第5話男性実習生

ローズ女学院にきた教育実習生は昼休みや個人の荷物置きのために、実習生用の休憩室を校舎内に一つの教室が与えられていた。

が、そこは女性専用部屋だった。

なにぶん、ローズ女学院という女子高のため、実習生も女性が多く、自然と女性のためにまるまる教室を配分しているのだ。

その代わり男性実習生は人数が少ないので、自然とロッカールームのような場所になるのだが、それでも、プライバシーが守られ、気ままに過ごせるので男性実習生からのクレームらしきものはなかった。至る所に女生徒、女教師。女性特有の優しい気配りはあるものの、やはり、異性の違いからか、男性の実習中は肩身の狭いものだ。そんな中で、この狭く女性の眼がないこの場所は気が張っている男性実習生にとって、密かにオアシスと言われていた。

歴代の男性実習生達は、このロッカールームで羽を伸ばすことが常だった。

そんな実習生のオアシスともいうべきロッカールームを目指して廊下を渡り歩く一人の枯れ果てた男がいた。

(ここの角を曲がれば、荷物が置いてるロッカールームだ・・。あと少し・・!!)

今日からこの学校にやってきた男性実習生の伊集院薫だった。

彼の姿は、息荒く、「ハア、ハア、」と呼吸しながら一歩一歩か細く歩いており、後ろから見てもどこぞの老人かと思えた。そして、シワシワの顔貌に、眼は生気が感じられず、遠くからでも今まで砂漠を漂流してきたのかという空気が伝わってくる。

そして、身体に残された僅かばかりの力で、伊集院はロッカールームの扉を開けるのだった。

室内には、小塚が背を向けて椅子に座りながら何かを書いている後ろ姿だった。

扉の開く音に気付いたのか、小塚が後ろを振り返って、扉の柱に身を傾けてよろめいている自分と眼があった。

「伊集院!?どうしたんだよ。そんなにゲッソリやつれて!学校案内から別れて3時限しか経っていないだろう!」

「ああ。やっとオアシスに帰れた」

シワシワとミイラ様になりながらも、伊集院はやっとのことでシワシワの唇から枯れた声を出す。

「なんだよ、なにがあったんだよ。おまえ、スーツ皺くちゃだぞ。ヘビー級の女子にでも襲撃されたか?」

「ちがう・・・。もっと、厄介なの・・・」

言葉の意味が分からないのか、「はあ?」と言ったまま小塚は伊集院を担いだ。

「とにかく、中へ入れ」

そして、小塚は伊集院を部屋のテーブルの椅子へと腰かけさせたのだった。

「なあ、おまえどうしたんだ?お前が来るまで昼食置いて待ってたっていうのに」

「すまん・・・さっさと食べて休まなきゃな」

休憩時間は食事時間も含めて1時間しかない。

「大丈夫だけどさ。ちょっと待ってろ、お前のローカーこれだろ?弁当持ってきてやるよ、そこまで」

そう言って小塚は自分の弁当と一緒に伊集院の弁当も持って、テーブルの椅子に座る伊集院に弁当を渡すと、自分の弁当もテーブルに置いて椅子に座った。。

「なあ、小塚・・。真剣な話聞いてくれるか?」

「ん?ああ。同じ実習生だし聞くけど?」

二人して弁当を食べながら話し出す。昼休憩は教師も同じ時間しか与えられないから大忙しだ。

「・・・・、特別学級の生徒たちが、授業終わりの休憩時間のたびに質問攻めに来るんだ」

「なんだよ。そんなの、当たり前じゃないか。俺も、違うクラスで質問されまくりだよ。実習生だからなんだろうけど、普通メンの俺らでも若い女性に興味もたれるのはさ、いいもんじゃないか」

小塚は笑顔に努めて言う。

「ち、違うんだ、小塚。終了時の号令と共に、俺めがけて走って、抱きついてくんだよぉぉぉぉ!!!」

小塚は、口を大きく開け、かぶりつこうと箸で持っていたエビフライをポトッと、弁当の中へと再び落としてしまった。

「え?抱きつく??」

コクコク頷く伊集院。

「生徒が?お前に??」

眼を大きく見開き、必死に肯定するため首を激しくコクコクと頷く伊集院。

小さい居室で、言葉が発せられなくなると、そこに流れるは一瞬の沈黙の間。

「ま、まじで――――!!超—―役得じゃねぇか――――!!!俺のクラスなんか、抱きつかれまではなかったぞ!!」

小塚は大声で大きく椅子を後ろへと後ずさりながら驚く。

「ほんとソレなんだけど、俺の今の立場上、ヤバいんだよ!!!マジで困ってんだよ!!!」

伊集院は真剣に目の前にいる、今日が初対面の同じ実習生に涙ながらに訴える。

伊集院の話は続いた。

「最初は俺も、2限、3限目の休憩後と俺のシャツを引っ張ってく通せんぼしてくる生徒たちの質問を、一生懸命答えてたんだよ。だけど、4限目のさっき、生徒たちが逃げる俺を、後ろにいた生徒は教室の椅子、机をなぎ倒しながら来るんだ。そして俺のスーツを掴んで離さない様に身体を密着させるもんだから・・・・・・」

