本格バトル⑦
鷲の太郎が飛び去った後、渡辺先生は、
「はい、皆さん席について下さい。授業中ですよ」と、言って皆を席へと戻した。
「あ、けど先生、もうチャイム鳴りますよ」
涼が言ったとき、確かに時時計は授業終了の時刻を指していて、終了の音が鳴るのだった。
こうして、俺の教育実習生としての初めての一日は終了した。
そして今の俺は、一人保健室にいた。
学校のベットをお借りしてのひと時の安息。
(久しぶりの保健室だな~。このシーツの匂い、見慣れた天井)
俺がここに来た理由は勿論、さっきの授業で具合が悪かったからだ。
学校の保健室が嬉しくて、不思議とベットの上で手足をバタバタさせてしまう。
授業が終わってからというもの、俺はすこぶる元気だった。
授業後にすぐ保健室の先生に診てもらったが、特に異常はないという診断。
体温を測っても平熱。おかしなことと言えば、吐き気も頭痛も一切消えていた。
とりあえず、大事を取って少し休んでるといい、と保健室の先生からも言われたので、俺はご厚意に甘えてしばらくの間ここで休んでいた。
もちろん渡辺先生はこのことは了承済みだ。六時限後にはホームルームがあるはずなのだが、体調が悪いと言ったら、そのまま保健室で休ませてもらっていいからと言っていた。
今まで体調管理はきちんとしてたと思うのに。
(具合悪くなるなんてツイてないなー。けど、病院行くヒマ実習中にないしなー)
しかもホームルーム後には部活見学が待ち受けているのだ。‘‘教育実習生のしおり‘‘に書いてあったから、これは確かだった。
教育実習生という爽やかお
(教育実習って、こんなにも大変なものなんだなー)
いや、実習初日だから、体調を崩したんだろうか。
振り返れば、今日は一日中なにかと騒がしかった。
生徒と挨拶後は校内見学と、各授業見学と休憩ごとの生徒達から質問攻め、午後はクラスマッチでバレー試合。自分が組んだ授業だけ出席すればいい大学生と違って、目まぐるしい一日に俺の気力はなくなっていた。
(俺、教員免許取りたくて実習受けてるはずなのに、どうしていつも体調崩しちゃうんだろうなー)
ただの平凡な願い。
やっとここまできた。
俺が十五のときに心臓の手術を受けることを決意してから、だいぶ時間が経ったけど、この実習を乗り切れば、夢の一歩に進む。
俺は腕を天井へと伸ばすと、グッと拳を作った。
絶対に教師になるんだ。
その思いだけだった。
そのとき誰かが保健室へ入って来る音が聞こえてきた。慌ててベットシーツを被り、寝てるフリをしているとカーテンが開き、声がするのだった。
「伊集院先生寝てるフリ、バレバレですよ」
その声の主は俺の知ってる奴だった。
「なんだ、小塚かよ。ビビったわ」
「悪かったな俺で。それより、朗報だぞ伊集院。部活動見学がなくなったぞ」
「え!?マジで!!」
俺はベットから飛び起きて小塚に再度確認したが、なんでも部活動をやるうえでの生徒の安全体制の一斉確認があるらしく、生徒の部活動が急遽無くなったというのだ。なので、教育実習生の部活動見学も休みになったので、自宅に帰って提出課題をするなり、大学に戻ったりと自由にしていいと実習生全員に連絡が来たらしい。
これには俺も歓喜だった。
(これで帰って実習記録や授業計画書とか書ける時間を当てることが出来る!)
