第1話自己紹介

崇高な学び舎として知られる女子学院の教室前に倒れている俺と、五人並んだ女子生徒たちの間に舞い散るのは色紙だろうか。この時の俺は何が起きたのか把握できていなかった。だから、倒れこけた俺を心配したんだろう、渡辺先生が「伊集院先生、だいじょうぶですか?」と、声をかけてくれたが、俺俺の目の前に並ぶ若いJK・・・生徒達にしか眼に映っていなかった。

(え?何コレ?デカい音がして、目の前にいるのは生徒達?え?え?)

大人としても表情には出さないが、頭ん中はテンパっていた。

(『特別学級へようこそ』とか言われた気がするが・・、それよりも、この空中煌めく薔薇はなんだ?サプライズ・・・・というやつ?)

クラッカーの音で花であることしか識別できなかったが、俺に降り注いだのは色とりどりの薔薇だった。赤色、黄色、ピンクと多種だ。

「大成功!いらっしゃーい伊集院先生!」

「先生ごめんね?ちょっと驚かせすぎちゃったかな?」

「私達の歓迎の仕方なの」

俺に、中央に立っていたJKが、俺に手を差し伸べてきた。

「伊集院先生、立てる?」

俺は茫然としながらもそのJKの手を掴みながら、呟いていた。

「どうして、俺の名前・・・・」

そう言ったとき、JKの白い腕が途中からスポンと抜けてしまった。

「え、う、うわぁ!」

相手の腕が抜けたと思い、立ち上がった尻は再び床に大きな音を立てていた。

それを見た生徒たちは眼に涙を溜めながら大声で笑っている。

腕が取れたと思ったら、よく見れば白い義手が床に落ちていた。手を差し伸べたJKは、制服の袖の奥から本物の手をひょこり出して両腕で既に笑っている。

(なんだこれ、これが実習生に対しての歓迎の仕方なのか!?)

そうだとしたら、非常に手荒い歓迎だ。俺は出来ることならもう帰りたくなっていた。自分のアホな顔を可愛いJKに笑われた俺は、地面があったらスコップで穴を掘り、隠れたかった。

「こら、皆さん、驚かせすぎですよ。すみません、伊集院先生。特別学級では先生を最初に如何に驚かすかが伝統みたいになってまして・・・。大丈夫ですか?」

二度も驚かされた俺は、この頃にはようやく頭も正常に働き出していた。

(伝統・・・・。廃れたほうがいい伝統だな。なんなら俺が教師に駆け寄って廃止案を出すぞコレ)

「・・大丈夫です。腰が痛いぐらいです」渡辺先生の声かけにも男としてプライドを保とうとするが、小さく返事するのがやっとだ。

俺の先ほどトイレでの気張りは見事に砕け散り、男として情けなく物家ものけのカラの状態だった。

本来の計画ならば、自己紹介で年上の男のカッコよさを演じ、最初から教育実習のいい波に乗る俺の壮大な計画は、遥か彼方の星となって消えさった。

(グッバイ☆俺の華麗なる教育実習)

そう思っているうちに、生徒達は教室入り口でまだイタズラ成功の喜びに満ちており、なかなか教室にある席に戻ろうとしなかった。

「はい、皆は席について下さい。今日から担当して下さる先生をご紹介しますよ」

渡辺先生がそう言ってやっと、生徒の五人は教室にある机に座った。

見事に自分の情けない醜態を晒してしまったと感じた俺だが、そこは大人の世界。社会人になる手前の俺は、年甲斐もなく気分を害した表情を表に出さないよう努めた。

相手は天下のJK。文明が発展したからといっても、人間の性質とは変わらぬもので、JKという若い子女たちは世の男共を屈服させ、全世代の女からの嫉妬や妬みも若さでねじ伏せ、気がおもむくままに動く奴らだ。

自分中心に世界が回ってますと、半分信じ過ぎてる奴らは話が合わなさ過ぎて世の評論家からJKは宇宙人と揶揄やゆされてる生命体。

俺はキリッと姿勢を正してまだ若輩じゃくはいながらも男としての貫禄を出そうとネクタイを締め直した。

(最初が肝心。宇宙人に舐められたらお終いだ)

そのことだけが、俺を何とか人間として保たせていた。

何より、今後の実習に大きく関わる。それだけは避けたかった。

俺の生命が危うくなるからな。

最初の緊張の張りは打って変わって、この受け持つことになった年下の子供達にしっかりとした大人である教師を見せようと変わっていた。

「それじゃあ、みんなが興味津々な、今日から教育実習生の先生に自己紹介をしてもらいましょう」

先生が教壇に立って言うと、JKである生徒たちは我慢していたのが抑えきれない様に、甲高い声をあげている。

もし、仮に男子学生として見る立場になればJkにはやし立てられて羨ましい気持ちもあるかもしれんが、顔普通、彼女いたけど童貞の俺の人生で、女性から注目されることなんて全く経験がない俺には実に緊張する場面だ。

