無人島でJKと一緒なんてラブコメ過ぎる(近未来編)

森羅解羅

学園編

序章:告知

―――それは一つの事故から始まった。




赤いランプが鳴り響く救急車から、救急救命士と共に一人の人間が運び込まれてきた。病院の受け入れ窓口では、既に要請を受けて待機していた看護師らが、患者へ寄り添いながら駆け足でICUへと向かう。

「急いで輸血の予備準備!バイタルは!?」

「上が45、下30です!心拍数10!サーチ75です!!意識レベル3-300です!」

「ドクターのオペが終わったら、ICUに来るよう伝えて!高濃度酸素、開始するわよ!」

人目で重症だと気付く患者の容体に、看護師、研修医たちは懸命の治療を行う。

そこにある命を救うため、家族が来るまで逝かぬよう彼らは必死だった。

そして数時間後、患者は点滴や酸素マスクなど、様々な機械に繋がれた状態にいた。

患者の意識が戻ったときには、重厚な空気、一光さえも届かない暗暗たる闇があった。

闇の中では、規則的に音が鳴り響く。ヒューと音がしては、再び始まる機械音。その音を耳で探りながら、自分の身体の感覚をさぐる。

身体は病衣をただ上から羽織っている状態で、その下は衣服を纏わず裸体だった。そして、その身体からは胸元、口、陰部にまで管が入っていた。

口元からは空気が吹き込まれ、胸元や腕から自分の物ではない、何か冷たい感触に気づく。眼を開けば、その身体のすぐ傍に点滴と大きな無機質な機械が置かれていた。身体を繋ぐこの管は、生命維持のために繋がれた栄養や血液だということがわかる。

ここはどこなのか、そして何故自分は横になっているのか、混沌とした意識の中で、もがこうとするけれど、全ては自分の思いのままに動いてはくれなかった。

ただ無情にもヒューという空気を送る音だけが何度も繰り返し耳から聴いて、そして、誰かの声が聞こえてきた。

「先生、お願いですから、この子を助けてください!!」

その声は若い女の様に甲高い声でもなかった。ただ泣き声に近い、救いを求める女の声だった。

「車と接触した際に、全身の損傷が激し過ぎました。出来るだけの手は尽くしましたが、、現代の医学では・・・・・もう・・・・・」

男の声がしたかと思うと、一気に女の泣き声が空間を占めるかのように響いた。

その声を聞くと、何故だか胸が締め付けられ、どうしてだか自分も女の泣き声と共に泣き出したくなっていた。

自分自身が誰で、事故だったのかどうか、何もかも全てがわからないというのに・・・。

(ああ、叶えたかった事があった気がするのに・・・・もう、それも叶わない)

自分の願いは何だったのか、思い出そうとしても自分は助からないことに、考えるのを止めていく。繰り返すうちに、患者は考える事に疲れ、再び深い闇へと堕ちていった。



――月日は巡り、人々は平穏な暮らしを送っていた。

元々人間は不便なことに機器を使い、何にでも機械で解決する文明だったが、過去に世界中の人々が持っていたスマホと同じ形の、LPOSというデバイスの登場によって人間の文明は更に加速、高成長となるまでになっていた。文明を急激に発展させたこのLPOSとは、万能OSとしての略語である。Lは小という言葉を意味していた。

この製品はある高名な科学者が作った物であり、元々は夢を叶える前段階、つまり試作品として作られた機器でああったが、前段階とはいえ、電話やインターネット、メールのやり取りも可能なうえ、機器のボタン一つで人物やパソコン画面の文章が立体映像として出てくるという便利の代物に、世界中の人々はLPOSを使う人が激増するのであった。

LPOSの発明によって、人々の移動時の持ち物は極限まで減り、また、交通手段も時の進化は留まることを知らず、航空エンジンの進化もあって人間は遂に空中車、潜水車となる空も飛べて海でも潜水して進むという夢のような車を発明していた。このことで交通手段が増えていた。

そんな中、あるマンションの小さな寝室のベットで、一人の男が横たわっていた。

男は仰向けのまま毛布から一切の手足も出さず、眼は閉じられている。

誰かがこの横たわっている男の状態を見れば、昏々と静かに眠っている様に見えたか、遺体の様に生きていない様に見えたかののどちかであろう。

男の顔は血色が悪いのか血の気も見られず、一切の微動も感じられなかった。男だけでなく、男が横たわっているこの寝室も時が止ったかのように部屋には静寂が包まれていた。

だが、そんななかでも一つだけ規則正しく動いていたものがあった。

時計だった。

秒針が進み、七時ちょうどに大音量の音が鳴り始めたその時だった。

小さな時計を包み隠せそうなほどの大きな、それでいて指の節々がスラッとした隆骨が時計を止めた。

大きな手の持ち主は、この部屋の住人、先ほどまで横たわっていた男だった。

男は目覚めたのであった。

「・・・・七時」

男は時計を持ったまま、時計の針を見ながら口にした。そして、ふとカーテンの先にある暖かい陽射しに眼差しを向けていた。

(朝か・・・。なにかをしないといけない気がするけど・・・)

何故だかそう思った。

だが、それが何だったのか、寝起きだからか酷く頭が重い気がした。

意識を研ぎ澄まして、考えることに集中してみると、男は口を開いた。

「あ、今日大事な日じゃん。やばい、急いで準備しないと」

男はそう言ってベットから出た。ベット以外何もない寝室から出ると、男はある場所へと向かうため、朝の身支度に取り掛かった。

男は洗面所にきていた。ここの洗面所も、先ほどの寝室と同様に歯ブラシセット、ドライヤー、クシ、和クス、タオルのだけの、最小限物が置かれた場所だった。男は顔を洗い、重く瞼が閉じかかった眼で歯磨き粉を歯ブラシに付けていた。男はふと、顔を上げた鏡に、自分の後ろの髪が寝ぐせで跳ねているのに気がついた。

