本格バトル⑤  歴史①


「皆さん、体育の授業で疲れたのはわかりますけど、しっかり集中してください」


渡辺先生に注意されて、俺を含めた特別学級の生徒たちは一応反応を示して、だらけた姿勢を僅かばかりに正した。

「先生と生徒が勝負することはまあ、問題ないでしょうけど、だからって次の授業にまで、だらけるのはダメですからね」

授業開始のチャイムが鳴ったあとには、全員生徒が着席し、渡辺先生が教室に来たのだが、教室に着くなり早速体育のことを話すあたり、既に体育であったことを知っているような話し方だ。

毅然と言うと、渡辺先生は俺の方を見て言った。

「伊集院先生は授業中倒れたとお聞きしましたけど、大丈夫ですか?」

「え、ああ、はい」

「お身体が辛くなったら、いつでも退席していいですからね」

どうやら俺の心配をしてくれているらしい。

顔面にボールが当たって倒れたことよりも、俺は生徒と、体育館で走り回ってたことの方が叱責されるかと思っていたが、その方向はないみたいだ。

(注意されなくて良かったけど、どうして、さっきまでの授業のことを知っているんだろうか?)

不思議に感じた疑問だった。

「さて、皆さん、今日は私達が『地球から月に移動した歴史』について学びますよ。最終章を開いてください」

渡辺先生の言葉どうり、生徒達はLOPSを起動させ、立体映像による教科書を開いていた。

「さて、今日は地球の歴史の最終章、地球からここ、私達が今住んでいる月の世界へと移住した経緯ですね」

渡辺先生が話すと、俺の後ろの席にいる藤原が「暗いから嫌なのよね、この時代」ボソッと呟いた。

近くの席に座っている俺でも聞き取れるかどうかの声だったから、教壇に立っている渡辺先生には届かなかっただろうが、それでも藤原の声は重く、沈んでいた。

後ろをチラッと見れば、藤原の表情は声どうりに沈んでいたのだが、授業はそれに反して渡辺先生の声と伴って明るく進んでいく。

「この時代は、地球の温暖化が急速に進み、それに伴って蚊や鳥などの生き物の生態系が狂い始め、巨大地震や感染症が爆発的に世界中に広まったことに起因としています」


歴史の授業は、他の授業と比べて生徒たちは一言も喋ることなく、静かに進んだ。


糸が切れ落ちたかのように、地球は超温暖化によって南極の氷が完全に溶け落ち、海洋のマラリア海峡では、検査値異常と捉えられる有害ガスが一気に噴出。それに呼応するかのように日本の火山だけでなく世界の火山が噴火を始め、巨大地震が頻出するのが増え始めた。

虫による感染症蔓延によって死者数が多く出ていた人類にとって、痛すぎる衝撃だった。そして、この地球の慟哭どうこくのような動きに、宇宙の銀河系を研究している科学者達に戦慄が走った。

以前から科学者達、特に宇宙研究者たちが恐れていた考えが、ついに動き出したかのように見えたからだった。

それは、地球終末論—―――。

その理論は、地球が他の惑星と同じように変貌し、再び生物が窮地に陥る可能性を論じたものだった。

太陽からちょうど良い位置、三番目の惑星の位置にあったとしても、地球という惑星が、いつ、どのように、他の惑星と同じように有毒ガスや巨大な嵐が吹きあられる荒ぶる惑星となるのか、科学者達でも長年議論とされてきた。

大昔の恐竜がいたころの様に、ある日、地球の自然の脅威によって地球の覇権を握っていた恐竜が完全に滅び、大型の植物や木々も地球の急激な変化によってなす術もなく息絶えたこの歴史は、地球という惑星に住む生き物にとって、たとえ人類でも例外はない。

地球の変動によって、地球に住む人類の人口は大幅に減少し、人々は水と食料を求め店に押し寄せ、口渇状態の中、生存に必要な物は全て異常なほどの値上がりをみせた。その中の苛立ちや求む声は鳴りやまず、暴動、殺戮さつりくが起こっている中でも、国を動かす有力者たちは『各国の混乱はじきに終息するだろう。経済はまだ安定の余地がある』

