其の陸 炎の魔族

 町長の家を飛び出していったサクラを追う。

 炎の魔族が暴れているのは、恐らくカテ村のある方角からであろう。

 龍蔵の予想は当たっていたらしく、視線の先に通りを駆け抜けるサクラの背中を見付けた。


「サクラ!」


 走る彼女の背に呼び掛けながら、ようやく追い付いたサクラと視線が交わる。


「町の人達が西門の方から逃げて来てる。このまま向かうわよ!」

おう!」


 サクラの言う通り、魔族の元から逃げて来たであろう人々は皆真っ青な顔をして、龍蔵達とは逆の方向へと走っていた。

 と同時に、何人かの戦士達は門の方へ向かっていた。

 彼らも冒険者なのだろう。魔族が町を襲いにやって来たのだから、闘う術を持った者が人々を護るのは当然だ。


 その時、ふとある事を思い出した。

 龍蔵は町長の家からサクラに追い付くまで、村正の事を一切構わず走り続けてしまったのだ。

 日常的に剣術の腕を磨き、冒険者として活動しているサクラとは異なり、村正は身体を動かすのが得意そうには見えない。

 その証拠に、二人の後ろには村正の姿が見当たらなかった。


「待ってくれサクラ! 村正の姿が無い」

『ああ、妾の事なら心配いらぬぞ。今もリュウゾウの側におるからな!』


 その時だった。

 足を止めた龍蔵の頭の中に、どこにも姿の見えない村正の声が響く。


「な、何っ!? 今、ムラマサの声がしたわよね……?」

「サクラにも聞こえたか。しかし、肝心の村正の姿が見当たらぬが……」


 驚いて立ち止まったサクラも同様に、彼女の声が聞こえていたらしい。

 すると、再び村正の声がする。


『どこを見ておる? 妾はお主の腰におるぞ〜!』

「拙者の腰……? もしや……刀に戻ったのでござるか!?」

『そうじゃ! ここにおれば走らんでも済むからのぅ。ほれ、妾の事は心配せず、早よう西門へ向かうのじゃ!』

「あ、ああ……!」

「付喪神って便利な能力があるのね……」


 思い返してみれば、村正と出会ったあの地下室で、彼女はこの刀の中から現れていた。

 その反対に、刀の中に戻る事も可能であるという訳だ。

 これならば村正を庇いながら闘う必要も無い。それだけでも充分に闘いやすい状況になるだろう。



 西門へと向かうと、妙な気配が近付いているのを察知した。

 と同時に、町の外では数多くの戦士達が武器を手に闘っているのが見えて来た。


「準備は良い? 私達も加勢するわよ!」

「応! いざ参る!!」


 妖刀村正を鞘から抜き、サクラも背負っていた剣を手に駆け出した。

 戦況はあまり良くないらしく、既に負傷者が出ていた。

 離れた場所で治療を受ける者が何人か。それを護る者が一人と、残る数人が敵を取り囲んでいる。

 あの者が例の魔族に間違い無いだろう。


「ザコが何人掛かってこようが関係ねェ! オレには魔剣を回収するっつう大事な任務があんだ。さっさとムラマサを寄越さねえと、この町もあの村と同じように焼き尽くしちまうぞォ!!」