「・・・・・え?なに??理性が抑えられないってか??」

「ちがう!けど、このままだと俺の理性がヤバイーーーー!崩壊しそうなんだよ!反応しちゃうんだよ!」

伊集院が頭を両手で押さえウガ―――と椅子の後ろへとのけぞる。

「なあ、どうしたらいいんだ?まさか受け持ちの生徒に抱きつかれるなんて、夢にも思わなかったから、気持ちの整理がわかんねええんだよ!!けど、俺の理性は崩壊寸前で、いつ、密着してる生徒に気づかれるかとヒヤヒヤなんだよ!!」

伊集院の眼は最大限に見開き、手で掻きむしりながら一気に言い放つ。もう目からは充血、溢れんばかりの涙の滝が起こりそうな勢いだ。

「あー、お前の気持ちがわからんまでもないんだが、俺もそんな経験したことないからなー」

例えイケメンでも、教え子となる生徒(美少女)から抱きつかれるなんてことはそう滅多にないだろうが。

小塚もどうすればいいのか途方に暮れているようだった。

「おまえ、何かその、生徒に何かしたわけじゃねーよな?」

「ちがう!神に誓って、断じてない!!」

「いや、神に誓わんでもいいんだが。とりあえず、抱きつきながらどんな質問されるんだよ?」

「最初は出身校とか、どんなスポーツが好きとか、食べ物とか聞いてきたんだけど、だんだんエスカレートしてきたんだ」

「そこらへんは普通だな。初対面ならみんな、そんな感じだ」

「いや、それなんだけどな、途中からなんというか、鬼気せまるものがあるんだよ。おまえ、生徒から、女性の好きな下着の色は何色ですかとか、聞かれたことあるか?」

「・・・・・・・・ないな。え?冗談じゃなくマジもん?」

「狩人のような眼で聞いてきたからあっちは真剣だったと思う・・・・。俺の好みや、初デート、初キスはいつか、なんて聞いたりしたとき、みんな顔は可愛いんのに眼が笑ってないんだよ・・・・」

「え、まじ?それと、好み・・、って、あれか、好きな女性のタイプ・・・?」

「うん。生徒たちもあの外見だから別に渋谷とか街を歩けばナンパされるだろうし、特に男に困ってるようには見えないんだけど・・、マジ、JK怖いよ、最近のJKって、あんな椅子なぎ倒してまで男を掴みに来るほどの感じだったけか?テレビだとさ、もっと、こう、マシュマロみたいに可愛いくてさ、清楚で、はにかみ屋さんが多いイメージだったんだが・・・・!」