(嬉しいというより、誰かと変わってJKに挨拶するお手本が見たい)

切実に、俺はそう思った。

渡辺先生は教壇の奥に移動すると、手でジェスチャーしながら俺を真ん中、教壇へ上るように促した。

俺は「どうも」と言いながら、教壇へ上がった。

(最初が肝心、最初が肝心・・・・)

「はじめまして!○○大学から本日きました、伊集院薫です!皆さんとは三週間という短い間ですが、一緒に仲良く皆さんと教師として勉強しに来ました!どうぞよろしくお願いします!」

俺は教壇で自己紹介しながら、ペコっと頭を下げた。そのなかで、俺の心は走馬灯の様に思っていた。

(よっしゃ――!ここでも噛まずに話せた!)

実はというと、実習先が決まった当初から自分の家で挨拶の練習はしてた。何回も挨拶をすることになると思っていたからだ。そんな俺の頑張った甲斐もあって、立派なセリフが、配属先を言い渡される前の、先ほどいた職員室でも噛まずに挨拶することが出来た。俺が言い終えると、静寂だった教室がわぁと、湧き上がった。

生徒たちは笑顔で、しかも全員が俺に向けて拍手をしてくれている。

なのだが・・・・・・。

「挨拶は満点ね」

「最初のコケた場面を除けばね」

と笑顔で拍手をしながら評論家並みの毒舌が聞こえてきた。

(クッソ―――!お前たちがあんな驚かし、しなければ実習生として満点なはずだったんだよ!)

心で号泣しながら叫んでいると、渡辺先生が、「はい、じゃあ、伊集院先生のためにも、皆さん。それぞれ挨拶しましょうか」と、生徒の紹介を促した。

(おお、待ってました!)

これからお世話になる、生徒たちの名前も知らないと話にならない。

実はと言うと、最初に体育館でクラスを紹介されたときから俺は生徒たちの名前、どんな性格なのかと気になっていた。生徒の性格によっては教師としてその生徒に合った接し方をしなければならない事があるからだ。

もしも接し方を間違えると、即モンスターペアレントに直結してくる体験談を俺は聞いてきた。

生徒の親と揉める、そんなことは絶対に避けたい。てか、嫌だ。

「じゃあ、一番前の藤原さん」

ニコニコと渡辺先生は生徒のうちの誰かを指名した。

(誰だろう。一番最初に自己紹介する気の毒な子羊は・・・・)

どの子だ?という思いで、生徒の動きを凝視していたが、呼ばれた子はすぐにわかった。周りがはやし立てたからだ。

「きゃー、一番じゃん。がんばれー」

「ファイト!れいな!」

生徒たちがある一人の少女、生徒に視線が注がれている。

「藤原さん、学年と、趣味も紹介してね」

と、渡辺先生。

他の生徒たちからの応援を受けて、その少女は「え、えええええ」と言いながら恥ずかしそうに椅子から立ち上がった。

「藤原麗奈です。3年生で、趣味は買い物です」

その子はやや茶色の髪をしていて、うっすら化粧をしている感じだった。

見るからにスクールカースト、上位にいそうな子だった。

藤原の自己紹介が終わり、拍手をしながら渡辺先生は

「はい、ありがとう。じゃんじゃん行きましょうか。はい、つぎ、うしろの門脇涼さん」

そう言ってドンドン指名していく。

「門脇涼です。三年で、趣味は外で遊ぶことです」

机に両手を置きながら、細く、透明感のある白いすらっとした腕がまくり上げている制服の袖から垣間見える。

短髪の子だった。

「バレーで全国目指してましたー」

藤原が前からちゃちを入れる。

「ちょっと、まだ目指してるんだから」

と門脇が顔を赤くしながら藤原の声に訂正する。

「ミューシャ・セリーヌです。今年1月に、カナダの学校からこの学級に転入しました。2年生です。趣味は、お菓子作りです」

金髪、碧眼。

日本人よりも長い手足で、特に目を引くのが制服のシャツのしわだ。

明らかに若く、芳醇ほうじゅんな、いい匂いがしそうな胸に、眼がいってしまうのはどうしようもない、男の嵳峩さがである。

俺は、JK達の顔のレベルの高さに感心したとのと、次々とJKがする初々しい自己紹介にすっかり可愛いという感想しかもっていなかった。

語彙力乏しくて誠に申し訳ないが、所詮俺も男だ。可愛いJkを前にして、すっかり俺の教え子ということに鼻の下が伸びていたのと、先ほどクラッカーだの、人形の手を差し出したイタズラなど手荒い歓迎も忘れていた。

