第一章―16

第一章

「もう行くのか」


 夕貴が目覚めた後、早々に帰り支度を始めるシンを引きとめようとしたが、彼は頑なにそれを拒んだ。


「次の患者が僕を待っていますので」


 一人ではまだ歩くこともままならない夕貴を支え、シンを見送るために、翔達は階下へ向かった。


「出発する前に、コップを貸してください」


 そう言って、シンは台所へ行き、コップを二つ持ってきた。翔と夕貴をリビングのソファに座らせ、その前のテーブルに、二つのコップを置く。何をするのかと見ていると、白いリュックサックから木筒を取り出し、中に入っていた水をコップに注ぐ。


「今回の治療の報酬を、あなた方からいただきます」


 翔と夕貴は顔を見合わせる。


「あ、俺あんま貯金ないけど、有り金全部渡すよ」


「私も」


「お金はいりません。必要、ありませんから」


 シンはコップを二人に近づけた。


「これは喪失の水といいます。飲めば、ある記憶を失います」


 翔は怪訝な顔をする。シンの言っている意味を図りかねていた。


「報酬は記憶。僕と関わった、全ての記憶をいただきます」

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