「俺は特別学級の生徒の行動にも驚いてるが、伊集院が童貞一直線な女のイメージを持っていることだけはよくわかったよ」

「俺はお前の言う言葉がよくわからんが、それより小塚、見てくれよネクタイ。朝は皺ひとつ無かったのに、もうヨレヨレなんだ」

伊集院はさっきまで掴まれていたヨレヨレのスーツ、ネクタイを小塚に見せながら言う。

「ん?あれ、伊集院、お前のスーツ、キスマークなんかついてるぞ」

小塚が箸で指し示す場所を見てみると、伊集院の袖の裏に、たしかに唇を押し当てたようなピンク色の紅がついていた。

「え、ええ!!??ついてるか!?」

伊集院は言われた箇所を確認しながら言う。

「やばいな、実習できたのに。ほんと、これじゃあ在住の教諭に、目をつけられるよ」

「そこまでお前、生徒に気に入られてるんだなぁ。良かったことなんだろうけど、大変そうだな」

小塚は、さっきから思いもよらなかったトラブルを黙って聞いてくれるので、伊集院の心は段々と落ち着きさを取り戻してきた。

「ああ。さっきも、授業が終わると同時に教室を出ようとしたんだが、そのたんびに運動神経良さそうな門脇涼と、藤原につかまって、質問攻めにあって全然休憩取れなかった」

「え、お前、休憩取れてないのか?」

「ここに来れたのも、トイレ行くっと、言ってここにたどり着いたんだ」

伊集院はそう言うと、白ご飯を口の中へ箸で駆け込みながら話す。

「ふーん、大変だなあ」

「なんで教育実習よりも生徒たちからの質問攻めで頭抱えなきゃいけんのかな」

「ハハハハ、それは、だれもが通る道だよ」

「・・・・おまえは生徒からキスマークされたことあるのか?」

伊集院がジロッと睨みながら小塚に言う。

「すまん!ないな!」

明るく言い返す小塚だった。

「とりあえず、お前が生徒から嫌われてないよりはマシだと思うんだけどさ、休憩時間も取れないのはちと、厄介だな」

「それな、ホント、それな!!」

「そのぶんじゃ、お前実習記録書けてないよな・・?」

「ああ、一行も書けてない」

「あちゃー。お前、実習日誌、家で書くしかないな、宿題決定!」

「止めてくれ、小塚!それだけは阻止したいんだからな・・・・!」

実習記録とは、教育実習生がその日一日学校であった出来事を時系列で始業開始から終業時間まで書く、先生版の日誌の様なものだった。

実習期間中、きちんと学んでいるのか大学側が確認したり実習先の担任の先生が実習生の日々を確認するため、学生の日誌のときのように適当に書けない物だった。他にも実習生には書くべき提出物があったが、実習生がまず着手するのはこの実習記録だった。

「あーどうやって書こう。実習記録。生徒に抱きつかれたり、セクハラめいた言葉をかけられましたって書いたら即会議室行きだしなー」

「そこで、公開処刑、地獄の始まりだな。当たり障りないことを頑張って書けよ伊集院」

「わかってるよ。ただでさえ、最近のニュースとかで男教員は教育現場で生きにくいからな・・・・・」

「それ、どうゆうことだ?」

弁当のご飯を口に運ぶのを止めて、小塚が聞いてきた。

「小塚、今朝のニュース見てないの?ちょっと待ってろよ、動画が出てると思うから」

そう言いながら俺は食べてる箸の動きを止め、ポケットに入れてたLPOSで動画検索を行い、今朝のニュースを小塚に見せた。

『—―容疑者が勤めていた高校では、女子トイレに隠しカメラが仕掛けられていたとして、県警は他にも余罪がないか調べるようです』

男性リポーターがマイクを持ったまま話す動画は、男性教師が女子高生に隠しカメラを持ち込んだというニュースだった。

それを見た小塚は眼を点にしながら黙ってみていた。

(まあ、ショックだよなあ。俺らの先輩(?)ともいえる教師が、事件をおこしてちゃな・・・)

だが、これで俺達男性実習生がこの女学園で実習していく肩身の狭さがいかに厳しいか、わかっただろう。伊集院は、小塚と互いに励まし合って実習を乗り越えたかった。

「や、ヤバイじゃん、これ」

「そうだよな、ほんと、俺達実習生も同じ人種として見られちゃ困るっていうか、」

「お前の行く末を予言してるようなもんじゃねーか!」

「って、なんでそこなんだよ!俺はそんなことしないし、俺はお前と頑張って実習を乗り切るために結束を強めるために、動画を見せただけだぞ!」

「え、俺も仲間なの!?俺、教え子に発狂しないからな!あ、けど、お前が捕まった際には、テレビに『そんなことをする先生には見えませんでした』とか、よくある同僚のコメント出演はしない様にするからな!」

「・・・・・・・お前が俺をどう見てるか、よくわかったわ」

俺を変態で捕まる同業者として見ているという事が。

「いいか、俺はこの実習期間中は絶対に年下の自分の教え子に手を出さないからな!」

「おお、男としてよく言ったな!けど、お前、本当に耐えられるわけ?女子大生よりもピチピチの、一番花の盛りの女子に言い寄られて正気の男は脱落しそうだがな。—―なんなら、賭けてみないか?」

「あ?賭け?」

「俺はお前が理性が崩壊するか、教え子と恋に落ちることに賭ける。お前は、言い寄られても、鉄の理性を持った男として三週間の実習を乗り切る」

「勝ったら褒美は?」

「教師は博打とか禁止だからな。実習期間が終わった後の俺たちの飲み会で、どっちが奢るのは?そんぐらいなら、別に注意されんだろう」

居酒屋で男二人で飲み食いとなれば大幅にみても一人四千円くらいはかかるはずだ。それの二倍。

(教師として社会的に抹殺されないためにも、禁欲を高めるためにも参加しておくにはいいかもな・・・)

すぐに採算が合うかそんなことを考えていた。

「いいだろう。乗った!!」

「よし、じゃあ、賭け成立だな!三週間後、おごりのとき逃げるなよ!」

そんなこんなで、俺たちは熱い約束を交わしていた。その一方である陰謀が渦増してるとも知らずに。






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