其の伍 差し出された手

 この町を管理している町長の家は、賑やかな町の中心部から離れた静かな場所にあった。

 サクラの家程ではないが大きな家の外に、庭の木々を手入れする庭師の男が居た。

 龍蔵達はその男に軽く挨拶をして、元々町長と顔見知りであるサクラが代表して戸を叩く。

 それからすぐに扉が開き、明るい茶色の髪を二つに束ねた娘が出て来た。

 その少女は、サクラの顔を見るた途端に笑顔を浮かべ、嬉しそうに声を弾ませる。


「ああ、サクラ! 無事に戻って来てくれたのね!」

「当然でしょ。何ていったって、私は父さんの娘で、勇者候補なんだもの」


 親しげに会話する彼女達。

 すると、茶髪の少女がこちらに目を向ける。


「もしかして、この人達もあの村から避難して来たの? 二人だけならまだ部屋にも余裕があるけど……」


 その言葉に、サクラは首を横に振った。


「この二人はそうじゃないの。ええと、ひとまず紹介するわね。この人はヒムロで、こっちの子がムラマサ。二人とは偶然村で会ったんだけど、そこでちょっと問題が発生して……」

「それで旦那様に報告に来たって訳ね。分かったわ、すぐに報せてくるから」

「ええ、ありがとう。それから、村の人達も集めてもらいたいの。例の件について、話しておかなくちゃいけない事があるから」


 例の件、というのは村正についての事だろう。

 村正はあの村の秘宝だ。サクラは仕事として村の調査に向かい、秘宝である村正を持ち帰るはずだった。

 それを偶然出会った龍蔵が意図せず邪魔をする形となってしまい、村正と協力関係という名の主従関係を結んでしまったのだ。

 あの地下室で起きた事、そして村を襲った敵から村正を護るべく、龍蔵が一時的に村正の持ち主となるのを認めてもらう事──その二つを告げるべく、こうしてここへ足を運んだ訳だ。


「ええ、任せて! なるべく早く戻って来るから、中に入って少し待ってて。ヒムロ様とムラマサちゃんも、しばらくここでお待ち下さいね!」

「うむ、待っておるぞ〜!」


 そう言い残し、足早に去っていった見知らぬ少女。

 龍蔵達は、慣れた様子のサクラに従って家の中で待つ事にした。


「今の娘とはかなり親しい仲であるようだったが、彼女はそなたの友人なのか?」


 玄関扉を抜けてすぐの広い空間で、龍蔵はサクラに問い掛けた。

 すると、サクラは頷いて答える。


「あの子は私の幼馴染で、キャロルって言うの。キャロルは一年ぐらい前から町長さんの所でメイドとして働いてるわ。明るくてしっかりした子だから、こういう仕事には向いているんでしょうね」

「めいど……」


(めいど……冥土……?)


 そこまで飛躍した単語が龍蔵の脳内に浮かんでから、話の内容から改めて推測した。

 町長の家で働いているというのなら、あのキャロルという少女は侍女の仕事をしている事になるのだろう。

 この世界は、人や物の名前が特徴的だ。

 恐らくは『メイド』という名称も、龍蔵が居た世界でいうところの南蛮と似た文化なのかもしれない──と、龍蔵は冷静に分析する。


(流石に『冥土』は関係無いだろうからな……)


 何故ならキャロルは、そのようなものとは無縁なとても気さくで元気な娘だったのだから。




 ────────────




 しばらく待っていると、キャロルが戻って来た。

 彼女に案内された部屋は、サクラの家の食堂と同じ程の広さだった。

 その部屋にはざっと十五人の男女が集まっており、中央に置かれた大きな長机を囲んでいる。


「おお、待っていたよサクラ君。それから、君達がヒムロ君とムラマサ君だね? さあ、席に着きたまえ。報告があるのだろう?」

「はい。失礼します」


 空いていた席に座ると、早速サクラが口を開く。


「それでは、カテ村の調査結果を報告させて頂きます。村の隅々まで見て回りましたが、周辺の木々や家屋が荒らされ焼き払われたという事以外、魔族に関する手掛かりは得られませんでした。カテ村の皆さんが目撃したという炎を操る魔族ですが……今のところ、その目撃談だけが有力な情報となっています」


