第一章

 ゆっくりと、目を開ける。幼い少年が、いつの間にか翔の目の前に立っていた。


 栗色の、艶のある髪。透き通るような素肌。深い、漆黒の瞳。布地の白いリュックサックを背負い、金属製で角が五つある星型の真ん中に、血のように赤い石を嵌め込んだ首飾りをしている。年齢は中学生といったぐらいか。翔より十五センチほど背が低い。賢そうな、落ち着いた佇まいをしている。


 気がつけば、生命の賛美は聞こえなくなっていた。いつもと同じように、蝉はけたたましく鳴き、焼けつくような太陽の光が地上を照りつけている。


「翔さんですね」


 少年が尋ねる。翔は頷いた。おそらく彼が、翔の待っていたものなのだろう。何でも来いと覚悟を決めていたが、まさか自分よりずっと年下の少年だとは思っておらず、少なからず翔は動揺していた。


「シン、と申します。はじめまして」


 どうも、と小さく頭を下げる。礼儀正しすぎて、礼儀正しさとは無縁に生きてきた翔は気が引けた。


「ああ、翔さんは愛されていますね。みんなが、この暑さの中翔さんが倒れないよう、守ってくれていますよ」


 驚きと感動が胸を突く。少年の言葉に、思わず涙しかけた。この少年は、自分と同じだ。そう悟った。


 翔には特別な力があった。植物や動物と対話できたり、自然と戯れることのできる力だ。人間ではない、世界を構成する何かを感じ、対話し、知恵をもらう、力。普通の人にはない、力。


 夕貴とは、その力の共感はできても、本当の意味での理解の共有は得られなかった。翔も、それは仕方がないと諦めていた。自分は特異で、希少なのだと。


 翔には、自分を包む自然の存在はあったが、いつも孤独だった。夕貴すら、縛る鎖を外せても、その存在を忘れさせることはできなかった。


「お前も、わかるのか」


 少年は頷いた。仲間がいる。その事実が、翔の孤独を癒していく。


「事情は金木犀に聞いて知っています。夕貴さんに、会わせていただけますか?」


 言われるがまま、シンを夕貴の部屋へと案内する。扉を開けると、すっかり痩せ細り、土気色をした夕貴が中で眠っている。このままでは、やがて死を迎えるだろう。なんとかして、目を覚まさせたい。翔の願いは強くなる。


 シンは夕貴の傍にしゃがみこみ、左手を夕貴の額にそっと乗せ、目を瞑る。しばらくの間、その状態でいた。


 目を開けると、シンは翔の方へと向き直った。

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