実習2日目の夜。そして麗奈とミーシャと綾の帰宅
【この番号は使われておりません。再度、番号の確認をお願いします】
「え、あれ、間違えたかな」
焦った俺は再度LOPSに登録してある母親へと電話をかけ直した。
だが、それは同じメッセージが流れるだけだった。
おかしい。
そう思った瞬間、懐かしい声が聞こえた。
「薫、元気してるか?」
そのしゃがれかかった、だけれど元気そうな声は間違いなく俺の祖父、実習前まで会っていた人だった。
「
「実習上手くいってるか?お前とは沢山いろんな話をしたいが、私はしばらく会えそうにないんだ。いつもの登山でお前の母さんと一緒に山小屋にいるからの!だからこの動画を送ったらしばらくは連絡できないからな。それと、兄さんは急用で家にいないん。だから、これは録画のメッセージだから薫の質問には答えてやれん。・・近くにいてやれないのは残念だ」
「あ、いや、最近物騒だけど、皆無事ならいいんだ」
そう、祖父が言っていることに間違いはない。爺ちゃんは登山が趣味であり、電力会社にいまだ勤めていた。母はきっとその実父の世話でまた一緒に同行しているのだろう。家族の一人から連絡があっただけで、それだけで良かった。
「大変な教育実習中に心配はかけたくなかったが、急用があることを黙ってた。だが、一応連絡だけと思ってな。時間がないな・・、また連絡する。じゃあ、実習頑張れよ」
そして動画は切れた。短い時間だった。
だが、祖父の励ましは疲れた体の俺に実習記録を書く元気を与える者だった。
俺は、夕食もそこそこに、明日の実習の準備を夜遅くまで頑張るのだった。
♢
シャワー音が鳴り響く浴室。
学園から戻った麗奈は、普段行っているジムを終え、シャワーで身体のほとばしった汗を流している最中だった。
ここは藤原麗奈の家。
「お嬢様、そろそろ上がらないとお身体が冷えますよ」
長年自分のお付きのメイドがたしなむ様に言った。
「わかってる」
キュッとシャワーを止め、バスローブに着替えると、LOPSを手に取った。
画面には、本日の恋愛成績が表示されており、一位は美咲、二位は自分の名前、麗奈が表示されていた。
(今日は大人しく先生の言うこときいてたけど、難しかったわね)
この実習が簡単なものではないとは最初からわかっていた。
浴槽に浸かりながら外で待機しているメイドに言った
「今日はスペシャルエステコースにして頂戴」
「えー―!麗奈様、まだするんですか!?朝夕の野菜ジュースだけダイエットに、朝から二時間かけてのメイク、帰宅後は脂肪燃焼ダンス。もうお体壊しますってー。顔よりせっかちな性分を直したほうが男性に好かれやすいですよー?」
このメイドは麗奈の一番の付き人、エイコ。心配してくれるが、いつも一言多い。
「いいの!私は、自分磨きに余念がないの!」
なんでもいうことを聞いてくれる、偉大なチップ(お金)を与えて、ようやくこの幼馴染のメイドは俊敏な速さで次のエステの準備に取り掛かってくれた。
(あ、最初はオイルマッサージにしてって、言い忘れちゃったな)
そう考えながら、浴槽から出てバスローブに着替える。
そして、LOPSを取り出すと一枚の写真を立体映像で映し出した。
そこにはにかんだ笑顔で写る幼き自分、そして隣に立つ人一人の男。
「・・・・・・・・・」
黙って見ていると、「お嬢様ー!準備できました。こちらへどうぞ~」と、メイドのエイコの大声が聞こえてきた。
瞬時に写真を閉じ、麗奈はバスローブのまま声がする場所へと向かった。
♢
「お帰りなさいませ」
自動ドアが開くと、そこには列をなした黒いスーツをビシッと来た男たちが出迎えてくれた。
ミーシャはそれを黙ったまま足を止めることなくビルの奥へと進む。
そして、長い回路を歩いた先にある自分の部屋へと入ると、そのまま鍵をかけた。
部屋は薄暗く、部屋の中は机とベットとソファー、テーブルと必要な物は置かれているのだが、どことなく簡素な印象を与えるのは、物が全く見られないことにあるだろう。
観葉植物、小物類までも一切表に出しておらず、いうならば生活感は皆無。