 それを聞いた壮年の男が言う。


「秘宝は……俺たちの村の秘宝は、どうだったんだ?」

「きちんと教会の地下に保管されていました。魔族は地下通路を探し出すまでには至らなかったようです。ですが……その……」

「先程から気になっていたが、その若者が腰に下げているそれは……まさかとは思うが……」


 その発言によって、彼らの視線が一気に拙者へと注がれた。

 やはり村人達には見覚えがあるのだろう。


「……ええ。彼──ヒムロが所持しているのは、カテ村の秘宝である妖刀ムラマサです」


 サクラの言葉に、村人達がざわつき始めた。

 それも当然の反応だ。村の者でもなく、かといって彼らから調査を任された訳でもない龍蔵が村正を持っているのはおかしな話だ。

 彼らの鋭い視線が、龍蔵を突き刺すようだった。


「どうして村の宝であるムラマサを、この兄さんが……!?」

「サクラさん、これは一体どういう事なんですか! 説明して下さい!」

「お、落ち着いて! ちゃんと訳を話しますから……」

「そうじゃそうじゃ! サクラは何も悪い事などしておらん! 寄ってたかってサクラを責めるでないわ!!」


 椅子から立ち上がり、興奮して怒り出した村人達。

 それをどうにか宥めようとするサクラに、村正が助け舟を出した。

 すると、仙人のように白い髭を伸ばした老人が口を開く。


「もしやその黒衣の娘は、妖刀に宿る神の子か……?」

「なっ、何だって!?」

「それは本当なのか、村長!」


 村の者達が村長に問えば、老人は重く頷いて話を続けた。


「黒き衣を纏い、宵闇色の髪と紫紺しこんの瞳を持つ娘──代々カテの村長にのみ伝えられる詩の一節じゃ。その特徴を持った娘が、妖刀ムラマサを持つ者の傍におるのであれば……」


 村長の言葉に、龍蔵の隣に座っていた村正が、ムフフと笑いながら椅子の上に立ち上がる。

 村正は長机を囲む人々を見下ろしながら、堂々と宣言した。


「よくぞ妾の正体を見破った! そう……妾こそは、お主らのせいで長い事地下に閉じ込められていた伝説の妖刀! センゴ・ムラマサに宿りし付喪神であ〜る!!」

「よ、妖刀の付喪神ですって……!?」

「俺たち全員、呪われちまうんじゃないのか!?」

「鎮まれぃっ、村人共よ!!」


 すると、顔を見合わせ慌てふためく村人達を、黒き衣の娘──村正が、たった一声で黙らせた。

 普段の少女らしい明るく元気な様子とは一変し、妖刀の付喪神らしい威圧感を滲ませる村正。彼女の鋭い眼光に、村の女達は勿論、男達ですら怯んでしまう。

 村正はいつもより声を低くしながら、静かに語り出す。


「……妾は確かに妖刀じゃ。それは否定せぬ。何故ならば、そう呼ばれるに相応しい能力を持つ魔剣であるのじゃからな。しかし! 妾はそなたらが思うような災厄は振りまかぬ! そう決めたのじゃ、妾自身が!!」


 徐々に声を張り上げていく彼女の言葉に、この場の誰もが聞き入っている。

 少女のその姿はまさしく、一国を背負う大名の如き迫力である。

 すると、村正は隣に並ぶ拙者に目を向けた。


「……しかし、付喪神ではあれど、所詮妾は武器に過ぎぬ。であるからして、妾はこの男を我が家臣……妖刀ムラマサの所有者として認めた。妾を狙い、そなたらの村を襲った者は、恐らく並みの剣士では相手にもならぬ強敵じゃ。あやつの気配は、妾も地下からおぼろげに感じ取っておったからのぅ」


 こちらに信頼を込めた目を向ける村正に、龍蔵は黙って頷いた。

 それを見た村正も、満足げに頷き返す。

 次に村正は、村長と呼ばれた老人に視線を移した。


「仮に妾がそなたらの手に戻ったとして、まともな戦力を持たぬカテ村の生き残り達は、妾を護りぬけるのか?」


 そう問われた村長は、しばしの沈黙の後、静かに首を横に振って言う。


「……お護り、出来ぬでしょう。我が村の生き残りはごく僅か。我が村で戦える者達は、そのほとんどがあの悪魔の前に儚く命を散らしてしまいました」

「で、あればじゃ。このまま妾があの地下室に戻されたとて、呆気なく魔族共の手に堕ちてしまうじゃろう。あやつらは、どのような手段を用いても良心の痛まぬ連中じゃ。再びカテ村が襲われる悲劇は避けられぬ」


