社殿へ
社殿――。
その場所はローズ女学園の設立当初からある場所であった。
大きい朱色の鳥居先には竹藪が樹勢し、古びた石畳の小道を辿れば、さらに大きな鳥居が鎮座している。
その先にはいくつもの連なる社殿と呼ばれる建物が多くあり、内部は平安京の寝殿造りを思わせるような家屋が連なっている。そしてその敷地の中に、崇拝する対象が異なる神社仏閣教会が混在していた。
社殿だけでも広い建物なのに、他の宗派まであるとは、この学園の金持ちさには恐れいるな、と薫は感じていた。
だが実際社殿に関わった者はかつて多くおり、最初に月基地の地下開発を行った者達、その始祖たちに多くの影響力を与えたとして有名で、宮様という役職に世代交代を繰り返しながらローズ学園の生徒達に芸事を伝授しており、ひっそりとしずかに暮らしているという。
しかし、噂では社殿が長きに渡って特別の待遇を享受しているのは、占術もあり世の実力者たちが事業の命運を聞きに信頼している者も多いと噂される。
そんな影響力の強い社殿、特に宮様だが、限られた人物しか会えることは許されず、一切社殿から出ようとしなかった。
そして、そんな中噂は常に尽きず、宮様を「絶世の美女」「天女」「心操術の天才」と囁かれているいたが、特に囁かれていた言葉があった。
それは、「大の男嫌い」であった。
「先生、社殿への案内マップ読んだ?」
俺が社殿の案内マップとにらめっこしていると、頭をかしげながらこちらを覗き込んで聞いてくる生徒がいた。
背の低い、綾だ。
「ん、ああ、読んだよ。でも、ここの禁止事項の社殿では走らない、騒がない。これはわかるんだけど、なんで許可状無しの男性は宮様と面会は禁止・・て、何?」
「これは、宮様と目が合った男性が、こぞって贈り物をするからなんだって。勝手に贈り物を送り付けられて、更には宮様へ勝手に抱きついた人もいたって逸話も残ってるの。だから、それ以来宮様のお顔を許可なく拝顔した男の人は容赦なく、出禁にするって噂だよ」
「・・・・・(さすが、大の男嫌い。俺、会わないように避けないと)」
「だからね、先生注意してね」
「うん、説明ありがとう・・だけど、いつになったら放してくれるの、君は?」
戦闘機が学校上空を飛んでいた時も、校庭で輸送機が着陸してたときもだったが、この綾っていう生徒は「きゃー、こわい」と言って俺のスーツの裾を引っ張って放そうとしなくて、困っていた。
「だって、このエスカレーター動きが速いんだもん。スカートめくれちゃう」
確かに、俺たちがいま乗っているエスカレーターは社殿へと向かっているのだが、長い距離があるためか、髪が乱れる程速いスピードで動いている。
だが、大人の腰辺りまで小さなバリケードがあるため、スカートまでめくれるほどではない。
「先生は風よけか」と、冗談で言うと、「えへへ」と微笑みながら更にギュっと服を掴むのが可愛くて、また俺はそれ以上言えなかった。
(女の笑顔ってズルいよな~。何も言えなくなる・・)
そして、なにやら落ち込んでそうな子も。
チラッとすぐ傍にいる麗奈を見るが、やはり表情はどこか遠くを見つめており、あれから一言も喋ってない。
社殿に行くことになった時も、他の生徒達は怖いーと言って俺の傍を離れようとしなかったが、麗奈はただ軍人が入っていた校舎を見つめていた。
何も、頼りにされてないようで、ちょっと寂しいとかはほんの一瞬、0.00001秒だけ思ったりはしたが、今、大勢の生徒がいるなかで聞ける雰囲気じゃない。
とりあえず社殿に着いてから少し休憩したかった。
調理実習中だった俺達は、社殿への竹藪がある小道を通らず、学園地下にある長いエスカレーターで社殿へと向かっていた。
なんでも学園の防災避難用に、大勢の人間を乗せるために作られたというエスカレーターには、沢山の生徒達が乗っていて、みんなLOPSを見ながらニュースを確認したり、親に連絡をとっている生徒もいた。