 そう言うと、赤い髪の男は右の拳を天高く突き上げ、自身を中心とした炎の渦を発生させた。

 突然の攻撃に防御する暇すら無かった者達が、龍蔵達の目の前でその渦に飲まれてしまう。



「あの男、どういった手段であのような攻撃を……!?」

「ヒムロ、相手は相当の魔力の持ち主よ。これ以上魔法を使わせる前に、一気に勝負を決めるわよ!」


 この世界ではああいった戦法も常識的なものらしく、サクラが狼狽うろたえる様子も無い。

 ここはひとまず、彼女の言う通り一気に攻めるべきなのだろう。

 龍蔵とサクラは二手に別れ、魔族を挟み撃ちする形で攻撃を仕掛ける。


「はあぁっ!!」

「喰らえぇぇっ!!」


 それぞれ刀と剣を振り下ろす。

 しかし、間一髪のところで魔族は後方に飛び退き、初手は空振りに終わってしまう。


「まぁたザコが集まってきやがったか……」


 呆れを露わにした炎の魔族は、面倒臭そうこちらに目を向けた。


「そんな甘っちょろい攻撃なんざ、このジャーマ様には当たらねぇって──」


 そう言葉を続けていたジャーマと名乗った男は、龍蔵を見て……否、龍蔵が手にしている村正を見て、大きく目を見開いた。

 次の瞬間、ジャーマは凶暴な笑みを浮かべながら舌舐めずりをして、不気味に口元を歪める。


「……なァんだ。わざわざムラマサを持って来てくれたのか? これなら探す手間も待つ手間も省けるってェ……ワケだなァッ!!」

「危ないっ、ヒムロ!」


 サクラが叫ぶよりも早く、男はこちらに向けた両手から炎を吹き出した。

 龍蔵はそれを横に飛ぶようにして避けると、続けざまに火球が飛んで来る。


『妾で防げ!』


 村正の指示に、龍蔵は反射的に彼女の本体である刀でそれを防御した。

 すると、刀身に炎が触れる直前、赤い半透明の丸い壁のようなものが現れたではないか。

 その壁にぶつかった火球は、パァンと弾けて跡形も無く消えてしまった。


『次も今のように妾が盾を作ってやる。あの炎如きなら、妾の力で防ぎきってみせるわ!』

「頼もしい限りでござるな。であれば、攻撃は拙者に任せよ……!」


 どうやらあの男が村正を狙い、カテ村を焼き払った犯人で間違い無いらしい。

 龍蔵だけに狙いを定めたジャーマは、次々と両手から火球を飛ばし続けている。

 しかし、龍蔵はその全てを冷静に見極め、先程と同じく村正が作る盾で打ち消していった。

 その最中、龍蔵は相手に問い掛けた。


「貴様、ジャーマと名乗っておったな。貴様が村正を狙う理由は何なのだ!」


 男は手を休める事なく答える。


「ハァ? 決まってんだろ。魔剣回収の任務を成功させりゃあ、軍での昇進も褒美も与えられる! ついでに魔王様に気に入られれば、姫様との婚約だって夢じゃねェ! そうすりゃオレが次の魔王様ってワケだ、最高じゃねェか‼︎」


(魔王……魔族にも国があり、軍があり、主君が居るのか)


 だからと言って、目的の為に罪の無い人々を巻き込むべきではないだろう。

 これが、サクラ達を苦しめる元凶……。

 ゆくゆくは、その魔王という者を打ち滅ぼさねばならないらしい。

 そして当然、この者達に村正を奪われてもならなかった。


「己の欲望の為だけに、あの村を襲ったというのか!」

「ああそうさ! 人間なんかがいくら死のうが興味もねェ! 強い奴が生き残り、弱い奴は殺され奪われる! そういうもんだろ、世の中ってのはよォ!!」


 間髪をいれずに帰って来た言葉に、虫酸が走る。


 ──魔族というのは、ここまで堕ちた存在なのか……!


「……貴様を、成敗致す」

「やれるもんならやってみやがれ! どうせお前もその辺のザコ共みてぇに、このジャーマ様に焼き尽くされるだけだろうがなァ!!」


 倒さねばならない悪があるのなら、己は己の信じる善を護るべく、この剣を振るおう。


「本当の雑魚ざこは、果たしてどちらでござるかな」


 龍蔵の挑発に乗り、一旦火球の嵐を止めたジャーマ。

 大技を出そうとしているのか、力を蓄えるように拳を握り締め、こちらを鋭い眼光で睨み付けながら言う。


「お前に決まってんだろぉがよォォォッ……ガッ……ゴフッ!?」


 その時だった。

 ジャーマの腹を貫く、一振りの剣。

 刺された箇所から鮮血が流れ出し、男の口から吐き出された血が宙を舞う。


「本当の雑魚は、あんただったのよ……!」

「クソッ……いつの、間に……!」


 サクラはジャーマの腹から剣を引き抜くと、そこに付着した血を振り払った。

 ガクリと膝を折るジャーマは、何が起きたのか理解出来ないとでもいう風な表情で、自身の腹部を触れる。

 手にべっとりと付いた真っ赤な血液は、今もどくどくと溢れ出していた。


 この男は目先の報酬に目がくらみ、視野が狭まっていた。

 その隙を突く形で、サクラがジャーマの背後に回り込んでいたのである。

 龍蔵は、サクラが大打撃を加える絶好の機会が訪れるまで相手を惹きつけ、その瞬間を作り出す事に成功したのだ。

 広い視野を持たねば、足元をすくわれる。

 この魔族の男は、そんな簡単な事にすら気付かなかった。


「……まさか、このオレが……こんな単純な手に、引っかかっちまうとはな……」


 炎の魔族ジャーマは、正面に立つ龍蔵をジトリと睨む。


「ヒムロ……その顔、覚えたぞ……!」


 すると、彼の足元から黒い霧のようなものが湧き出してきた。

 ジャーマの背後に居たサクラは慌てて距離を取り、龍蔵はまだ何か攻撃を仕掛けてくるのでなないかと身構える。


「妖刀センゴ・ムラマサ……必ず、このジャーマ様が奪い取ってやるよォ……!!」


 みるみる内に霧に呑まれていくジャーマ。

 その刹那せつな、村正が緊迫した声をあげる。


『リュウゾウ、あやつに向けて妾を振るえ!!』


 しかし、ここからジャーマまでは距離がある。刀を振るったところで、攻撃が届く範囲ではない。

 けれども、村正が無意味な指示を出してくるとも思えない。

 一瞬悩み、そして決断した龍蔵は言われるがままに彼女を振るう。

 サクラはそれに何かを感じ取ったらしく、慌てた様子でジャーマの方へと駆け出し手を伸ばした。


「ま、待ちなさい!」


 次の瞬間、ジャーマの姿は黒い霧と共に、何の痕跡も残さずに消えてしまった。


「逃げ……られた……」


 力無く呟いたサクラの左手は、何も無い宙を掴んでいた。

 だがしかし、村正を振るった龍蔵の手には、目に見えないを斬った感触が残っているのだった。

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