実習2日目:調理実習②
調理実習のテーマは餃子とシーザ―サラダだった。
「できたー!」
「伊集院先生、ほら見て見て。羽根つき餃子ー」
「先生、私のも見てください、こんなにおいしそうにできましたよ」
そう言って、俺に見せてくる生徒たち。
自分たちの力作を見せてくるのは可愛いのだが、食べさせようとして四人から箸を向けられるのは流石にキツイ。
「みんな上手にできたのはわかったから、皆で食べればいいじゃないか」
「だって、できた料理を一口は自分以外の人に食べてもらうのがこの調理実習の評価なんです」
「俺は食が細いから、昼ご飯の後はあんまり食べられないんだよ」
と言っても、生徒はお構いなし。
「じゃあ、それぞれ一口だけでも!」
「小塚先生なんか、クラスの皆と食べ合いっ子してるんですよ。さあ、伊集院先生も!」と言って、指さした先には、28人もの女子生徒に囲まれながら一人男の小塚が仲良く食事会してる姿。
見るからに幸せそうに女子生徒と
「さあ、先生、食べてください!」
「そう言われてもな――」
俺は後ろ越しに逃げようとしていると、離れた席で一人ポツンと座って美咲の沈んだ顔がふと視界にうつったのが気になった。
「美咲・・・?」
「あ、先生、待って!」
エプロンの奥にあったシャツとネクタイごとグイッと引っ張られ、ぐえっと声を出しながら首が絞められる思いだった。
「な、なに!?あと、いい加減先生のネクタイ締めるないでくれ」
「あ、ごめん先生。けど、美咲の料理だけは慎重に対応して」と言って、パッと手を放す麗奈。
「なんで?」
「美咲は超がつくほど料理が下手なの」
「食べたら失神するんだから」
そんなバカな、っと言おうとしたが美咲の目の前にある
話によると、美咲の料理の壊滅的なことを決定づけたのが、”太郎泡吹き事件”だという。
―――あれは四月。
話を聞くところによると、美咲が高等科として初めてこの調理室で料理を作ったとき、”から揚げ”を課題として作っていたという。
皆がから揚げを作っている中、美咲だけは塩コショウ瓶の粉全部入れたり、ガスコンロで火力最大で揚げて、そして出来上がったのは見事な
見れば見る程おぞましい物体に否定できずにいると、どこから入ったのか太郎が調理室に羽を広げて飛び込んできた。
叫び声をあげる美咲の前を通った太郎のくちばしには、美咲が作った暗黒物質だった。
みんなが唖然と見ている中、ドアから花鳥先生も乗り込んできて、
「コラ太郎!盗み食いはダメって言ってるでしょ!」
急な飼い主の登場に、焦ったのか太郎は美咲が作った料理をパクリと食べた。
だが、コレがいけなかった。
太郎は倒れた――、口から泡を吹いて。
「キャー、太郎、しっかりしてー!!」
「先生、先生、太郎が倒れてるー!」
「死んじゃダメ――!」
調理実習は大混乱に陥り、その日の調理は中止のような形で終わったという。
――そして結局、太郎は無事だった。
その後先生達が応急処置?を行い、すぐに吐き出させたおかげだが、口から手を突っ込まれたり、身体をブンブン振り回されたりされてたから、しばらくの間は瀕死の重傷になったという。
(あわれ太郎・・・・・・!!!)