調理実習でできた料理をみんなで食べようとしてたときに起こったクーデター。
そして、上空を飛びかう戦闘機と、学校に着陸した軍の輸送機と軍人。
どうして校庭に軍人がやってきたのか、この学園から近くで起きた外のクーデターはどうして起こったのか、まだ詳細な説明は知らされてないが、学園側は生徒の安全のために社殿へと集まるよう校内放送を流した。
薫には、いろんな事が起き過ぎて頭の整理がつかない事と、長年体力がない俺には移動がきつかった。
呼吸が荒くなってきたな、と感じ始めたとき、急に後ろから生徒じゃない声がした。
「伊集院先生大丈夫ですか?」
後ろを振り返れば、水色の髪に、白衣を纏い、ミニスカートのしたからはスラリと程よく痩せた脚をだした女性だった。
名前は知らないけれど、俺はこの先生にはお世話になったことがあった。
昨日具合が悪くなったときに駆け込んだ保健室にいたのが、この先生だったからだ。
「ほら、先生にもたれかかないの!伊集院先生、実習中で忙しいんだからあんまり困らせないことよ」
「ミキちゃん、ひどーい。先生と仲良くしてたただけなのにー」
綾の言葉にこの先生のあだ名はミキちゃんとわかった。たぶん、名前に関係してるんだろうな。
「伊集院先生はお身体が弱いんだから」
生徒達をテキパキと前へ前へと誘導する手さばきを見て、「すみません、けど助かりました」と、お礼を言ったら、
「生徒と仲良くなるのは大事ですけれど、ダメなことは伝えないと先生が倒れちゃいますよ。わたしの仕事も増えますから」
と、言いながら、髪の毛をクリクリと手でいじっている。
お喋りに夢中で歩きが遅い生徒に気づいたミキちゃん先生は他のグループで賑やかに
喋っていた生徒も注意していた。落ち着いた声と、凛とした横顔に、クールな印象を与える先生だなぁと俺は思った。
「それにしても、なんで社殿に生徒全員が避難なんだ?」
そう呟きながら社殿への案内書をLOPSで閉じると、ミーシャが答えてくれた。
「社殿はいろんな宗教があつまった場所でもあるので、どんな破壊行為が起きても安全な場所としているそうです。だから、どんな武装集団でも自分たちの宗派がある場所では、非道な行いをしないように」
わかりやすい説明になるほどなあ、っと納得していると、だんだんエスカレーターの動きが緩やかになっていて、前方の光が明るくなってきた。
出口は社殿のど真ん中で、ドアをから出て何層も建てられた朱色の小さな鳥居をくぐると、そこは横に大きく広がる建物が建立していた。
靴を脱いで、建物内に入れば、そこは畳が多く敷き詰められた和室が連なる空間。
伝統を感じる厳かな和室には、既に多くの生徒が社殿に入っており、生徒達は先生たちのクラス別で座って待っておくようにという指示に従っていて、グループごとに集まってLOPSを見ている生徒が半数以上、脚を伸ばしたりしてくつろいでる生徒が少数いた。
薫は社殿の建物を見るのも、中に入るのも初めてで、つい興味が向く方へと周囲をみていた。
(すごい、本当に立派な和風建築だ)
そして特に薫が驚いたのは社殿を囲む庭だった。
建物と同様に広がる緑地、大きな木がいくつも植えられていて、大きな石や花が植えられているその庭に、見る者の心に涼しい風が吹いてるかと錯覚する素晴らしい景色を、俺は眼を瞠って隅々まで眺めていた。
特に庭の隅、だが、庭の色んな場所に植えられている大きな、立派な木である楓。
星の様だと例えられる五つの放射線状の葉っぱは、まだみずみずしく緑色で、月のクレーターの大きな屋根から吸収された太陽の光を受けて輝いている。
植物たちの息吹が感じられた気がした。
「きゃああ!!」
生徒の叫び声で一瞬我に返って、声の方向を向けば、LOPSを見ていた生徒たちだとすぐわかった。
周囲の注目を集めていたら、すぐにわかるし、それは他の先生も同じですぐに、
「こら、静かにしなさい」と、お叱りの声が飛んだ。