「はい、じゃあ、次。お願いします」と、渡辺先生が言う。

「葛原綾でーす。二年で、趣味はお買い物、あとは飼っているペットと遊ぶことです」

ミューシャという生徒の隣にいた、幼児体系の生徒が元気よく挨拶をしてくれた。

(うん、うん。元気でいいな)

俺は拍手しながら聞いていた。

「えっと、木暮美咲、一年生です。趣味は・・読書です・・・・」

声を出すことも恥ずかしいかのようで、ゆっくりと小さい声でしゃべると、すぐに席に座ってしまった。

(恥ずかしがりの生徒みたいだな。よしよし、みんなの性格がわかってきたぞ)

俺は全員の挨拶を聞きながら拍手をした。

「はい、皆さん、今日から新学期、新しくクラス分けした仲間と共に一年間頑張りましょうね!」

後で説明されたことなのだが、特別学級にいる学年はバラバラで高校1年~3年までを入れたクラスであり、三年になると卒業していく。

そして1年の新入生が入るだけというほとんど変わり映えしないクラスだということだった。

「じゃあ、自己紹介も終わったし、伊集院先生は一旦職員室に戻ります」

「えーーーーーーー!!!」

「先生、これから伊集院先生に聞きたいことがあったのにーー」

「あとでしましょうよー。」

渡辺先生が言ったとたんにブーイングが起こった。

「先生は実習のための学校案内があります。皆さんはGW明けの勉強として課題の提出です‼さあ、LPOSで学校に課題を送信してください」

渡辺先生はブーイングにも負けず、ニコニコと笑顔で教壇の机にLPOSの立体映像を起動させ、課題の提出物リストを表示した。

パソコン画面の立体映像からは横にいる俺でも多いと感じるほどたくさんの提出物リストが記載されていた。GWという長期の休みでも、すぐに終わりそうでないことは明らかだった。

生徒たちは、一瞬にして黙り込み、表情からは「うぇえ」というような心の声が聞こえてきそうで、身を乗り出していた身体を椅子の背もたれへと後ずさりだ。

「ほって置いたら、皆さん、伊集院先生に彼女いるのかとか、趣味は何かと聞いて授業そっちのけでしょう?まず今日の1時限目は課題のチェックからですよ」

「・・・・・・・」

一気に黙る生徒たち。生徒たちからしたら渡辺先生に完敗だろう。すっかり主導権は生徒ではなく、おれの隣の先生だ。

(なるほど。ちょっと可哀そうに見えるが、こうしてホームルームするのか。まさに飴と鞭だな)

俺は名残惜しそうに、生徒であるみんなに手を振りながら教室を出ようとした。

「ばいばーい、薫ちゃーん」

生徒の誰かが茶化すように声を出す。

「こら、こら。先生と呼ばなきゃ、ダメですよ」

渡辺先生は諭すように言う。

「伊集院先生。じゃ、職員室で一人でお願いしますね」

「はい」

俺は返事をして、そして特別学級を出た。

――俺は今年度ローズ女学院に教育実習生として来た大学生だ。

小学校以外は男子校にいたこんな俺だが、女子の花園になんで来たかと言うと、教育実習で教員免許を取るために他ならない。

三週間しかない短い期間で実り多い実習にしなければ、大学卒業まで生徒とかかわる機会なんてない。そもそも超少子化によって生徒数も少ない。教員免許を取得後は、採用試験に合格しないと生徒と関わり合う練習期間なんてない。皆無と言っていい。

(何が何でも、生徒たちと親睦を高め、高評価を得るぞ――!!)

誓いと共に、俺の心は燃えていた。


ご機嫌な顔で特別学級から出ていく伊集院の後ろ姿を、特別学級にいた人物たちは全員が黙って見ていた。そして伊集院の姿が建物の奥へと消えていくと、教室の前に立っている渡辺先生が区切りとして声を発した。

「はい、皆さん、こちらに注目して」

生徒達の視線が戻ったのを確認した渡辺先生は笑顔を崩さず話を続けた。

「皆さん、愛想よく可愛いく自己紹介出来て、とても良かったです。それぞれの個性も出ていました。入学当初から話したとうり、この日、今からこの教室は戦場の場となります。生徒の皆さんは心理戦や頭脳、魅力を持ってこのゲームに勝ってくださいね」

渡辺先生は目尻を一段と下げながら、にこやかに言う。その目線は、もちろん特別学級に集められている五人の生徒に降り注いでいた。













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