俺の眼には涙が薄っすらと涙がこぼれていた。
この事件をきっかけに、”これは同じ女子として放ってはおけない!”と、クラスメイトである四人の生徒、彼女たちは団結して皆で調理の特訓に美咲の家に行ったりと、お互いに励まし合ったという。
だが、料理で爆発しなくなったり焼く前の見た目は良くなっても、どうしてもガスを使う料理だと黒焦げ、特に味はずっと壊滅的とのことだった。
美咲の料理がヤバイということがわかっただけに、いまこの調理室には微妙な空気が流れている。
「え、ええっと、先生、こんな訳だから察して下さい」と、小声でいうミーシャ。
「最初フライパンから火柱ができたり、沸騰し過ぎて料理そのものを爆発させたときより上達してるんだけど・・・」と、涼。
美咲に代わって本人よりも必死に説明する四人。
あれ以来、美咲は誰とも分けあわないで、いつも一人で作った物を食べてるという。
「太郎の件で、トラウマにならなきゃいいけど」と、涼。
「家でもお父さんと一緒に料理の練習してるって言ってたよ。けど、やっぱり味の調整とか料理が苦手だって、美咲言ってたな」と、綾が教えてくれた。
綾は手先が器用らしく、羽根つき餃子の他にも、レモンをカーピングでアヒルとして切っていた。
「綾と涼は料理上手なんだな」
「え、えへ、ありがとう先生」
急に褒められて嬉しかったのか、顔がほころぶ二人。
「みんな先に食べてて。あと、心配いらないから」
心配する生徒達に言って、俺は美咲が座るテーブルに行った。
自分が作った餃子を盛った皿を持って、美咲の席の隣に来た時には、美咲は自分の作った餃子を半分食べ終えていた。
「美咲、俺が作った餃子食べてみないか?形は不格好だけど、味は大丈夫だったから」
「・・・・先生、ありがとう。けど、私ここで一人で食べるのはいつものことだもの。私が一人で食べたいことも、クラスのみんな知ってるから」
俺の考えをくみ取ったのか、美咲の配慮したことを言う姿に俺は行動を移すことにした。
「美咲、お前の餃子と俺が作った餃子わけ合いっこしようか」
一個もらうね、と言って美咲のやや黒ずんだ餃子一つを箸でつまみ、勢いよく口へといれた。
「ちょ、先生、無理して食べなくていいから!私の超まずいから、お腹こわしちゃう!」
焦って止めに入る美咲だったが、伊集院は食べることを止めず、餃子を食べ切った。
そして、傍にあったコップの水を、牛乳のように一気飲み干す。
「ごちそうさま。頑張ってたから料理の評価良く書いとくから」
「—―先生、平気なの?私の作った料理、どんなに頑張ってもみんな、具合悪くなるのに」
「え?ああ、平気みたいだな。俺はどんな食べ物でも食べれる体質なんだ」
というのも、長い入院生活のおかげで病院で出てくる不味い食事に慣れてるだけでもあるが。
「それに、食べてわかったけど、サクサク触感で良かったぞ」
「嘘だよ先生。どんなに練習しても、食べられない物じゃ意味ないよ・・」
「そんなに自分を責めるな。家でも料理の特訓してるんだって?」
尋ねると、美咲は下を向いたまま頷く。
どんなに努力しても、やはり周りの子と比べて料理に自信がないのだろう。クラスにいるときよりも表情が消えていた。
「美咲が頑張っていることはクラスのみんな知ってる、誰にでも不得意はあるよな。だから、隠す必要なんてない。むしろ、不得意なことに取り組んでいる、その努力だけで十分なんだよ」
――学校は、教科の好き嫌い関係なしに生徒たちに授業を受けさせる。そして学校の成績に全て頑張ろうと、真面目に自分の苦手克服にたくさんの勉強時間をかける子もいると聞く。
けれど、実際頑張っても苦手なことはどんなに頑張っても成績が上がらないことは多い。それは自分もそうだった。病気で出られなかったから、外の世界の本当の姿を知るのに人の何倍も時間がかかった。
だからこそ、せめて自分が受け持った生徒達だけでも苦手に頑張り過ぎて、得意な事を疎かになるのではと、危惧した言葉だった。
「・・・・先生は・・・私が料理が苦手でもいいってこと?」
「美咲は料理でいま困ったことある?」
一瞬考えた美咲だったが、口から出た言葉は「・・・ない」だった。
「自分が作った物を食べる分には平気。—―みんなと一緒に料理するの楽しい」