だが、生徒達の本当の注目を集めたのは生徒達がLOPSで開いた立体映像の速報ニュース。その映像だった。
爆破されたとみられる車、そこから出ている血まみれの身体。
息をしてないとわかる身体に構わず、装備をつけてデモを行う人々、そして隊列を組んで行進する軍人の部隊の映像が写しだされていた。
すぐさま近くの先生が消して、
「今は暴動が起きてる最中ですが、軍の人達が鎮圧を行っています。皆さんは静かに治まるのを待ちましょう」と、生徒達に向けて言ったが、武力衝突の衝撃は強かったらしく、この部屋にいる生徒たちは青ざめた顔色で俯いたり、小声でボソボソと話すしている。
無理もないよな。外で何が起こっているのかニュース気になるし。
そう思っていると何やら視線を感じ、周囲を見渡していると他のクラスの生徒達がチラチラとこっちを見ながら小声で言っているのを耳にしてしまった。
「身内だと贔屓されてるわね」
「今回も決まりでしょ?いいわよね、自分が言えば、自分の思ったとうりの世界が約束されてるんだもの」
「あんまり言うと、言いがかりつけられるわよ」
「あら、いいじゃない。むしろ、もっと困るべきなのよ」
数人の生徒達は冷ややかな口調で喋っているのを聞いてる限り、あまりいい話じゃないなと、簡単に想像できたが興味本位で彼女たちの冷たい視線の先を追ってみると、藤原麗奈だった。
まさかの自分の受け持ちの生徒のことを言っていることに、え。え、嘘だろと、内心驚いて交互に見て見たが、やはりどうみても陰口を言う生徒たちが見ているのは麗奈だ。
だが、おかしいのは生徒同士のいざこざというよりも、身内、優遇されているという単語が聴こえるあたり、何か別の事情があるらしいのは感じられた。
あとで、麗奈と時間をとるべきか薫が悩んでいると、教員の召集が行われた。
教育実習生としてきた俺達だったが、学園側が出した文によると、急な政治の動乱のため、その実地訓練という名目で教育実習生たちもすこしばかり学園の手伝いをして欲しいという。
立体映像の文面を保健医ことミキちゃんが読み上げていた。
「外のクーデター鎮圧のため、政府は戦闘機で圧力をかけているところだそうです。この学園からは離れていますが、生徒の中には親御さんが政府関係者の子もいるので、警備体制を敷いて、迎えに来た親御さんに生徒さんを自宅に返すようにしてください」
そして、午後の授業は中止ということが言い渡された。
各自担当のクラスへと行く先生達に見習って行こうとした俺だが、ミキちゃん先生(保健の先生)に引き留められてしまった。
何だろうと思って聞くと、特別学級の本来担当である渡辺先生が、軍の訪問で手が離せないという。
担当の教室から直接社殿に向かって担当教諭と一緒の教育実習生もいるが、半分は移動教室から直接来たのか担当がいない教育実習生もいる。
そして調理実習中だった俺立ちクラスの担当教諭である渡辺先生だが、着陸してきた軍の対応でここには来れないと連絡が入っていた。
「何かあれば、すぐ近くの先生にでも声かけてくださいね」とミキちゃん先生はいうので、
俺自身も教師として頑張るべく、
「大丈夫ですよ、保護者の方が来たら、生徒と引き合わせればいいんですよね、できますよ」と胸を張って言ったのだが、それでも不安なのかミキちゃん先生は、気になることを言った。
「あ、いえ、そうじゃなく、生徒の言動に注意していただきたいんです。藤原麗奈、あの子は特に」
どうしてですかと尋ねるも、それは自分からは言えない、いずれ渡辺先生から連絡が来るという、なんともスッキリしない回答だった。
だが、それが良くなかった。
戻ってみれば、麗奈はいなかった。
「え、どこに行ったの!?」
慌てて聞けば、「社殿の給水所に行ってくるって、さっき・・・」
給水所の場所を聞いた薫は急いで向かったが、そこでたむろっていた生徒に訊いても麗奈は見かけなかったという。
(嘘だろ・・・!)
