外壁

賀野田 乾

第1話

いじめ加害者編


そいつの事を覚えてはいない。

知らない奴だと言う意味ではない。


こうして、教室に残っている床の傷を見ながらそう俺は昔の事を思い出す。


あれから数年も経つのに、何故コンクリに付いた傷は風化しないのか。


水酸化カルシウムとエトリンガイト、モノサルフェートにカルシウムシリケート水和物の含有量の割合が……


冗談だ。もちろんそうじゃないよ。これを今は俺が高校生レベルの生徒に分かりやすい言葉で教えないといけない立場になってるのに、まるで教えられないでいるのはそっちの方が問題だけどね。おっと、こんなのも教えられないレベルのコミュ力だから、俺はあんな感じだったのかもしれないな。だったら、この脱線も少しは意味があるかもしれない。


話を戻すか。答えは『人が囲むから』に他ならない。そう思う。


俺がなぜそいつにそういう事をしていたのかが、今となっては思い出せないと、そういう意味だ。


相手は随分と前に、この学校にいた奴だ。

大人しい奴だった。特に悪いところがある訳でもなかった。

なんとなく空気が読めなくて、好きなものが少し被ってもいた。

一緒に遊んだこともあったし、互いに同じ話題で盛り上がることも何度かあった。


いい奴かと言えば、いい奴だった。


けれど、俺はそいつを攻撃した。


俺たちは、そいつを排除した。


仲間たちと。


仲間、ってのがどういうものかってここで定義してみようか?


ただ、群れ遭って同じ目的のためにつるむ。


同じ趣味、話が合う者同士で集う。


よくそう定義される時はあると思ってはいる。けれど、それはむしろ後付けの理由だとも思う。


理由は、むしろやっていた事を『行為』 にする為に存在している外壁工事のようなものだろう。


『外壁工事』か。ここでまた脱線が少し役に立ったかもしれないな。


ああ、悪い。独り言が好きなのは俺の性格だ。コミュ障でだらけているのも含めてな。


そう、言葉も人のやることも、それ自体単体では意外とどうとでも説明ができるものだって感じてる。


俺がやっていた行為はいじめだ。それがあとあとになって暴力、排除、差別っていう外からわかりやすい行動で固められて、それが結果動かぬいじめっていう行動になった。


そりゃあ、それは許される行為じゃないだろうさ。


問題は、それをやっている奴がその行為を見て、後からいじめと認識している奴らとどれだけ違いがあるのかって事さ。


気にいらない奴を攻撃する。排斥する。義憤にかられる。これらも自分の中のもやもやした感情を吐き出したくて、言葉ではその時は曖昧な感情に突き動かされて、その結果にやった事を、後から攻撃や排斥や義憤と言った『言葉』に置き換えていて『補強』しているって事じゃないのか?


え?自分のやった事に言い訳してるんだろ?先生って。


それは否定しないさ。その通りだ。けど、それで実際に傷つくやつの前では、好き勝手外からいうやつの言葉も多分風化を妨げる囲いになるんだぜ?


これは何なんだ?俺たちがいじめの時に使っていた教室のここだよ。


新しい傷がついているじゃないか?


お前ら、ここで何をやっていたんだ?


ここで何があったのかを、俺たちが何をやったのかを教えようか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

外壁 賀野田 乾 @inuitaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る