第一章

「結論から言うと、夕貴さんはソロンに支配されています」


「ソロン?」


 聞き慣れない言葉だった。思い返してみても、ソロンという言葉を聞いた覚えがない。


「ソロンとは、簡単に言えば生命エネルギーのことです。正常な人間にとれば純粋な、ただのエネルギーです。ですが、ソロンは感情の影響により、生へのエネルギー源となったり、死へのエネルギー源となったりします。


喜びや楽しみ、それを正の感情と呼びますが、正の感情が大きくなれば、ソロンは生きることへのエネルギーになります。反対に、悲しみや憎しみ、それらを負の感情と呼びますが、負の感情が大きくなれば、ソロンの力は死へのエネルギーへと傾きます。


夕貴さんの場合で言えば、愛する人の死で、悲しみという感情が膨らみ、生命エネルギーであるソロンの力を死へと導く原動力へと変換してしまっているのです」


 翔はシンの話を理解しようと努めた。しかし複雑で、難解な話に頭がついていかない。


「ソロンに支配されているということはつまり、心の病に冒されているということです。心の病にかかると、様々な症状があらわれます。夕貴さんの場合は、現実逃避による睡眠障害といったところでしょうか。無理に起こそうとすれば、心が崩壊してしまいます。しかしこのまま目覚めなければ、肉体が先に崩壊するでしょう」 


 淡々と、シンは説明する。その様子に、翔は苛立ちを覚える。


「夕貴は、助からないのかよっ」


 シンへの苛立ちが、やがて自分へと矛先を変えていく。自分の無力さが憎かった。目覚めたくないと願うほど、夕貴は現実を悲しんでいた。それに気付かず、彼女を助けることも、支えることも、何も、できなかったのだ。


「大丈夫です。僕が、助けます」


 ぼうっとした表情で、翔はシンを見た。頭の中もぼうっとしている。これがソロンに支配されている状態なのかな。そんなことを考える。


「僕はカイ族です。カイは自然の力を借り、生命をあるべき姿へと戻すことを生業とした一族です。医者と思ってもらって構いません。とにかく、僕は、夕貴さんを助けるためにここに来ました」


「夕貴は、助かるのか?」


「必ず」


 力強いシンの言葉に心が安らぐ。


 金木犀が、風に吹かれて小さく揺れた。

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