彼女達の帰宅:美咲
ローズ女学園はお嬢様学校だ。
なので、車の送迎も防犯を兼ねて多くの生徒が車なのだが、美咲は徒歩での帰宅だった。
周囲の季節を感じながら歩きながらの方が好きだったのだ。
「ただいまー」
美咲の家は、珍しくマンションでもない一軒家。
「おや、お帰り。ちょっと早いけど夕飯の準備してるから手伝ってくれないか」
玄関から続く廊下の奥から若い男性の声が聞こえてきた。
「はーい、着替えてくるからちょっと待ってて」
美咲は返事をしながら靴を脱ぐと、そのまま洗面台でうがい、手洗いを行ったあと廊下の途中にある階段へと昇り、部屋へと向かった。暫くして美咲は制服から部屋着へと着替えた状態で出てきた。
そして美咲が向かった先は一階にあるキッチンでだった。そこには先ほどの声の主である眼鏡をかけた男性がエプロンをかけて調理をしていた。
「お父さん、今日のお夕飯って、何?」
美咲が手洗いをしながら聞いた。
この男性は、美咲の父だった。
「ん、ベーコン、ほうれん草とアサリのバター焼き。メインディッシュだな」
「わ、美味しそう♡」
「あと、卵焼きとツナの野菜サラダ」
そう言うと、父はそこのお皿取って、とお願いした。
美咲もはい、と言ってお皿を渡し、美咲自身もエプロンをつけ、キャベツの千切りを手伝った。
「野菜を切るの、上手くなったじゃないか」
「切るのだけね。料理はまだまだだよ。明日も調理実習あるから、ちょっとはマシにならないと――」
「頑張ってるのはきっと、皆もわかってくれるよ」
――お父さんは優しい。私が料理を頑張りたいと言ったら、夕飯の準備を一緒にさせてくれるほど、優しい、自慢のお父さん。
「今日の学校も楽しかったかい?」
お父さんが尋ねてきた。
「うん。あのね、お父さん、聞いて聞いて。今日から教育実習生が来たんだよ!」
「え、じゃあ、あのゲームも今日から開始になったのかい?」
「そう!お父さんに朝伝えたかったのに、遅くまでお仕事してるんだもん。今日の朝も寝てたから言えなかったけど、今日からなの!」
「み、美咲・・・、そんな嬉しそうに言わないでくれ。お、父さんとしては、やっぱり美咲にまだ恋愛は早いんじゃ・・・若い男はみんなオオカミって知ってるだろう?」
「えー、そんなことないよー。私よりも小さい子だって、街を歩けば彼氏とかと手を繋いで歩いてるんだよ?せっかくの女子高生なんだし、やっぱり恋愛してみたいんだもん」
二人は出来た料理を器に盛ると、そのままリビングのダイニングテーブルへと料理を置いた。料理を作りながら、学校でのことをこうしてお父さんに話すのが私の日課。
「しかも、今回は男の先生だったから、みんな盛り上がってたの!伊集院薫先生って名前なんだって」
「へ――、珍しい名前だね(棒)。だから今日はいつもより楽しそうなのかい?」
普段から美咲の父は温厚だが、この時はやけに無表情な顔をしていたのだった。
「うん、いつもの倍、楽しかった!しかも、今日の授業で伊集院先生が教科書音読するときがあったんだけど、その伊集院先生の声カッコいいらしいの!!眠たい授業も、伊集院先生と一緒だから明日の学校も、楽しみ♡」
私がそう言うと、お父さんはダイニングテーブルの下に常駐してある防犯グッズの箱の中からイロイロと取り出して言った。
「美咲、明日はこの痴漢用殺虫スプレーと一撃必殺高電磁波スタンガンショッカー、警察くん出動ベルを持って学校に行きなさい!」
「絶対ヤダ♡」
お父さんは心配症らしく、何かと私の身を案じてくれる。
「美咲~、お父さんは、心配なんだよー。可愛い娘にその恋愛ゲームで何かあったらと、いつも大人しく家でスタンバってるんだから、せめてこの三つは持って行ってくれー」
お父さんはテーブルに大量の湖を作りながら両手両足をジタバタさせている。
「もう、お父さん40歳なんだから、ちゃんとして。それに私、痴漢とか返り討ちにしてるぐらい強くなったのに、まだ心配なの?そもそも、そんな物持ち歩きたくないの!いつもどうり学校のお迎えも来なくていいからね。ただでさえ、お父さんが流した病弱て言う設定、体育の授業も最初は見学してたんだから」
「それはそうだが・・・・」
――私、木暮美咲が病弱だというのは本当は違う。
勉強とか本など知識を得るのも好きだけど、本当は身体を動かすのも大好き。
けど、お父さんは私の身を案じて、学校側に生れた時から入院生活をして過ごしていましたとか言って、高校に入学させてくれた。
だから、体育とか見学しなくちゃいけなくて、クラスのみんなと遊べなくて退屈だったんだけど、最近は我慢できなくって、少しだけ体育の授業に参加の許可を父に貰った。
「あ、それとね、今日特に楽しかったのが、体育の授業なの!クラスの皆でチアの服着て、伊集院先生の試合応援したり、すっごく楽しかった!」
これは本当。まだ高校生になって日は浅いけど、私にとって試合を応援する経験もなければ、みんなと一緒にプレーすることも今までなかった。
だから、最初は心配だからと反対した父が、しぶしぶ高校に行くことを許可してくれた事に、私は凄く感謝していた。
私が喜んでいる顔を見て、落ち着いたのか父は、
「そうか・・・・。お前には幸せな学校生活を送って欲しいんだが、体育も楽しめそうかい?」と訊いてきた。
「バレーで、先生チーム対私達のクラス試合だったよ。みんな、その伊集院先生のために自分のいいところ魅せようとするんだけど、肝心の先生が救護室で休んで全然私達のプレー見てないもんだから、みんな怒っちゃって、授業ギリギリまで先生追いかけまわしてたの!」
「追いかけ・・って、最近の高校は先生相手にすごいなぁ」
男性こと、美咲の父はエプロンを脱ぎながら言う。
「本当はその時怒りも何も感じなかったんだけど、みんなが先生にボール当てながら追いかけるから、楽しそうでつい、私もみんなのマネして参加しちゃった」
ランチョンマットの上に箸置きとお箸を並べながら、美咲は朗らかに話していた。それを眼鏡越しから見ていた美咲の父は目尻を下げ、仕方ないかといった表情でため息をつくのだった。
「そうか。まあ、人の恋愛模様を学ぶだけならいいかも知れんな。さ、冷めないうちに夕飯食べようか」
「うん。食べよう、食べよう!」
席につくと、二人は談笑しながら食事をするのだった。
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