第2話 黒い影
特別学級を出た俺が職員室へと向かう途中、廊下を歩いていると他の教室の様子が見えていた。
他の教育実習生が教壇に立ち、生徒は椅子から立ち上がり、自己紹介でもしている様子が見える。
笑顔を造りながら、緊張したような面持ちで生徒の前で何かを話している教育実習生を見ると、つい心の中で応援の声援を送りなくなってしまう。
(俺もあんな感じだったのかな?あんなドッキリがあったけど、やっぱり挨拶のとき緊張したもんな)
俺は平静を装いつつ、頭の中ではいろいろなことを考えながら歩いていた。
・・・歩いていたのだが、何だろうか?
他のクラスの生徒の視線が多い。
というよりも、注目されてる気がするのだ。
クラスを通り過ぎるたびに廊下側の生徒が実習生の俺に気がつくと、物凄く視線を向けてくる。友人だろうか、近くにいる生徒と俺を見ながら話をする生徒達もいて、とても歩きづらかった。
他の教育実習生も生徒たちが別の方へと視線が集まってるのに気がついて他の実習生と眼が合ってしまった。
(—―はやくここから出よう)
そう思った俺は早足を加速させ、他のクラスの廊下を出たのだが、普通のクラスには自分がさっき見た限り、生徒の人数は三十人ぐらいはいた。
自分が受け持った特別学級の五人とは生徒の数が明らかに少ない。
(そう言えば、なんで特別学級は五人なんだろうか?)
俺は自己紹介を終えて、職員室を目指しながら頭を占めるのはその疑問だった。
最初に配属するクラスを言い渡されたときにも聞いたのだが、「金持ちが集まってるクラスだから」と、学年主任の男性教諭に言われた。
だが、そもそもローズ女学院は金持ちの才女たちが通う学園であるはずだし、かといって、周囲の環境に馴染めないお嬢様なのかと思えば、自己紹介で見る限りだと、顔面偏差値高い可愛い子ばっかだし、社交的な子たちな印象を受けていた。
どう考えても、木暮美咲っていう読書が好きで引っ込み思案そうな子以外は、普通のクラスでも社交性から、やっていけそうな子達ばかりだった。
そう考えながら俺が歩いていると、あっという間に職員室へとたどり着いていた。そして、職員室では俺の他に教育実習生はいなかった。
(俺が一番のりかあ。まあ、五人しかいないし早く自己紹介終わったしなあ)
俺が職員室に入ってきたときにいた職員は、パソコンを睨みながらカタカタとキーボードを打っている女性。事務員みたいな黒の腕まくりをした、黒縁眼鏡の女性二人だけだった。あと、それに加えて頭に白い頭巾を括り付けて、作業着のような服装で掃除をしているおばちゃんだけ。
どうやら、始業式直後で、教師みんなは各自教室に出払っているらしかった。
(さて、みんなが来るまでどうするかなあ)
俺が暇を持て余していると、不意に後ろから自分の名前を呼ぶ声がした。
「君、伊集院くんだよね?」
俺はすぐに後ろを振り返ると、そこには背の高い、口元に白いひげを生やした老紳士が立っていた。
「はじめまして。わたし、ここの教頭をしております」
差し出された手に、俺はびっくりしながらも
「あ、伊集院薫です。どうぞよろしくお願いします」と、すぐに笑顔を造りながら挨拶をした。
「伊集院君は、確か特別学級に配属になったんだよね?」
「あ、はい」
「特別学級に配属された先生は、毎年一番に職員室に来るからすぐにわかったよ」
「あー、そうなんですね!」
俺はにこやかに教頭と喋るが、内心は、そうだろうなあと
「ところで、特別学級の件なんだけど、毎回教育実習生に聞かれるから先におしえてあげるね」
教頭の話はつづいた。
「特別学級になったからと言って、他の普通学級と同じように実習は評価するから安心してね」
「あ、そうなんすね」
(やっぱ、そこ重要だよな。5人なんて、少ないから評価さげられたのかと思ったよ)
俺の心はヒヤヒヤだった。
なにせ、この世には自分の意志に関係なくバイトの配属先を割り振られ、その配属先の人数が少な過ぎるのに仕事が遅いと店の店長に叱られ、試用期間を延長させられるブラックバイトもあるのだ。
社会の荒波にのまれ、俺は理不尽なことも既に体験済み。
「そうそう。あとね、あのクラスは、多額の寄付金を出してくれた親を持つ子だったり、政界に顔がきく親の子たちが集められたクラスだから」
教頭はにこやかに話を続ける。
(ああ、どうりで。美少女ばっかだもんな)
「わかりました。大事な生徒さん達と一生懸命接したいと思います」
「そう。だから、実習中は何か問題事が起こらぬようにね。くれぐれも、よろしく頼むよ。」
そう言って、ニッコリ笑顔の教頭は、ぐいぃぃと俺に顔を近づけて、声をすごめて言った。
「は、はいぃ」
(顔、息が近いぃぃぃぃ!!!)