可愛い生徒達の勇士を見れないのは残念だが、やはり提出しなければならないレポートは夜に余裕をもって完璧な状態で仕上げてから、実習先の先生たちに見せたい。
「職員室に戻って、担当の教師に挨拶が済んだら帰っていいんだと」
「そうかっと、あれ、ここにいた先生は?」
保健室にはいたはずの保健室の先生がいなくなっていた。
「さっき、どっか行ったぞ。帰っても大丈夫さ」
こうして、俺たちは嬉々として荷物を持ってそれぞれ担当しているクラスの教師に(俺は渡辺先生)に帰りますと挨拶をした。
のだが、なんと、廊下でバッタリ、特別学級の生徒達と遭遇してしまった。
しかも五人、勢ぞろいだった。
「あ――、先生!帰るとこ?帰るとこなの?ねえ、ねえ!?」
「小塚先生と一緒に帰るんですか?先生達仲いい~!」
「先生、具合良くなった?」
と思い思いの考えをポンポンと言葉に出しながら、小塚と俺の周りにくっついてきた。
そう思っていると、小塚が俺の耳元でボソッと呟いた。
「お前の生徒、なんか主人にかまって欲しい犬みたいだな」
(う、それは俺も、ちょっとは思ったけど・・・)
「もう、犬っていうか天使にしか見えないんだよなー」
「お前、ほんとは熱あるだろ」
そうこうしていると小塚の担当クラスの生徒達も廊下を歩いており、
「小塚先生ー、どこ行ってたんですか?伊集院先生にベッタリし過ぎー」と言われながらあっという間に連行され、俺はにこやかに手を振りながら、小塚達を見送るのだった。相手も生徒だからか、アイツも押され気味だ。
「皆で急いで掃除終わらせてー、て、先生、訊いてますー?」
「え、ああ。ホ、ホームルームは終わったの?」
何とか話題をふった俺だった。
そして生徒達が言うには、いつもどうりに連絡事項だけきいてホームルームは終了し、部活動が休みなのでみんなで今から帰るとこだった、という。
(そうだったー、見学が休みなら生徒達も帰るんだったわ)
盲点だったことに気づいた俺だが、生徒達と一緒に帰ることに断る理由もなかった。
「いいけど、学校の校門までな」
「え――!先生の家まで遊びに行きたかったのに――」
(やはり、そこが狙いか・・・)
「先生、厳しいー」
「公私混同はダメだから」
俺は最も教師らしい言葉で断った。それに、家まで生徒が押しかけてきたらそれこそ大問題だ。ここは譲れなかった。
「ほら、遅くなる前に帰る、帰る」
――結局、生徒たちは俺の意見に従ってくれた。
俺達は人口夕日が沈みかけている中でおしゃべりしながら帰った。
生徒達から苗字じゃなくて、名前で呼んで欲しいということも、高校の先生達は何かと忙しそうだから、こうして教育実習生の先生と一緒に帰るだけでも楽しいと言われてしまった。
慕ってくれるのは嬉しいし、俺たち大人にとっては何でもない事でも、この子たちにとっては良い思いでの一つなんだろう。
そう思った瞬間に、空から何か動物のような音が聞こえて来て、無意識に空を見上げた。
そこには、一羽の鳥が大きな翼を広げながら雄大に空を舞っているのだった。
「あれ、もしかして太郎?」
「そうですよ、先生。太郎はよく夕方に学園内を飛んでいることが多いんです」
俺の質問にミーシャが説明してくれた。
「宮様が学園内の生徒達が安全に帰れるように、太郎を飛ばしてるっていう噂があるんですけどね」
と、綾が教えてくれた。
「ちょっと待って、宮様?って、なに?」
俺は初めて耳にする言葉に、気づけば質問していた。
「先生、学校案内で社殿のそば通らなかった?」
「社殿?」
「宮様のお住まい、社殿って呼ばれてるところでもあるし、学園の生徒が芸能の教養を学ぶ場所」
つまりは、お琴とか舞踊とか礼儀作法を学ぶ学校機関場所らしいのだが、理解がまだ追い付けてなかった。
「へ――」
「あと、宮様ってのは由緒正しい一族の方でー」
「・・・・・もしかして、皇家の血筋の方?」
「うーん、よくわかんないけど、ほら先生、月基地に最初に移住したご先祖様の事を始祖って呼ぶじゃないですか」
「ん・・・、ああ・・・」
(なんか初耳のような、初耳じゃないような・・・・)
「宮様の一族は、なんでも遠い昔その始祖たちを統率していた血筋の方で、代々芸事にとても従事していた方だから、伝統を重んじるこの学園の生徒にその芸事を教えてるんです」
「ちなみに、男子校には家庭科とか育児を学ぶ機関があるんだって」
「え、なんで??そこは、男として戦隊ものとか、筋トレする機関とかじゃないの?」
「ブラットエンドで人口制限かかったから、男性同士の恋愛とか流行ったらしんです。その名残だって言ってましたよ、渡辺先生が」
「ふ――ん(BLかよ!!)」
「と、もう校門に着いちゃったわね。じゃあ、私達は迎えの車が来てるから、先生、また明日ね」
訊けば麗奈と綾、ミーシャは、向かいの保護者用駐車場に運転手お抱えの迎えの車が来ているらしい。
「やっぱ、君たちお嬢なんだな、学園内でそんな様子見せなかったけど」
「先生をボコりたい気持ちになったの初めてだよ☆」
美咲と涼は徒歩だけれど、家が違う方角だったので、やはり俺と生徒たちは校門でわかれた。
俺は家路を急ぎながら歩くのだった。
明日の時間割も盛りだくさんだし、教育実習生は大変なのであった。
夜七時。
自分の家に着いた俺は、カバンを置き、まずは冷蔵庫にあった牛乳パックを開け、喉に流し込んだ。
キンキンに冷えた牛乳が熱い喉に流れ込むのはいつも爽快で、「はぁー、美味しい」と、思わず呟く。大好きな牛乳を飲んだそのあとは、何となくネクタイを緩めながら俺はベットにダイブしていた。
(あーフカフカ・・・・)
寝返りをうつと、ネクタイが顔にかかって邪魔だった。
首元がキツイわけではないのだが、なんとなくネクタイというものはドラマの様にすぐに解きたくなるし、なによりネクタイをしている自分に慣れていていなかった。俺はそのまま、天井を仰いだ。
何も考えることもなく、ボーとしていると頭からある顔が浮かんだ。
爺ちゃんだった。
「あ、そうだ。爺ちゃん!」
そう、昨日は確か爺ちゃんがこの家に来ていたのだ。
爺ちゃんは俺の身体を心配したかと思うと、そのまま自分が寝るまで心配してくれていた。
幼い頃病気で病院に居てばかりだった孫の俺が、教師として教育実習に行くと言うから心配してきた、と言っていた。
昔は教師の労働環境はあまり良くなく、長時間労働が多かった。
多分それが自分の祖父を心配に駆り立てたんだと思う。
俺が寝てから家に戻ると言っていたが、無事電車で戻れただろうか?
