本格バトル③
小塚と俺の二人が急いで体育館側に戻ったとき、体育館は熱気に包まれていた。
自分たちが選手としてコートに出てたのと同じくらい盛り上がっていたわけだが、そのコートの選手が俺の受け持ちの生徒達だったことを除いて・・・。
「だから、私がボールを拾うから涼は攻撃に専念してってば!」
門脇涼が叫ぶと、藤原麗奈も同じように叫び返えしていた。
「あんたが一番スポーツ得意でしょうが!私よりアンタが適任なの!」
それを遠くの場所で見ていた俺と小塚だったが、
「特別学級対、花鳥先生率いる教師対決みたいだな」
小塚が試合の出場メンバーを見て呟く。
特別学級の生徒達は最初着ていたチアガール姿ではなく、他の生徒同様に学校指定の体育服を着ていた。
「・・・もしかして、アレ・・・?大変なことになってるって内容は?」
救護室にまで知らせにきた女子生徒二人は、真剣な表情で「はい!」と頷いた。
「藤原麗奈先輩と門脇涼先輩は学年でも目立つ三年生なんですけど、誰がレシーブしてボールを返すかずっと揉めてて。もしかすると授業時間内に終わんないかも知れないんです」
言い終わるともう一人の生徒も、
「伊集院先生が倒れた後、特別学級の人たちが『花鳥先生、本気出し過ぎ!』って抗議したら、『なら、貴方達が私と勝負する?』って言って・・・」
「それで試合してるってことね・・・・」
なんとなく状況が把握できた俺は言葉を発した。
(ほんとに、なんで俺のことで熱くなるんだウチの生徒達は)
俺としては不思議でしょうがなかった。
「試合してるのはわかったけど、なんで周囲はこんなに盛り上がってるの?」
小塚も気になったのか、疑問をぶつけてきた。
「あ、それは、特別学級の人たちって、教科の成績もすごいんですけど、スポーツもできる人が多くて・・・特に、藤原先輩と門脇先輩が部活に所属してる人よりうまいから、負けたら運動部の助っ人に出るって勝負なんです」
状況が何となくわかった俺は、
「つまり、部に所属してる子にとっては試合の決着がつかないと困る、ってわけ??」
頷く女子生徒達に、俺と小塚が茫然と立っていると、コートの中の花鳥先生が
「こらこら、言い争いしない。伊集院先生の敵討ちで試合を提案したのはソッチなんだから。本気でかかってきなさいよ」
大人の余裕を感じさせる口調に、ようやく生徒たちは口論をやめるのだった。
周囲の観衆はというと、
「キャー先輩、がんばってー!!勝ったら花鳥先生の奢り、アイス―――!」
「花鳥先生――!!頑張れー!!負けちゃダメですよー!」
どこもかしこも女性の教育実習や、女子生徒が一つの試合に異常に応援合戦だった。ひょっとすると、最初の対抗戦よりも盛り上がっている。
内容が把握できない俺と小塚は、唯一この場の男でもあってアウェイ感が半端なかった。
「23-24!!」
審判役の生徒の声が響き、一層応援の声が両者一歩も譲らず大きくなる。
「伊集院先生のためにも、あと一点、何が何でも取るのよ!!」
気合を入れ直したのか藤原麗奈がチームの皆を鼓舞するように言う。
そんな緊張感が最高潮に達したときのレシーバーは、あの花鳥先生だった。
バシッと、勢いよくネットへとボールが飛ぶ姿は、部活でバレー経験者じゃないかと思わせるほど綺麗なレシーブだった。
それを上手に受け止め、ボールを宙に浮かせた特別学級のミーシャ。
(うまい!)
