実習2日目:調理実習①
教育実習要綱:生徒個人の得意、不得意を見極め、生徒の自立性を促す
「—―おい、伊集院、しっかりしろ」
誰かの声が聞こえる。意識、というか目の焦点を合わせると、目の前に小塚が俺の肩を揺さぶってこちらを見ていた。
「お前、大丈夫か?さっきから弁当のご飯、箸から落としまくってるぞ」
「へ?」
俺は小塚の視線を追うようにして目線を下に向けると、そこはスーツのネクタイやらシャツに米粒の塊が落ちていた。
「あ、やっば」
言いながら、ご飯粒をスーツから急いで取った。
「お前、やっぱり大丈夫か?またゾンビみたいに来て、魂抜けてるなんて」
「・・・ああ、悪い」
二日も病人みたいな俺の世話をしてくれてる小塚に申し訳なさを感じて、つい口から出た。
「まさか二日連続でゾンビ化してくるとはなあ。明日はゾウさんのジョウロの水で息を吹き替えすか試してもいいか?」
「やめろ、余計な事するな」
「まあ、実習大変だからな。何か困ったことがあれば言えよ?」
「小塚~」
俺はこいつの優しさに、ふいに泣きそうだった。
「お前の担当クラス以外で」
「—―なんでだよ。そこが全ての悩みの種なのに、訊いてくれねーのか」
「だって、お前のその
(その通りです)
「で?今日は何があった?」
俺は今日あった出来事をつぶさに説明した――。
それは授業の休み時間のことだった。
「せんせーい、今日慌てて起きた?」
急に後ろから声をかけられた俺は「え?」と言いながら後ろを振り向いた。
ブニ。
振り向いた頬に小さい指が当った。これで二回目、指ツン。
「もしかして二日目から寝坊?」と、麗奈が聞いてくる。
俺の頬に当っていた指は、笑いながら頬杖をする麗奈の頬に今度は触れている。
「・・・まあ、正解。なんでわかった?」
「先生、横の髪の毛ちょっと跳ねてる」
彼女は予想が当たって嬉しいのか、昨日よりも緊張が解けたように笑う。
「身だしなみに気をつけなきゃ、先生」
「・・・・それを言うなら、麗奈もな」
「え、なんでー?今日もメイクバッチリだし、髪型だって大丈夫」と言うのを遮って、俺は言った。
「爪」
「え、爪?」
キョトンとしながら自分の爪を見る麗奈。爪はマニキュアが塗られ、キラキラとしたラメや可愛い絵が描かれている。
「これ可愛いのに、何が変なの?」
「じゃなくて、今日は午後から調理実習あるんだぞ?包丁握れない、爪が長くて顔に当ったら凶器になる」
「先生、男でしょ。お肌も鍛えてよ」
「無茶言うな。とにかく、今日の調理実習中はその爪どうにかしろよ?なんなら、職員室にいって、爪切り貸してもらえばいいよ」
そういうと麗奈は考えるように自分の爪を見ている。
俺もちょっと言い過ぎたかなと思っていると、
近くの席にいた(と言っても、教室に六人しかいないから声が良く響くのだ)綾が話に参加してトンデモ発言を言った。
「先生、女子の爪のこと言ったらセクハラだよー」
「せ、セクハラ!?」
「そうだよー女の子の爪の執念は怖いんだよー、恐ろしいんだよー」と幽霊みたいなジェスチャーで演じるが、童顔だから迫力は一切ない。
流石にセクハラと言われたら教師うんぬんよりも男としてもお手上げなので俺はすぐに麗奈に「ご、ごめんな」と言った。
「え、ああ、大丈夫だよ」と、麗奈は手を振りながら言うが、手先の爪は隠したままだ。
そこからは、教室から席を離れていたミーシャ、涼も戻って来ていて、教室で会話しながら次の授業を待っていた。
だが、ずっと俺にはあのときのセクハラ?発言が気になっていた。
その後の三~四限目の授業でも、化学の実験の授業でわからないという質問に担当の先生ではなく、俺ばかりが質問攻めにあったことなどを小塚に話した。
挙句の果てに、放課後は一緒に二人で帰ろうと、誘われたことを懇切丁寧に説明した。
それを聞いた小塚が言った一言は、「昨日賭た勝負に、俺が勝つのも時間の問題だな」だった。
フッと笑いながら言うもんだから、俺の内心は非常に不愉快だった。
大変、大変、不愉快だった(大事なんで二度言った)。
「お前、それ言う?俺が教員免許をかけてこうして一生懸命実習先に来てるっていうのに、それ言うか?」