 魔族達は妖刀村正を狙い、カテ村を襲撃した。

 奇跡的に村の秘宝である彼女は奪われずに済んだものの、その犠牲はあまりにも大きかった。

 村を襲った魔族が再び攻めてくる危険性を抱えたまま、村正をあの村に戻すのは得策とは言えない。


「確かに、ムラマサ様の仰る通りです。ですが、我々にはサクラ様を頼る他にありませぬ。勇者候補であらせられるサクラ様であれば、きっと……」


 カテの村長の言葉に、サクラが表情を強張らせた。

 サクラの予想が的中していれば、村を襲った魔族の正体は、彼女の父の左腕を奪った仇である。

 有名な冒険者として活躍していた父ですら敵わなかった相手を、サクラ一人で──それも、村人全員を護りながら闘う事など出来るのだろうか。


「それは……難しいと思います。考えられる限り、あれだけの広範囲を焼き尽くすような魔力を持った相手に、私一人で太刀打ち出来るとは……思えません」


 言葉を詰まらせながら、振り絞るように声を出したサクラ。

 彼女の悲観的な発言に、その場がどよめく。

 だが村正は、そんな空気を丸ごと入れ替えるような明るい声色でこんな事を言い出した。


「このヒムロが、妾と共にその魔族を倒せば良い! ヒムロはそれだけの実力を持っておる。それには勿論、サクラの協力も必要不可欠じゃがな?」

「む、ムラマサ……?」


 戸惑いがちにその名を呼んだサクラに、村正はにっこりと口元を緩めて言葉を続ける。


「ヒムロは貧乏なうえに非常識な世間知らずじゃ。サクラの手助けが無ければ、いざという時に困り果ててしまうに決まっておる! 故に、妾はヒムロと……そしてサクラと共に、くだんの魔族を成敗してくれよう!」


 それを聞いたサクラはというと、今にも泣き出してしまいそうな程に眼に涙を溜めていた。


 きっと、彼女は心細かったのだろう。

 若かりし日の父君から夢を奪った仇敵。

 その相手が今、すぐ身近に迫って来ているかもしれない恐怖と焦り。

 カテ村で出会ったあの時、平然とした態度で振舞っていたサクラ。

 けれども、あの村の有様を目の当たりにして平気でいられる者など、そう多くはないだろう。

 そんな彼女が共に手を取り合えるかもしれぬ仲間──龍蔵と村正という存在と巡り合った今、サクラにとってまたとない機会になっているのだ。

 ……当然、龍蔵にとっても。


「わ、私……貴方達に助けてもらっても良いの……? もしかしたら、貴方だって命を落としてしまうかもしれない相手なのに……」

「困っている相手が居るなら、手を差し伸べる。それが拙者の──侍の生き様でござるよ」

「サム……ライ……」

「よくぞ言った、リュウゾウ! それでこそ妾の家臣じゃな!」


 何故なら龍蔵は、天女の映した球の中で、彼女が孤軍奮闘する姿を見て──この世界を救いたいと願ったのだ。

 その切っ掛けとなった少女の助けになれるのであれば、自分は持てる力を尽くして、喜んで彼女の手助けをしよう。

 それが龍蔵に出来る、サクラへの恩返しになるはずだ。


「……ありがとう、ヒムロ。私、本当に……」


 声を震わせ、一筋の涙を零したサクラ。

 その嬉しさに顔を綻ばせた彼女の笑みの、何たる清らかさか。


 しかし、彼女のその表情に思わず見惚れていたその時──


「大変です旦那様! ま、町の外に、とてつもない火炎魔法を操る魔族が……!!」


 息を切らしたキャロルが、血相を変えて部屋に駆け込んで来た。

 それを聞いた龍蔵は、サクラと村正と視線を交わす。

 先程まで蕩けたような笑みを浮かべていたサクラは、その表情を一人の剣士のそれに変貌させる。

 ぐっと涙を拭った少女は、椅子から立ち上がると町長と村人達へ顔を向けた。


「ムラマサは絶対に渡しません! 私とヒムロが、絶対に彼女を護り通します!!」


 大声を出しそう宣言したサクラは、一番に部屋を飛び出していった。


「お、おい、待ちたまえサクラ君!」


 町長であろう男の制止もきかず、彼女の足音が遠く聞こえる。

 そんな彼に、村正が声を掛けながら歩き出した。

 龍蔵も、主君である少女の後に続く。


「止めても無駄じゃ。戦場いくさばに身を置く者というのは、そうでない者では簡単に止められぬ生き物なのじゃからな。さあ、我らも行くぞリュウゾウ。お主の力、存分に魅せてもらおうではないか……!」

「承知致した……!」

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