで友達と一緒に絶対旅行に行くんだって」


 突然の決心の訳を、由美の母親は不安げに、だが半ば諦めたように、そう話した。だが秋山は、それだけじゃないのではないかとなんとなく感じた。


 このまま現状維持を目指しても、由美の身体に残された時間は少なかった。それを、彼女自身が理解しているのではないか。どうせ死ぬなら。そう思い、決断したのではないか。尤もらしい理由は、両親を納得させるだけのもの。秋山にはそう思えて仕方なかった。小学生だから幼いと決め付けることはできない。生と死の狭間で懸命な者には、時間を越える力がある。


 だが、周りの者はどうだろう。直接自分自身には関係のない死。だが大事な者の死。時間を越えることなどできず、その中で取り残されたまま、生きなければならない。由美の母親はきっと、それを恐れている。その恐れを、取り除いてやりたい。


 秋山は手術の準備に取り掛かった。病院内で最高のチームを組み、何度もシュミレーションし、由美の体調には細心の注意を払った。由美を必ず助けるのだと自分に誓った。


 手術前日の晩。秋山は眼を閉じ、手術のイメージを固めていた。患者が体力のな

い分、かける時間は最小限に留めなければならない。


「畜生」


 秋山は眼を開いた。左手で右手を抑える。


「止まれよ、くそったれ」


 右手が、震える。何を考えても、何も考えなくても、右手が小刻みに震える。左手で押さえつけても、まるで違う生き物のように、その力をはねのけてしまう。


「明日本番なんだぞ」


 今まで手術前には震えは止まっていたが、今回の震えは、今まで以上に激しかった。手術までに完全に止まるのか。秋山は最悪の事態を考え、途方に暮れる。


「お困りですか」


 なんとなく、来るだろうと思っていたからか、秋山は驚かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る