第一章
小林の死から数週間経った頃、庭の金木犀に寄りかかり、目を閉じている夕貴を見かけることが増えた。それは夕貴が、悲しんでいたり、苦しんでいたりするサインだった。辛いことがあると金木犀に相談し、励ましてもらうのが夕貴の習慣だった。
翔の影響か、夕貴は庭の金木犀とだけ会話をすることができた。初めて会話出来た時、樹の心は綺麗だね、澄んでるね、と笑顔で話してくれたことが翔には本当に嬉しかった。普通ではない、この特殊な力を共感できたことが嬉しかった。
そうして翔の孤独を、解き放ってくれたのは夕貴だった。だから今度は、夕貴の力になりたかった。だが、夕貴は翔の前では明るく元気に振る舞い、頼ってくれることはなかった。自分の無力さを、嘆く日々が続いた。
ある日の夕方、バイトから帰った翔は、夕貴の姿が見えないことに気づき、両親に居場所を尋ねた。まだ寝ている、という返答に疑問を持つ。
疲れているのは当然だが、それでも夕貴は毎朝ほぼ同じ時間に起き、寝坊するなんてことはなかった。ましてや夕方まで寝ているなんてこともなかった。
不安に思い、二階の夕貴の部屋へと向かう。まさか小林の後を追って、などと不吉な考えがよぎる。ノックをする手に力が入る。返事はない。不安はさらに膨らんでいく。
「入るぞ」
小声で呟き、静かにゆっくりとドアを開ける。冷気が吹きつける。翔は鳥肌が立った腕を擦った。エアコンを見るが、稼動中を示す光はついていない。外は熱気に包まれているのに、この部屋の中はどこか寒い。
ベッドの中で、夕貴は眠っていた。念のため口元に耳を近付け呼吸を確認する。
息はあった。胸も微かに上下している。疲れて眠り続けているだけなのだろうと安心して、翔は部屋を出ようとした。
“夕貴はもう、目覚めない”
風のように、金木犀が囁いた。その言葉の意味を理解するのに時間がかかる。
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