「休み時間のときも好き嫌いないって言ってたもんな」
ポッキーゲームをみんなでした時、ふと誰かが好き嫌いな食べ物の話をした。そのとき、美咲は食べ物全部好きと答えていた。
「皆と一緒に頑張って作ったんだから、せめてみんなと一緒の和になって食べよう。一人で食べてたら、アイツらだって心配しちゃうからな」
そう言って、俺は離れた場所でこちらを凝視していた特別学級の生徒四人を振り返って見ると、急にこちらに視線がきて、慌てふためく四人の生徒達がいた。
ずっと見ていたのをバレて恥ずかしがってる四人の生徒に、「みんなで食べようか。クラス初めての食事会だ」と、笑いながら言った。
薫と美咲のテーブルに、特別学級の四人の生徒がそれぞれ作った料理を持ってきている映像を、遠くから見ていた人影があった。
ジッと見つめる視線がある場所は薄暗く、静か。だが、壁には一面のモニター画面が映し出され、言葉を交わす二つの声があった。
「あら、伊集院先生やりますね。あそこまで、できる男性はなかなかいないわ」
「あの方がお認めになったことだけはありますね。今回はどうなる事やら・・・」
「そうね、どっちが勝つでしょうねこの実習」
そう言った瞬間、突然ゴオオオという重い重機音が建物内に響いた。耳を塞ぎたくなるような音に、緊張が走る。
「な、なに!?」
「モニターを変えて!」
機器を操作している部下に命じて、すぐさまモニターの画面を動かし、警備システムの確認を行う。
巨大画面に映し出されたのは、学園の建物上空に向かってくる、おびただしい群れの点滅した光。明らかに生物の物とは違っていた。
そして、重機音は調理実習中であった薫、小塚たちの二クラスがいる調理実習室にも響いていた。
一人の生徒が外の窓を指さし、「ねえ、アレ、戦闘機じゃない!?」
と言う声に反応して生徒、教育実習生も窓に張り付いて上空を見上げた。
飛ぶ車や旅客機の飛行機とは違う、小さいけれど先端が鋭利で暗緑色の機体は、すぐにわかる姿。
しかも、それは一機だけではなかった。
学園の木々の間から次々と現れ、薫たちがいる学園の上空を飛んでいく。
「ニュースつけて!」
誰かのその声に、慌ててニュース画面がつけられ、その画面には男性のアナウンサーが速報を読んでいるところだった。
「反社会勢力が世界政府に対し、不良人体者の社会的改善と社会の圧政の大規模なデモが起こりました。世界政府の管轄中央ノアに反社会勢力の武装した大勢の人々が集まっており、鎮圧のため各国からの軍が出動しています」
繰り返しニュースを伝える報道に、ニュース画面には黒い布を口元に覆い、プラカードを持った人や、分厚いゴーグルを眼に付けた男が大勢おり、銃撃戦を繰り広げていた。
画面を見ながら「え、これ大丈夫?」「ここから近いんだけど」と声があちこちから上がっていると、今度は校庭の方から喧騒が聞こえてきた。
見れば、他のクラスの生徒達も教室から飛び出してきたようで、廊下側に生徒が次々と出てきている。そして、彼女達が見る眼差しの先は、機体の音がする校庭だった。
気づけば俺と他の生徒たちも教室から出て、音がする校庭の方をみると、戦闘機ではないが、軍が軍人を輸送するときに使うような幅の広い大きな輸送機が校庭の砂埃をまき散らしながら着陸している。その機体の近くには、軍人の男四名がこの学園の校長、教頭。
機体から巻き起こる風と砂が凄くて、ずっと見ているのは難しかったが、校長の険しい表情から、歓迎されてないお客さんだということはわかった。
(一体、何の話をしてるんだ?いや、そもそも、どうして軍隊が学校に・・?)
周囲にいる生徒たちには、急に軍隊がいて興奮が止りそうもなく、不安な言葉を口にしながらも、校庭の異様な光景から眼を離そうとはしなかった。
「あの人・・・・!」
横を向くと、麗奈が凝視しながら呟いていた。
そして、軍人が理事長たちの後ろにつきながら校舎へと消えると校内放送が流れた。
「全校生徒、教育実習生の皆さんは、社殿へお集り頂くようお願いします。現在、世界政府で暴動が起こっており、安全のために社殿で待機をお願い致します」
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