第一章

「治療って、どんなことするんだ?」


「夕貴さんの心に入り、話をします。おそらく自分の理想に浸っていると思われるので、まずは現実と夢の区別をさせます。時間をかけてゆっくりと。それができれば、あとは現実に戻るよう手を貸すだけです」


 心の中に入る、そんなことが可能なのかという疑問が浮かぶ。しかし先ほどのカイ族の力を思い出し、できるのだろうと信じることにした。


「俺さ、実は養子なんだよね」


 気づけば口に出ていた。家族以外の誰にも言ったことのない、翔の中での最大極秘事項だった。シンは、静かにそれを受け止める。驚いた様子はない。金木犀に聞いて知っていたのかもしれない。そう思い、どこかほっとする。


「本当の両親は俺が小さい時に交通事故で死んだ。そのことは全然覚えてねえんだ。気づいたら、どっかの施設にいて、年上や年下の、俺と同じような境遇の奴らと一緒に暮らしてた。んでなぜか末長夫妻に拾われて、ここに来た。


俺は特殊だったから、何か一丁前に警戒心が強かったんだよな。なかなか末長家に馴染めなくて、この町にも馴染めなくて、庭の金木犀以外とは会話すらできなかた。今思うとガキだったよ、ほんと」


 いつも部屋の隅に蹲り、自分で思い返しても痛ましいほど、小さく小さく身体を縮めて、毎日ただ時間が過ぎるのを願っていた。


「心の奥底で、末長夫妻を好きだったんだろうな。でもどうしたらいいかわからない。嫌われたくない。だったら、って始めから距離を置いてた。そうやって気持ちに蓋をして、自分を守ってたんだ」


 そんな翔の手を引いて、外へと連れ出してくれたのは夕貴だった。勇気を出せば、世界は応えてくれるのだと教えてくれた。


「俺、夕貴に感謝してるんだ。だから、あいつを助けたい」


 翔は上半身を起こし、シンを見る。暗闇の中でも、シンの顔がはっきりと見えた。シンもまた、翔を真っ直ぐ見据えている。


「明日、俺も治療手伝わせてくれよ」


「駄目です」


 にべもなく断られる。しかし翔は怯まなかった。


「気持ちはわかります。でも知識のない方が簡単にできるようなことではないんですよ」


「頼むよ。あいつの力になりたいんだ。今度は、俺があいつを助けたいんだよ」


 無理な願いだとわかっていた。無知でカイ族のような力もない翔に、治療などできるはずがなかった。それでも、夕貴を救いたいという気持ちを抑えることは出来ない。


 シンがため息をつくのが暗闇でもわかる。それでも引かない。翔は何度もシンに頼み込んだ。

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