初老の男性と顔が近いというのは、なかなか身の危険を感じる瞬間だった。
教頭の顔は俺に触れるか触れないかの距離だったが、俺の返事を聞くとスッと離れて言った。
「それじゃあ、よろしくね」
「はい・・」
(やっと顔離れてくれた・・・)
ゼーハーと、荒ぶる呼吸をする俺に対して教頭は尚も振り返って言ってきた。
「あ、それと注意してほしいことが・・・、っと、どうやらみんな終わったらしいな」
教頭は俺の後ろからくるザワザワとした物音、足音に気づき、俺の後ろを見ながら言った。
「それじゃあ、伊集院君。また今度話をしましょう」
そう言って、教頭は職員室から出て行ってしまった。
(いったい、なんだったんだ?)
正直、少しでも粗相をすれば評価に響く偉い幹部職の人とは俺は喋りたくないのだが、教頭の続きが聞けるならいいかな・・と、どうしても教頭の最後の言いかけた言葉が気になっていた。
♢
職員室に集まった教育実習生達の1時限目の実習時間は、ローズ女学院の学校案内から始まった。
「ここは当高の生徒が使用する部室が並んでいる建物であり、実習生の皆さんも教員になられた際の参考として、いつでも見学自由です」
事務の女性職員の説明を聞きながら、俺達実習生は後ろからゾロゾロと付いていく。
大勢の実習生が女性のため、男が2人しかいない小塚という実習生と俺は、自然と連れなって学院内を歩いていた。
理科室、音楽室、美術室、そして運動場と、ただ広い校内を歩いた。
当然、実習生が受け持った教室も通る訳だが、実習生が担当するクラスを通れば、
「あ、○○先生だー!バイバイーイ!」
「あ、せんせーい!」
「なにしてるの?お散歩ー?」
授業中の生徒たちが、授業から視線を外して、実習生の先生を見つけては授業そっちのけで手を振ったりと一気に教室の場が明るくなっていた。
そして、授業をしている担任の先生に「こらー、今は授業中!」と叱れているのはお約束。
そして、今回の教育実習が俺と、小塚という男の、二人しかいない男二人組がクラスの廊下を通るたびに、女子生徒から注目を浴びるのだった。
「なあ、俺達やっぱ注目されてるよな・・・・?」
俺は隣を歩く、小塚という実習生に言った
「ああ・・・。女子高で、二人しか男の実習生がいないんじゃ、そりゃ注目の的だろうけど、さすがにちょっと恥ずかしいな」
小塚も同意見の様だ。
そして最後の教室案内は、自分が受け持つ特別学級へと通りがかった。
「あ、伊集院先生よ!せんせーい!こっちみてー!」
「せんせーい!早く教室戻って来てね!」
中には俺に手を振る生徒もいた。
俺は表情がだらしなく崩れない様に意識しながら、爽やか好青年のマスクを被り、
(あー、やっぱうちの生徒が一番可愛いな)
速くも親バカならぬ生徒バカを発揮していた。
他のクラスの生徒もかわい子ちゃんばかりだけど、やっぱり俺のクラスが一番可愛い。超かわい子ちゃん揃いだと思う。そう思って鼻の下を伸ばしていると、小塚に急にトンと小突かれた。
(ん?どうしたんだ。俺はせっかく、いい気分に浸っていたんだが)
「伊集院先生って、特別学級だったよな?なんで、あんな顔面偏差値高いの?」
(ヤレヤレ、どうやら、俺の生徒の可愛さにやられてしまったらしい)
見てすぐ生徒の可愛さがわかるなんて、君、やるなぁと内心は感心しながらも、「いやあ、君んとこのクラスも可愛いって」と、すかさず社交辞令を言った。
それに気を良くしたのか、小塚は、「あ、うん。確かに、俺に対してめちゃ歓迎してくれて可愛い・・うん」
「うん。まあ、結局は配属されたクラスの生徒が一番だよな。ははははは」
「ははははは。そうだな!!」
俺たちは、今回の教育実習生の女性が大半の中で、男2人しかいないというのもあってか、すぐさま気を許して仲良く喋っていた。
「けど、気をつけたほうがいいぞ。あのクラスは、何か大事なことをしてる。って、噂があるって」
「え、それ、どこで聞いたわけ?」
「うーん、詳しくはみんな知らないみたいだけど、特別学級は何か、別の使命があるとか、そういう噂を聞くんだよな」
「使命・・・・?」
俺は、歩いていた足を止めて聞き返していた。
「使命って、どうゆうこと?詳しく教えて欲しいんだけど」
「え、わ、わかんねえよ。ほら、うしろ、つかえてるぞ」
後ろを振り向くと、どうやら通りづらく申し訳なさそうに、こっちを見ている俺たちと同じ教育実習生の女性陣たちがいた。
俺が立ち止まってる間に、後ろの女性実習生たちが通れずにいたのだ。
「え、あ、すみません」
にこやかに俺たちの前を通り、ゾロゾロと歩く女性実習生たち。
すると、後ろにいた女性が俺たちに声をかけてきた。
「あ、特別学級に配属された、伊集院薫先生って、どちらかな?」
背の高い、スラリとした女性だった。
外見からサバサバした性格に見えて、声からも妖艶さがあり、男の俺としてもカッコいいと思える人だった。
「あ、俺ですけど・・?えっと、すみません、ここの教師の方ですか?」
何となくだが、この女性は堂々としてて、俺の眼には同じ実習生には見えなかった。オーラってやつかな?