そのボールをトスして挙げるは葛原綾。
そして、トスのボールをレシーブするは、やはりこの人物だった。
門脇涼はボールめがけて細い足で助走を飛ばし、勢いよくレシーブを決めた。
体育館の窓から差し込む光のせいもあったかも知れない。
俺には門脇涼がレシーブを打つ瞬間、光る汗と共にとても輝いて見えたのだった。その宙を飛んだ姿は成熟途中の瑞々しい肌としなやかに動くスラリと細い手足もあるだろうが、男の俺でも純粋に、――綺麗だ、そう思える完璧なジャンプだった。門脇が自分自身の倍以上はあるほどのジャンプで、相手コートに打ち返したボールは、強烈だったが、相手側は女性であってもあくまで大人。門脇のレシーブをなんとか拾い、そのまた打ち返してきた。
特別学級の生徒達は、ボールを拾うことが出来ず、無情にもボールがコート内で跳ねた。
審判のホイッスルで試合終了の合図が響いた。
それと同時に、体育館で応援していた生徒や戦っていた教師陣から、体育館が揺れんばかりの大きな歓声が沸き上がった。
「あー、悔しいぃぃ!!あと少しだったのに!」
「花鳥先生強すぎぃ!先生に褒めてもらうために、勝ちたかったなぁ」
不満げに言葉を発しながら、コート内でしゃがみ込む特別学級の生徒達。
「大人だからこそ、真剣に相手したんじゃないの。それに、君たちが伊集院先生の敵討ちで頑張ったことは、本人に伝わってると思うよ?」
「え?」
どうゆうことかわからない生徒達に、花鳥先生は急に俺達がいる場所へと指さした。有名人なのか、花鳥先生の指さしに、体育館中の女子の視線が俺たちを貫いた。
「あ――――、伊集院先生、元気になったの!?」
「先生――!!」
特別学級の生徒達は俺を見つけるやいなや、駆け出して俺の周りを取り囲んだ。
小塚の受け持ちの生徒たちも、小塚が体育館に戻ったことが嬉しいのか「小塚先生ー」と、大勢が駆け寄ってきた。
「先生、顔大丈夫?もう平気?」俺の顔を見つめながら話す木暮美咲。
「意識が戻って本当に良かったですわ」と、ミーシャ・セリーヌ。
「あのね、先生が倒れてから、私達先生の仇討のために花鳥先生と試合してたんだよ!勝ったら褒めてもらえるように・・・」
小さい背でぴょんぴょん跳ねる葛原綾。
「綾、喋り過ぎよ!」
藤原麗奈が試合で火照った顔を更に朱く染めながら、焦ったように言う。
「みんな頑張ったんだけどね~、ギリギリで負けちゃった」
スポーツが得意な門脇のほうが一番悔しいだろうに、笑顔で話していた。
生徒五人が俺の心配してくれる・・・・。
それだけで十分だった。
(いい
俺が胸熱に感動してると、
「ところで、伊集院先生?」美咲が首を斜めにかしげながら下から目線で聞いてきた。
「ん?」
「先生はどこから私達の試合を見てくれたんですか?私が相手のボールをブロックしたところからですか?」
「あ・・・・」
「もっと前じゃない?身体弱いのに、美咲が四回連続サーブを成功させた時とか!」葛原綾が嬉々として話す。
(木暮・・・・、四回もサーブ成功したのか・・・すごいなぁ)
「その後の麗奈、負けず嫌いだからガンガン相手のコートにレシーブ打つんだもんね、どんだけ先生に褒めてもらいたかったんだか」
「涼、言わないでよ!」
「・・・・・・・(汗ダラダラ)」
「先生の顔にボールが当たって伸びてるから、代わりに私達がそれぞれ頑張ったんですけど、誰が一番良かったですか?」
「・・・・・・・・・(汗ダラダラ)」
俺が何も言えずに、どう言おうと考えてると、小塚が
「多分決められないと思うよ」と、言いやがった。
俺から小塚へと一斉に《いっせい》視線が移った生徒達。
「ちょ、ちょっと待て、小塚!」俺が制する言葉も間に合わず、
「試合終了の少し前にきたばっかだから、全然試合見てないんだよ。伊集院先生、さっきまで体育館の救護室でグースか寝てたし」
と、小塚は人の善さそうな顔で言うのだった。
(・・・・・・終わった)
俺には悪魔が隣にいる・・・。そう思えた瞬間だった。
「先生・・・?本当?全っっ然見てなかったの?」
「私達、先生がすぐ起きてくるだろうからって、いいとこ見せようと頑張ったんだけど・・・・」
生徒達はさっきとは打って変わって、獲物を仕留めるかのような目線でこっちを向いてきた。
実はと言うと、俺は嘘が苦手だ。
「そ、そんなことないぞ、涼がレシーブしたところはちゃんと見たぞ!アレは惜しかったな!」
はははっ、と苦し紛れの笑いを飛ばしてどうにか誤魔化そうとしたが、ダメだった。
「皆頑張ってくれて、先生は嬉し・・い・・」
俺の言葉は最後まで続かなかった。
教え子である、生徒達の形相が険しかったせいもある。だが、それ以上に、生徒達が審判員の横に置いていたカゴの中から球技の道具を取って俺めがけて投げてきたことだ。
「先生、どこほっつき歩いてたんですか――!!私達一生懸命頑張ってたのに、来るの遅すぎ―――!!」
「先生の雪辱晴らそうと頑張ったのにー!」
「先生、逃げないで!」
「逃げないと、お前たちボールを当てるだろうが!」
俺は必死に体育館中を逃げながら答えたが、返ってきた返事はこうだった。
「「「「当然です!!!!!」」」」」」」
結局、俺は授業終了のチャイムが鳴る五分間、大勢の生徒や他の実習生がいる体育館内を生徒達にボールで追いかけられる羽目になった。
その間、悪の元凶である小塚は受け持ち生徒に囲まれながら「ドッチボール頑張れよー」と笑っていた。
憎たらしい同期といい、異常にアピ―ルしてくる受け持ち生徒といい、ほんと何なんだろうな、この実習!
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