第二章


 秋山は乱暴に椅子に腰かけ、天井を仰ぎ、翳む目を閉じた。何も見えない世界で、右手を握り、開く。その動作を何回も繰り返す。震えはない。今は、ない。   


 だがなぜか手術前になると、この右手は震え出す。毎回ではないが、今回で三度目だ。手術数時間前から、手術室に入る直前まで、震えは止まらない。しかも今日は手術中、ほんの一瞬だが、震えが起きた。隣にいた医学部時代からの同僚である佐々木に、不審な目で見られた。咄嗟に誤魔化したが、隠しきれたか、自信はない。


 上に告げ口しなければいいが。秋山は鬱々としたものを溜息で吐き出そうとする。だが、晴れない。


 ノックの音。佐々木か、と思い、憂鬱になる。いや、待て。一足飛びで院長か。そう想像すると、さらに鬱になった。


 思い切り嫌な顔をして、ドアを開ける。そこにいたのは、佐々木ではなかった。院長でもない。少年と、青年。見たことのない、二人組だった。


「誠一さんですね」


 秋山は胸に付けている名札を見る。名字しか書いていない。なぜ、自分の名前を知っているのか。怪しく感じ、一歩引く。


 少年は、中学生ぐらいの、細身で顔の整った美男子だ。茶色い髪に、白い肌。上から順に観察していた秋山は、少年の首から下がっている飾りに目を止め、ぎょっとした。星型の中に、赤く光る石が嵌まっている。その光が禍々しく、不気味だった。少年の爽やかな雰囲気とは真逆の異様さに、取って投げ捨てたい気分に駆られる。


 青年は、どこにでもいそうな、生意気で無愛想な雰囲気だった。二人はどこか釣り合っていない。兄弟というには似ておらず、友達というには共通点がないように見えた。


 などと考えていると、二人は部屋の中に入ってきて、おもむろに扉を閉めた。


「何だ、お前ら。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」


「僕はシンと申します。こちらは翔さんです」


「人の話を聞け。お前らの話は聞いてねえ。自己紹介はいらねえからとっとと出て行け。警備員呼ぶぞ」


 シンと言った少年は、笑顔を崩さない。脅しに屈しはしないようだ。


 シンが、秋山の背後に視線をやった。視線の先には簡素な部屋を彩るためだけに飾られているありふれた観葉植物が置いてあるだけだ。秋山は少年がなぜそれに視線をやったのかが気になった。


「誠一さん、手の震えは止まりましたか?」


 馴れ馴れしいガキだ。


 なぜそのことを知っている。


 同時にそんな考えが浮かぶ。混乱しているのだと、秋山は少し遅れて気付いた。

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