「わたし、ここの女学院で教師をしている、花鳥
「あ、そうなんですね」
「はい。いえ、実は、私も、伊集院先生と一緒で、教育実習生として特別学級を受け持ったことがあるんです」
「え、そうなんですか!」
これには初耳だ。
卒業生が教育実習生として母校に来ても、教鞭をとるのは大半が実習先とは別の学校だ。
「はい。だから、今年は男性が受け持つと聞いてて。廊下歩いてたら、目の前に実習生が歩いてるもんだから、思わず、声かけちゃったんです」
「あ、そうだったんですね」
「三週間、大変だと思いますが、頑張ってくださいね。何かお悩みなら、同じ特別学級を受け持った者として相談にものりますんで」
「え、ああ。ありがとうございます!」
俺は嬉しくて自然と言葉が出た。
「それじゃ、授業の準備があるので、失礼します」
「はい、どうもありがとうございます」
笑顔で、颯爽と廊下の角を曲がっていく花鳥先生に俺たち実習生は頭を下げて別れた。
「綺麗な先生だったな・・」
「ああ、って、やばい、もうみんなあっちまで行ってる!」
「あ、マジか!早足で行くぞ」
俺たちは既に遠くまで歩いてる実習生の列へと急いだ。
廊下で走りは禁止の規則だったので、早足でようやく追いついたときには、最後の学校案内となる、校長室の前へとたどり着いていた。
「それでは、みなさん。広いので、実習生は2列に並んで校長先生に一斉にご挨拶して、そのあと、職員室へと再び待っていてください」
そう言うと、事務員の女性はくると扉の方を向いて、ドアをコンコンと叩いた。
「どうぞ」
中から女性の声が響いてきた。このローズ女学院という女子校らしく、校長先生は外国の女性だった。教頭は男だったけど。
「教育実習生たちを連れてきました。失礼します」
そう言って、事務員の後にゾロゾロと並んだ俺たちは
「「「3週間、よろしくお願いします」」」」
「はい、よろしくお願いします。大変でしょうけど、三週間、頑張ってくださいね」
そんな穏やかな挨拶を交わした後は、またゾロゾロと教育実習生達は校長室から出ようとしている。
そして俺達二人は最後に校長室を出る順番となっていた。レディーファーストとというか、たまたま扉から遠かった俺たちは、女性実習生が出た最後にたまたまなっていたのだ。
「伊集院薫君は、どちらだったかしら?」
ふいに校長先生が尋ねてきた。
「あ、私です」
俺は手をあげて言った。
「そう。生徒の人数は少ないから、驚いたでしょう?」
「あ、はい。けど、楽しそうなクラスだったんで、良かったと思ってます」
「それはよかったわ。ところであなた、趣味は旅行とかだったり、する?」
「いえ、違いますけど・・」
「そうなの、残念だわ。旅行はいいわよ、教師になるなら、特にね。パスポート持つことを、お勧めするわ」
外国人らしく、碧い眼に鋭い光が宿った、そんな気がした。校長先生から緊迫した空気が伝わってくる。
「わ、わかりました」
校長先生の迫力に押されて、とりあえず頷く俺。教師にパスポートがいるなんて、初めて聞くことだったが、とりあえず相手はこの学園の最高幹部だ。頷いてやり過ごすのがここは懸命だと悟ったのだ。
「じゃ、実習、がんばってね」
「はい、失礼します」
俺と小塚は校長先生に挨拶を終え、校長室を出た。
「・・・・おい、教師になるのに、パスポートなんているもんなのか?初耳だぞ」
小塚が聞いてきた。
「俺だって初耳だよ」
「・・・やっぱり、なんかあんのかな・・特別学級・・・2人も声かけてきたな」
「ああ。ん、いや、3人だな。前に、教頭にも聞かれてたわ」
教室を出てからは教頭、花鳥先生、そしてさっきの校長。三人も声をかけられていたことに気づく俺だった。
「あ、そうなの?」
俺たちは校長室を出た後、再び職員室に戻るため歩きながら話していた。
「そういえば、学校に寄付したりの金持ちや政界に関係ある子を集めてるって、そういえば、教頭言ってたわ」
「なんだ、そうだったんだ。俺、てっきり、学習能力が高い学級か、低い学級なのかと思ってたわ」
「そうだな。俺も実はそう思ってたよ。けど、小塚が使命とか、言うから驚かすからなー」
「ハハ、悪い。どうせ、嫉妬かなんかの学園七不思議にでもある話ってとこだな」
「ああ。そうだな。」
俺たちは、たわいない話をしながら職員室で再び戻った。
おれは、この時、まだ自分がどういった状況に置かれているのか知らなかった。
黒い影による動き、そしてこれから起こる、三週間という実習に・・・・・。
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