ミキちゃん先生に気をつけるように言われていた俺は青ざめた。
しかも、俺は頭の隅にあった”特別学級の生徒達は政府関係者と関りがある”ということを思い出していた。
(嘘だろ、こんなときにどこ行ったんだよ)
だが、嘆いても仕方がない。しかも、調理室で校庭を見た時の麗奈のつぶやきから、麗奈はあの軍人に会いに行った気がしていた。
だが、大人を介さずに一人でもし会いに行ったのなら非常にまずい。
何故だか知らないが、学園は軍関係者と距離を置いてる。
(直接会うのだけは止めろよー、麗奈―――!!)
薫は急いで、麗奈が学園へと引き換えしてないか、地下のエスカレーターの方角へと走るのだった。
「・・・・どうしようかな、自分のアホさに嫌気がさすな」
麗奈を探しに地下に戻った薫だったが、薄暗く巨大な迷路のように入り組んでいる地下ではどこがエスカレーターに通じる出口かわからないでいた。
要するに迷子であった。
どこに行けばいいか途方に暮れていると、薄暗いがピョコピョコと脚を動かしている太郎の後ろ姿があった。
何でこんなところに――?と、思ったが昨日生徒達との帰りに、夕刻になると太郎が飛ぶ姿を見たばかりだったことを思い出す。
だが、ここは地下。マップで見た時の社殿の案内図では太郎の住み家である寝床はたしか社殿の最も高い場所、屋根に近い場所のはず。
迷いはあったが、太郎がピョコピョコ薄暗い地下の奥へと飛んでいくことに心配した薫は、太郎を捕まえながらベルトコンベアに通じる入り口を探すことへ作戦変更、太郎の後を追いかけるのだった。
―――太郎を追いかけ始めた薫だったが、想定外の事が起きていた。
薄暗く、天井が高いわけではないので太郎も大きく羽を伸ばして飛ばないのではあるが、鳥類の中でも優れた飛行能力を持つ鷲のため、低いちょっとした飛行でも長い距離を水平に飛ぶのだ。
薄暗く足元がおぼつかない薫にとってみたら、太郎を追いかけるのに想像以上に苦戦を強いられていた。
「太郎、こら、ちょっと止まれ」
そう言っても太郎は止まってはくれず、何度目かの薄暗い部屋へと入った時、やっと太郎はとぶスピードを止めてくれたが、そこはどの地下の場所とも違う場所だった。
先ほどまでの薄暗さとは違う、目の前には地上の社殿、室内を移したかのような寝殿造りの家屋があり、目の前は立派な階段、その先には大河ドラマの演出で観るような
一瞬、その煌びやかな建物に心を奪われた薫だったが、我に返るとまずは目下の狙いに焦点を定めて言った。
「よっと、やっと捕まえたぞ」
両手に太郎を掴み、動物に話しかければ落ち着いてくれる――、そう思って呟いた言葉だったが、それに反応する声がした。
「誰、そこにおるものは?」
――俺の他に聴いている者がいるなんて思いもしなかった。
御簾から浮かびあがった人影は立ったまま、明らかに俺と太郎の方を見下ろしているというのがピリピリと肌で感じられる。
張り詰めた空気を、どう乗り切ろうとしていると、
「太郎と、そしてこの場所に男とは・・・!」
女性の声が俺を動けなくした。
なぜなら、ここは社殿の地下内部。その社殿の偉い人といえば、あの人しかいない。
声の主は、今度は圧力を込めた声で言った。
「男、なぜこの場所に許可なく入った!名を名乗れ!」
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