—――そう、主張するのだった。

そして、当時の科学者たちは一斉に警鐘を伝えるべく、各国政府と国連にこの一連の結論と救済案を考えだした報告書を提出するのだった。


その結論が書かれた文章はこう書かれていた。

―――既に荒ぶる惑星となりかけている地球で生活することは、死を待つものでしかなく、人類が生き永らえる為には早急に宇宙でも優れた能力が発揮できる人間、極少数の人類のみが地球から月基地に移住するしか方法はない。

そして、食物と水を求めた暴動は一層激しくなるものであり、残虐な事件、暴動は人類が生存できる環境のギリギリまで続く可能性が高いため、過酷過ぎる環境の地球で、長い期間苦しみながらの餓死や殺戮で滅亡するよりも、毒ガスなど大量安楽死が望ましい結果となった。


とても残酷な結論だった――――。





「この論文によって、私達人類の祖先は二つに分かれた道をたどりました」

渡辺先生の滑舌良い声は、俺の耳だけでなく頭の中にまで響いてる気がした。

「一つは我々の祖先でもある人類。この人類の中には当時優秀な頭脳をもった科学者、権力者等、あらゆる功績を残した人とその家族です。そして、もう一つ―――、地球で息絶えた人類です」

言葉の最後に、物音一つさえ立てるのも躊躇われた重苦しい沈黙が流れた。

「最初は躊躇していた各国政府でしたが、環境の変化に対応が難しい現実に、‘‘この結論に従うしかなかった‘‘と、言います。この頃には月にあった基地は最低限の生活が、一万人程度であれば居住できる場所として基盤が整っていた状態でした」

画面にある参考の写真を確認してくださいねと、言って、説明は続く。

「この計画は極秘で進められ、次々と世界各国でシャトルを使った移住が行われました。そして、残された人類、国民などは、ある場所に集められ、毒ガスによってお亡くなりなったり、大量生産された即死する薬物を接種することで亡くなりました。各国での残された人々への対応は様々ですが、ここはとても重要な場面ですので、よく覚えてて下さい。資料にある亡くなられた経緯、死者数、どの場所でかはテストでも必ず出るところですので、暗記するように」

渡辺先生が言ったと同時に、生徒達五人は画面に映し出されているグラフや写真、図表にチェックを入れていたが、俺にはこの資料、画面全てが自分に鮮明に映し出されているかのようだった。

鮮明過ぎて、自分の頭が、眼が回ったかのようにグラついて気分が悪かった。

けど、それよりも、一番は吐き出したい気分だったのだが、口から出たのは―――、



「ブラットエンド」、その言葉だった――。



急に声があがったことに皆驚いたのか、教室にいる生徒達、そして渡辺先生も俺を見ていた。

不本意ながら注目を浴びたが俺だったが、吐き出したことで何故か急にこみ上げる気分の悪さが一瞬にして消え去っており、俺は焦った。

「あ、すみません。えっと、確か大量に人類が亡くなった日々のことを、そう呼ぶんだと思い出したもんで」

俺は笑みを作りながら苦し紛れに弁解した。

「え、ええ。そうです。この地球で行われた大量の死のことを、我々祖先は地球最後の流血という意味合いを込めて‘‘ブラットエンド‘‘と呼びました」

渡辺先生は俺の言動に違和感を感じているといった表情だったが、授業を中断せずに、そのまま口頭の説明は続いた。専門のペンを取り、電子黒板に文字を書きながら。

「そして、二度とブラットエンドのような惨劇が起こらない為に、宇宙で移動できる分の人数しか人口増加は認められず、月、宇宙での生活は超少子化の現象を加速させることとなりました。そして、宇宙という生存のために優秀な子孫を残すための、名家と名家同士の結婚、—――恋愛の激化を及ぼしたのは言うまでもありませんし、月へと移住した人類は規律を作りながら、基地以外は何もない、砂と石のみだけの、外の荒野で新たな環境を作るべく生活を整えることに尽力しました」



渡辺先生が電子黒板に書き終えた文章には、こう書かれていた。





ブラットエンドによって作り出された概念

人間の知能、権力によって生存を分けたサバイバル。

環境に耐えうる身体を持って生存を許されたサバイバル。




             ♢


































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