「ははは!俺は非道だからな。勝負に勝てればそれでいいんだよ。それに、実際お前たち見てて楽しいし」
「人の不幸は蜜の味ってか」
「当たり」
「薄情もん。休憩時間は「ポッキーゲームしよ♡」と言われたり、教室を歩けば生徒五人はなぜか同時に電子ペンが落ちてくる。拾わないわけにはいかないので、まあ、拾って生徒に渡すんだけど。
「あ、それと、小塚は知ってる?最近の女の子ってのは、街ですれ違った男に連絡先を渡すって」
「ん、それがどうしたんだ?そんなのは当たり前のことだろ?女性だけでなく、男でもそんなことよくしてるし、国の事業
「ら、ラブ・・・?」
聞きなれない単語だった。
「
そこから、小塚は国の恋愛事情について説明してくれたのだが、さっぱり頭に入ってこなかった。
―――俺が知っているのは、生徒同士で言葉を交わしながら友達期間を経由して徐々にいい感じになって、そしてどちらかが告白して晴れて彼氏彼女になるはず。
だが、今の子供、女子高生くらいの子供たちは恋愛禁止の校則なんて時代遅れで、男女共学の学校にはクラスの八割も恋愛を楽しみながら将来の伴侶を探しているという。それは大人社会になれば白熱さを増して、大企業のビルに出入りしているビジネスマンを捕まえて、外にいる女性から連絡先のカードを渡されるなんて、よく見る光景という。ましてや、外で知らない人でも自分の好みな人が歩いてたら、すぐお茶に誘うのも当たり前と言っていた。
「・・・けど、そうだったか」
――口調を小塚に合わせた俺だったけど、違和感は少なからずあった。
(どこか自分の認識と違う気がする・・・・・)
何でもないようなことだけれど、いや、もっと大きな根本的何かが違う――、そう感じていた。
考えていた俺だったが、小塚の、
「はやく食べろよ?記録で書くこと増えてるんだから」
という一言で、再び弁当を食べ終わることに集中した。
(食べ終わったら、記録書かなきゃな)
――昼休憩が終わった後は、今日もまた午後は小塚の教室と一緒の合同調理実習だった。
大学生の教育実習に来ている俺と小塚も他の生徒と同じように頭に巾三角の巾着、エプロン。だが、れっきとした男が着ているエプロンは可愛いピンク色でポメラニアンと唐辛子の柄。小塚はこちらも同じくピンク柄でウサギとニンジンが描かれたエプロン柄だ。
「すみません、女子高からか大きいサイズが少なくて」
と、家庭科の先生が申し訳なさそうに言うが、俺と小塚はどっちかというと、何も言わずにそっとしてほしかった。周囲にいる生徒たちが笑いを堪える声が一層増したからだ。
「いえ、大丈夫です。ここが女子高だと重々承知の上ですから」
俺達は羞恥心を隠しながら、にこやかに返事を返す。
「薫先生」
突然背中下から声が聞こえて来て、後ろを振り返ると麗奈だった。
「ん」と無言でズイッと手の甲を見せてきた。
(え、な、何?)
困惑して手を見ながら、
「えっと、どうかしたの?」と訊いた。
「~~~~~~!!!爪!」
と麗奈は頬をりんごみたいに朱くして強く言った。
「爪・・・・?あ、切ったんだな」
今朝に爪を切ったほうが良いと言ったことをポンと思い出した。
「えらい、えらい!ちゃんと爪切ったんだな」
「子供扱いしないで。今回は包丁使うから、危ないから切ったの」
そう言いながらプイッとそっぽを向いた。
(そんな行動自体が子供みたいで可愛いんだけどなー)
面白いから黙って見てようか。
さて肝心の調理実習だが、ここローズ学園では、調理実習は班やグループなどではなく、個人で調理するという。なんでも正当に生徒の評価を判断する為なんだとか。
「ガスコンロが足りなくなるんじゃないの?」と俺が聞けば、大体一クラス分のコンロは設置されているという。そしてIHコンロも半分揃えていた。
(さすが、お嬢学校・・・)
そして肝心の作る料理はというと、”餃子”と”シーザサラダ”。
家庭科の先生は電子黒板に餃子の手順を映し、調理実習が始まった。
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