そして、ミーシャの部屋のカーテンは閉め切っており、部屋の中は人口の日差しがカーテンの隙間から差し込む程度で薄暗かった。
そんな若い女性の部屋と思えぬ部屋に、昨日あらたに追加した物があった。
壁一面に大きな男性の横顔の写真。
伊集院薫の横顔のポスターであった。
崇拝している後輩に頼み、隠れて写真を撮ってもらい、最大限にまで引き延ばして
壁に貼ったのだった。
普段は学園から帰宅後、この部屋でミーシャは音楽、クラシックを流してソファーに横になるのだが、今日は違った。
男性、伊集院の写真に自分の顔をつけながらコロコロと笑う。
「先生と今日も沢山喋っちゃった♪あー、ほんと先生が来てから学校たのしいー!あ、でもぉ、先生が悪い人じゃなかったのは残ー念ー!」
爪を立てながら頬をなぞるようにミーシャは呟く。
「先生には私達一族の踏み台になってもらうしかないのに。心の痛みなんてあったら困るだけなのに」
そう、胸に重くえぐるような痛みは気づかなくていい。
自分の身動きが取れなくなる。それはどうしても避けたかった。既に戦いは始まっているのだから。
♢
「お帰りなさいませ、綾お嬢様」
黒光りの車のドアから降りて、ビルの中の玄関ホールに入るなり多くの使用人に出迎えられた葛原綾。
「今日も疲れたー。部屋にオレンジジュースと、アップルパイ持ってきて頂戴」
「はい、かしこまりました」
「ああ、あと、車の中で確認したけど、報告書の三枚目の件が気になったから、すぐ担当の子会社社長と連絡つなげて。他の報告書はそのまま計画続行。わが社の子会社に収益報告書を今月は早めに出すように一斉通信。予想の数字でもいいから、あとで修正の報告は受けると言っておいて」
綾は、歩きながら部下とおぼしき大人たちに次々と指示を出す。
「かしこまりました」
「あと、それと――」
角を曲がろうとすると、不意に目の前の男性とぶつかる寸前となった。
「帰るのが早いな。学校は夜七時まであるんじゃないのか」
自分の倍以上ある身長で、ここに居るすべての人間を緊張させる雰囲気を持つ男性。
「学校は夕方五時とかに終わります、お父様。それに、お父様が言ってるのは、部活動がある場合かと・・・」
「—―そうか」
そう言って、自分の父親は部下を引き連れてどこかへ行ってしまった。
綾は、父親の後ろ姿を一瞬見た後、また歩き出した。
そして、大きな部屋に入った。
その部屋はビルの最上階にあり、全面がガラス張りの広い空間だった。
そんな中に一つ置かれた白い机。そこで仕事をするのが葛原綾の学校が終わった後にする仕事だった。
大まかな指示を部下たちに言い終わり、LOPSを見ながら椅子に座り身体の力を抜く綾。
それを黙って見ていた初老の男性。
葛原綾の面倒を担っている爺だった。
「この後の日程は、どうなされます?いつもどうり『悪旦那危機一髪』か、『社畜サラリーマン下克上物語』をされますか?」
「ううん、爺、それはいいの。それよりも、恋愛実習が始まったんだから『美少女達との同棲24時』と、『コスプレイヤーと甘い大人の日々』を再プレイよ!」
「えええ!!あれをですか!?綾お嬢様、『こんなんで世の男性が大量に釣れるかと思うと、泣けてくるわ』って、プレイ中ずー―と文句言ってたあれを!?どうゆう心変わりで?!」
「言ったわよ。けどまだ私には掴めきれてない、男の萌えの境地があることに気づいたの。それを解き明かすまでは、絶対に負けられないわ!」
本日の評価順位を画面に残したままのLOPSをデスクに置いたまま、綾は深夜まで爺や、メイドたちとゲーム開発に勤しむのだった。
そして、
「やったわ、爺や!遂に難攻不落なレベルSのメンヘラ美少女とデートの約束をとりつけたわ!!!」思わずガッツポーズをとる綾。
「おめでとうございます、お嬢様!!!」
「連日5時間プレイで一日二回回フラれた努力がやっと実られ、私達メイドも安心しました(=やっと寝起き最悪なお嬢様の朝の御支度がマシになる!!!)」
葛原綾の毎日の夜は今日も賑やかに、熱く仕事に
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