第一章

「翔さんも待っていますよ。ご両親も」


「翔」


 現在の姿の夕貴が、涙を流す。


「あの子が心配してくれてるのはわかってた」


「とても心配しています」


「悪いことをしてる。でも、耐えられなかった」


 思わず翔は声を出しそうになった。夕貴は、自分の想いに気付いてくれていたのだ。だがそれ以上に、悲しみが大きかった。夕貴の優しくて、でも弱い心が、眠り続けるという結果を生んだ。


「夕貴さん、起きましょう。起きて、翔さんの元へ」


「いや、ずっとここにいたいの」


「あなたは今眠った状態です。このままだと、死んでしまいますよ」


「いいの」


 子供の姿になった夕貴が言う。翔は耳を疑った。


「小林さんに会えないぐらいなら、死にたい。私、死にたい」


「馬鹿野郎」


 シンが翔を止めようとした時には、翔はもう怒鳴った後だった。頭の奥で冷静な自分が、三つの約束を同時に破ってしまっていることを告げていた。だが、止まらない。


「死んで、小林さんが喜ぶとでも思ってんのかよ。起きろよ。起きて、生きろ。お前が小林さんに会いたいって思ってるように、お前に会いたいって思ってる奴がたくさんいるんだよ」


「翔?」


 初めて夕貴の焦点が翔に合った。その途端、夕貴の姿が揺らめいた。それに同調して、地面が揺れる。立っていられず、翔は手をついた。その一瞬、目を離した隙に夕貴はいなくなっていた。


「約束を守れとあれほど言ったのに」


 怒り顔のシンが翔の手を引く。悪い、と翔は素直に謝った。


「翔さんの存在に気付いて、夕貴さんはひどく混乱しています。最悪の事態ですよ。このままでは自我が崩壊するのも時間の問題です」


「まじかよ。シン、どうしたらいい?」


 今更になり、翔は自分のしでかしたことの重大さに気付き慌てふためく。


「荒療治ですが仕方ない。夕貴さんを半強制的に起こします。その際、翔さんが手を引いてあげてください。一緒に帰りたい、そう思ってもらえるよう、あなたがなんとかしてください」


 世界が揺らめく。捻じれ、渦巻いた後、二人は末永家の前にいた。夜、暗闇の

中、月明かりだけが二人を照らす。


「現在の姿の夕貴さんに呼びかけてください。彼女は弱いですが、賢くて優しい。小林さんが死んでいることを理解しているし、待っている人の存在を気にかけてもいます。だから翔さんの想いに応えてくれるはずです」

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