今朝目覚めた時に何か引っかかる気がしたのは、それだろう。
(今度、じいちゃんに電話しないとなぁ)
孫が病気をしていたことがあると、爺ちゃんやその家族は心配性になる。
思春期の頃は、過剰に心配されることが嫌になったこともあるのだが、そのたびに病院で医師や看護師たちによく諭された。
『心配してくれるだけで有難いものだよ。家族に感謝しないと』
部屋に唯一飾られている、小さい家族写真を見ながら俺は昔を思い出していた。
父親は俺が4歳の時に亡くなってしまったが、残された家族同士喧嘩せず平穏な日々だった。
病院暮らしが長かった俺だが、高校卒業と同時に、一人暮らしをした。
いままで家族に迷惑をかけっぱなしだったし、病院ではカーテン越しに人がいてプライバシーなんてなかった事もあって、一人の生活をしてみたいという考えからだった。
最初は、過保護だった家族に反対されたが、結局息子に甘い母は息子の一人暮らしを認めてくれた。
そして、兄も「体調に気をつけろよ」とだけ言って俺の背中を押してくれた。
(そういえば最近会ってないが、元気しているだろうか)
爺ちゃんの件もあるから、兄や母にも今度電話をかけなきゃな、と俺はそう思いながら、まずは爺ちゃんが置いていった食べ物の仕送りの中からご飯を済ませ、実習生の課題である、教育実習の提出物を書く作業に取り掛かるのだった。
♢
月基地の中で、人が滅多に訪れない場所があった。
そこには、大きな円形ドームの建物があり、その周囲を囲むように十字架の墓が立てられていた。そんな墓たちを彩るかのように、様々な種類の植物が植えられている場所だった。
日の光と暖かい風に揺れながら花開いていた植物たちは、日が落ちたことで静かに安息の形へと変わってく中を、一人の男がゆっくりと歩いていた。
手には大きな花束があり、男は静かに中央のドームへと歩いていた。
男はその建物の中に入ると、目の前にある部屋の入り口へと入っていく。
一歩足を踏み入ればそこは大きい空間で、円形のホールを彷彿とさせるものだったが、違ったのは、周囲が日本古来のお墓で固められており、その墓たちが見下ろす形でその中央に大木、満開の桜があることだった。
男は膨大な墓と墓が並べられている、小さな通路を迷うことなく進み、桜の大木が目の前にある、一つの墓の前で止った。
持っていた花束を墓に添えると、男は言った。
「始まったよ。アイツは目覚めた」
その声は小塚だった。
小塚は墓に静かに語り掛けるが、墓にいる故人は何も答えず、声だけが静かに空気へと散った。
この場所は外の流れを知らず、いつまでも時が止まったかのようだった。
「ようやく次の段階になったんだ」
小塚が言うと、ふいにポケットからLOPSの振動音が鳴った。
電話だった。
「準備が出来ました。おっしゃったように準備はできています」
LOPSから聞えてきたのは低い男の声だった。
「わかった。いますぐ行く」
そう言って電話を切った。電話を切ったあと小塚は、再び墓へと視線を向けた。
「俺が必ず終わらせるから。行ってくるよ」
そう言って、小塚は再び来た小さき道を戻り、ホールの扉は重く閉ざされた。
「こちらに来るそうです」
スーツを着た男性が、夜の街へと変わった景色を眺めている男に言った。
高い電波塔にいるこの場所は、ビルやマンションの蛍光の光が良く映えた。
「やはり、ローズ女学園にいたのか」
「はい。計画どうり次の段階へと手配してよろしいんですね?」
「ああ、我々にとって邪魔だからな」
「生きたまま捉えますか?」
男は一呼吸考え、いや、大丈夫だ、と言って笑いながら命じるのだった。
「バケモノは殺せ」
♢
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