彼女達の帰宅:涼
「ただいまー」
戸を開けると、急に人影が目の前にあった。
「お、涼!今日現場のバイトが入ったから、俺の夕飯ナシでいいわ!あと、今二階で麗華ゲームしてるから、邪魔すると怒ると思うぞ。気をつけろよ」
「え!今日、帰りにお兄ちゃんが食べたがってたハンバーグのミンチ肉買ってきたのに~!!」
片腕を頭上まで上げ、スーパーの袋を見せながら玄関から出てきた相手に叫んだ。
「わっり!!帰ってから食うから冷蔵庫入れとけ!」
じゃあなと言って、兄の
「出来立てが美味しいのに」
思わず呟くが、仕事なら仕方ない。
買ってきたスーパーの袋を玄関の床に置くと、履いていた靴を脱ぐ。
帰ってきたときに必ず行う手洗い、うがいを済ませ、エプロンを着る。
リビングに無造作に置いてある幼稚園のカバンに気づくと、
「また置きっぱ」
そう言って、広いとは言えないキッチンへと立ち、冷蔵庫から食材の豆腐、卵、小麦粉、チーズと材料を取り出す。
そしてボール、フライパンを取り出し、卵を割り、泡だて器でシャカシャカと料理を始めた。
涼はこの料理の時間が好きだった。
周囲の人からはスポーツが得意な人として見られることが多いが、母親が急に病に倒れてからというもの、料理当番としてご飯を家族に振舞っていた。もちろん、元々料理が好きということもあり、部活などがない日や休みの日などは家族のために料理をすることが彼女の日課になっている。
だが、少々集中し過ぎるため、時間がいつの間にか過ぎてしまい大好きなラジオ番組を聞き逃すことがあった・・・・・。
「え、うそ。もうこんな時間!?」
そう言ってキッチンに置いているラジオの電源をつけながら、夕ご飯を作るのだった。
――ちなみに父は元スポーツ選手なのだが、怪我で復帰できなくなり、そんなときに母が倒れ、亡くなった。それから父と兄は、仕事とアルバイトに精を出す日々。
自分自身も学費がかかる今の女子高を辞めるか転校するべきか悩んだが、『友達は心の支えだから』という説得を受けて、以前から通っているローズ学園にそのまま在籍中。
少しでも父と兄の負担が減ればという思いから、涼は実力で特別学級に入った。今の恋愛ゲームで薔薇を摘み取れば大金が手に入るし、有権者たちが集まるパーティーに参加できるのは魅力的なのは確かだった。
ラジオを聞きながら料理をしていると、二階の階段を降りながら「お腹すいたー」と、まだ幼い声が聞こえてきた。
「やっと降りてきた。もうちょっと、早く降りてきなさいよ、もう6時半だよ?ま今日は何のゲームしてたの?」
「最近お兄ちゃんが買ってきた『旦那育成ゲーム』っていうやつー。ねえ、お姉ちゃん、お腹すいたー」
妹はゲームが好きで、これまでも兄のおさがりのゲーム、『社畜サラリーマン下克上物語』、『離婚、危機一髪』というゲームをやって来ている。
「お兄ちゃんのゲームで遊ぶのいい加減やめて・・・。ご飯もうできるから。今日はお兄ちゃんお仕事だって」
「またー?」
「手洗いしたら、ご飯手伝って」
妹に言いながら、涼はご飯とついでに朝ご飯の下ごしらえも行うのだった。
「え、うそ」
夕飯を食べ終え、食器を洗い終わって一息ついた頃に、涼はLOPSを見ていた。
そういえば、今日からの実習、どんな感じになってるかな?と、ふと思い、手に取ったのだ。
学校でダウンロードするように言われた恋愛ゲーム統計アプリ。
そのソフトを開くと、そこには今日一位から五位までの人物の名前がランクと、獲得ポイントが個人別に載っているのだが・・・・・その一位の項目に、まさに自分の名前が載っているのだったのだ。
「なんで私が一番!?恋愛ゲームで、特に目立ったアピールしてないはず・・・・」
眼が点になりながら茫然としていると、横にいた妹の麗華が首を突っ込んできた。
「え、何、なに!?お姉ちゃん彼氏作んの??」
「わ、人のLOPS見ちゃダメ!あと、違うから。彼氏いないし」
「・・・また私だけ除け者扱い~。隠さなくても、お兄ちゃんには恋愛相談してるくせにー」
「・・・なんで知ってるの!?!私の実習のこと知ってるわけ!?」
(まだ小さいから教えてなかったのに!)
「え、ただ、前にお兄ちゃんと一緒に部屋で恋愛ゲームしてたら、幼稚園組で好きな男の子いないのかって聞かれてー」
「うん、それで」
「好きな子はいるけど、花組にライバルの女の子も狙ってて、付き合えるかわかんないって言ったの」
「あー、翔君のことね」
妹の麗華は、翔君に片思い中なのだが、他の組にもライバルがいると自分にも話してくれた事があった。
「お兄ちゃんが恋愛のアドバイスとしては、いかに自分を魅力的に魅せるかがポイントだって言ってた。それで男の基本的性格、HP,MPたる恋愛経験値を自分の知識として集め、恋愛経験値をレベル上げした猛者が最後にイケメンを狩るって言ってたからー」
(ほぼ私の実習内容じゃん!)
「お兄ちゃんの言った事違うの?」
「うん、違う」
(現実社会はハイ、そうですと言えない辛さ)
「せっかくお友達のユリちゃんにも、恋愛は騙し合いだってこと教えたかったのにー」
「ちょっと待って。今なんて?」
「恋愛は騙し合い」
「誰から聞いた?」
「お兄ちゃん」
「へ―――」
(幼稚園児になんてこと教えんのよ)
絞めることを決めた涼は、兄の為にとっていたハンバーグに箸をブッ差し、赤いケチャップを並々かけるのだった。
「あ、それと、貢ぎ合いとも言ってた――」
「・・・STOP。あのバカ兄~!麗華、お兄ちゃんの言った事は忘れて!」
「え、なんで?」
「いい?それは違うからね?学生の恋愛はピュア!騙し合いっていうより、お兄ちゃんは恋の駆け引きと言いたかったのよ、たぶん・・・・!」
まだ幼い妹に、兄の馬鹿知恵を払拭すべく、涼は説得ポジションに回ることにした。
「五歳でそんな悟りを拓かないでいいのよ!アホな兄の人生訓ほど役に立たないから!」
「・・・え、じゃあ、アイドルの場合は、推しに貢ぐのも大切って。キャバ嬢はもっと酒と花にお金がかかって大変ってことも忘れたほうが良いの?」
(・・・・・手遅れ)
涼は十字架の箸が刺さった血塗られたハンバーグの上にタバスコも追加することを決めた。
涼はキッチンの後かたずけと、既に血祭と化したハンバーグを冷蔵庫に入れると、ベットに入って眠ることにした。
(朝、帰ってきてたら首根っこ捕まえて聞いてみよう。本当に、お兄ちゃん、余計な事しかしないんだから)
怒りながら考えていると、涼はあることに気づくのだった。
(お兄ちゃん、どんな恋愛してきたんだろう・・・)
聞きたいけど、聞けない。そもそも銀河の星の数ある一つの実兄の恋愛観、詳細を詳しく知ったら後戻りできなさそう。
そんな思いで夜は更けるのだった。
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