「あれ、ここ寝ぐせか?やっばいな、水で直るかな」

男は歯ブラシの手を止め、水に濡らした手で問題の髪に触れた。

濡れた手で周囲の髪と馴染むように何度も髪をなじませる。だが、男の意志に反して、濡らした髪はまた元の跳ねた髪へと戻っていた。

(こんな大事な日に、厄介だな)

男はそう思いつつ、洗面所の棚にあったワックスで寝ぐせを直した。

(うっし、これで大丈夫だろ)

小腹が空いてきたのを感じた男は、手早く食事を取り、着替えを済ませた。そして、駅へと急ぐため、簡素な家から出たのであった。





人間社会の文明は変わっても自然、季節というものは変わらず、今年も冬から春となり、桜も散り終えた、5月。

ある校舎の一角のトイレで、備え付けられている全身鏡に向かって一人の若い男性が自分の身体チェックを行っていった。

(髪ー型良し!スーツ良し!靴良し!)

最初が肝心だということは誰もが知る話だから、念入りに鏡で確認してみたが、朝の寝ぐせも直っていた。教え子たちに会うための下準備は大丈夫そうだ。

俺の名前は伊集院薫。職業といえないが、大学三年生の21歳だ。

大学生の俺は、着なれないスーツで男性トイレから出て、廊下である人を待っていた。

しばらくすると、顔にやや目尻にシワが刻む女性教師が廊下の奥から出てきた。

「すみません、遅れまして。すっかり話が長引いてしまって」

「いえ、大丈夫です。そんなに待ってませんから」

そのおかげで俺はトイレに行って、全身の身なりを最終チェックすることが出来たのだ。むしろありがたい時間と言えた。

「それじゃあ、特別学級に案内しますね。こちらです」

そう言って、先に前へと歩く先生の後を俺はついて歩いた。

「急に五人しかいない学級に配属と聞いて驚きましたでしょう?けど、教育実習の先生が来ることは皆、本当に楽しみにしてたんですよね。だから、きっと皆先生と会えるのを喜ぶと思いますわ」

俺をクラスがある場所へと案内してくれるのは、渡辺先生と言う、初老の女性だった。今から行くクラスの担任だから、俺が一番お世話になる先生でもあった。

「本当ですか。それは嬉しいですね。私も初めて挨拶するのが楽しみです」

俺は笑顔で答えた。

――そう。今日から俺は教師になる実習を受けるために、わざわざ卒業生でもない女子のみが通う学校に来ていた。いわゆる教育実習生というやつだ。

俺は、GW明けに教育実習生として、三十人ぐらいはいるクラスに配属されると思っていたのだが、「君は特別学級ね」と言われ、俺が初めて五人しかいないという学級があることを知ったのが三十分前。

『何で俺がそんな学級へ?』っと思ったが、これも教員免許を取るためだ。そう思いを自分に言い聞かせていた。何と言っても少子化が急速に進んだ現代では、教育実習に行ける人は少ないと聞くし、教員免許を取れる大学生は少ない。だからこそ、教育実習生として実習に行けること自体がラッキーだったし、俺の長年の夢である教員の道を突き進むためにもどんな困難があろうとも乗り越えるつもりだ。

(そして、教員免許を取れた日には、俺のバラ色の人生が幕を開けるんだ)

浮かれていた俺はそう思っていた。この時までは。

今振り返って思えば、この時に渡辺先生でも学年主任の男性教諭でも、誰でもいいから、配属するクラスを変えてくださいと、お願いすべきだったのだ。

だが、運命の歯車は歩み始め、不吉な予兆も起こらずに、運命の出会いを俺に用意していた。破天荒な出来事が降り注ぐことも知らず、俺は自分の輝かしい未来を妄想しながら歩き、普通のクラスの前をとうり過ぎていった。暫くして渡辺先生の歩みが止った。渡辺先生は他の教室とは少し離れたある教室の前で、俺に振り返ると、

「はいじゃあ、ここの教室を開けたら生徒がいるので、よろしくお願いしますね」

「あ、はい!」

(ここが特別学級っていうクラスか。俺が受け持つ生徒が中にいるんだな)

手汗握る俺の緊張は最高潮だ。

渡辺先生はそんな俺を見て安堵したのかクスッと笑い、扉の開閉ボタンを押した。

同時に教室のドアが開き、渡辺先生が中へ入っていく。そして、俺もそれにならって、特別学級という教室に脚を踏み入れたその時だった。

俺の目の前で、耳の奥まで響く、大きい破裂音が二重にしたのだ。

「う、うわあっ!な、何!?」

急に両耳から、けたたましいほどの大きい音が鳴り響いたと思うと、目の前にカラフルな花が俺の目の前から降りそそいできた。

意表をついた音に驚き、バランスを崩した俺は、思わず足を踏み外しての尻餅をついてしまった。そんな目の前には、五人の制服を着た若い生徒が、クラッカーを持って並んで立っている。

「「「「「伊集院薫いじゅういん かおる先生。特別学級にようこそ!!!!!」」」」


「・・・・・・・・・・・・へ?」


俺の教員免許取得のための受難の幕開けだった。














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