其の弐 勇者候補の使命

 サクラに案内された先は、町の中心部にある大きな屋敷だった。

 しかしそれは、龍蔵のよく知る家の外観とは異なっている。

 やはりこの世界は、龍蔵が生まれ落ちた地とはかなりの差があるようだ。町を行く人々も、見慣れぬ着物に身を包んだ者ばかりだったのだから。


「ここが私の家よ。さあ、入って」

「邪魔するぞ〜!」


 そう言って屋敷の戸を開けたサクラ。

 早速村正が入っていったので、龍蔵も彼女に続き屋敷へと足を踏み入れる。

 どうやらこの世界では、下駄や草履を履いたまま家屋に入っても良い文化らしい。


(ううむ、違和感が拭えぬな……)


「おお〜! 見てみよリュウゾウ! あそこにキラキラのピカピカな奴がぶら下がっておるぞ!」


 興奮気味に村正が指差したのは、天井から吊り下げられた、大きく輝かしい物体だ。

 それは室内を照らす為の器具らしく、透明な石を数え切れない程にあしらった、とても豪華なものだった。


「サクラ、あれは何なのじゃ⁉︎」

「これはシャンデリアっていう、魔力を込めると長時間発光する鉱石を利用した照明器具よ。母さんの趣味で選んだものだから、ちょっと派手だけれどね」

「『しゃんでりあ』か……。聞き慣れぬ名でござるな」

「そうだと思ったわ」


 よく見ればシャンデリア以外にも、この屋敷に置かれている数々の品は、龍蔵も村正も初めて目にするものばかりだった。


(例えるならば、ここは異国の大名屋敷とでも言うべきか?)


 物珍しそうに周囲をきょろきょろと見回す村正。

 このような大きな屋敷に、きっと高価であろう品を多く所有するサクラは、どのような家系の者なのだろうか。


「なあサクラ。この屋敷に着くまで他の家々を見てきたが、ここはそれらよりも随分と立派に思う。そなたの一族は何者なのだ?」

「私は別に、貴族とかそんなんじゃないわよ? この家を建てたのも、シャンデリアやら何やらを揃えたのも、全部父さんが稼いだお金で賄っているの。きっと貴方達は知らないでしょうけど、うちの父さんは有名な冒険者だったんだから」




 ────────────




 サクラは二人を応接室へと案内してくれた。

 そこで彼女の口から語られたのは、この世界における戦士の生き方。

 そして、彼女の父についての事だった。


「父さんは、若い頃から冒険者として魔物と戦っていたソロハンター……。単独で魔物を狩って、その報酬で生計を立てる仕事をしていたの」

「そもそも、冒険者というのは何なのじゃ?」


 と、村正が茶と共に出されたクッキーを手に質問する。


「ああ、そこから話さなくちゃいけないのね……。冒険者っていうのは、私の父さんみたいに魔物を倒して、魔物から助けた人にお金を貰う討伐依頼をこなすのが基本なの。他にも、別の街に荷物を届けに行く依頼とか、誰かを護衛する依頼なんかもあるのよ」

「ふむ……。つまり冒険者というのは、どのような仕事もこなす武闘派の者を言うのでござるな?」

「まあ、そんな感じね。父さんは、報酬がはずむ高難度認定の討伐依頼を中心に活躍していたそうなの」


 しかしある時、サクラの父はとある依頼で思わぬ敵に深手を負わされ、命からがら逃げ延びたという。

 これまで単独でどのような依頼もこなしてきた男の身に、一体何があったのか。


「……父さんはその一件で、左腕を失ったわ。それが切っ掛けで冒険者は引退して、今は家の隣の道場で、町の子供達や門下生に剣術を指導しているの。勿論、道場も父さんがお金を出して建てたのよ」

「立派な父君じゃのぅ。次世代を育成するというのは、大切な事じゃからな」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。私も、そんな父さんに憧れて剣を学んでいるから……」


 静かに微笑んだサクラに、龍蔵はすぐさま問い掛ける。


「サクラ。その父君を負かした相手というのは、聞かされているのでござるか?」


 すると、サクラの表情が一気に陰りを見せた。

 急に静かになった室内に、村正がしゃくりしゃくりとクッキーをかじる音だけが響く。


「……父さんが言うには、その相手は魔物じゃなかったらしいの」

「魔物ではない……? ならば、相手は人だったのか?」


 サクラは首を横に振る。

 そして、眉根を寄せながら口を開いた。


「魔物でも人でもない──父さんの左腕を落としたのは、炎を纏った魔族だったと聞いているわ。そして、貴方達と出会ったあの村を襲ったのも……炎を操る魔族だったらしいの」

「なっ……! それはまことか、サクラ!」

「村の人の話が間違いでなければ、ね。だから私、カルムの町に逃げてきた彼らの目撃談を聞いて、居ても立っても居られなくなって……」


 それ故に、彼女は一人であの村へ調査に向かっていたのか。

 己の父を襲った者と特徴が一致しているのであれば、仇を討とうと思うのも頷ける。


「だから最初、あの焼け落ちた村で貴方を見付けた時は焦ったわ。もしかしたら、あれが父さんを襲った魔族かもしれないって。でも、貴方からは特別おかしな魔力なんて感じなかった」

「魔力……。何度か耳にした言葉だが、その魔力というのは、殺気とは違うのか?」

「全然違うわ。魔力っていうのは……まあ、この話はまた別の機会にしましょう。そろそろ食事の支度が整うはずだから、皆で食堂に向かいましょうか」


 そう言って、彼女は柔らかな布張りの長椅子から立ち上がった。



 ******



 ヒムロとムラマサという、どこからどう見ても不審者でしかない二人組と出会った日の夜。

 私は屋敷の玄関で、父の帰りを待っていた。

 二人は夕食を済ませた後、メイドに用意させておいた部屋に案内して休ませてある。

 彼らに出会ってから、二人は見るもの全てが人生初だとでも言わんばかりのリアクションで、食事の時だって色々と質問されてしまった。

 私が勇者候補である事も、冒険者という職業についても、そしてシャンデリアすらも知らない不思議な人──ヒムロ・リュウゾウ。


「まあ、剣から女の子が出て来たって事すら信じがたい話なんだけれど……」


 ヒムロは、その辺の子供達よりも世間に疎い。けれど、私の言うことはある程度聞いてくれる。かなり怪しいけれど、悪い人だとはどうしても思えなかった。

 だからあんな不審者を家に招いてしまったし、今思えばお金だけ渡して、その辺の宿屋に泊まらせておけば良かったんじゃないかと少し後悔していたりする。

 でも、あんな世間知らずに宿屋の人達が対応しきれるか分からない。余計なトラブルを回避する事が出来たのだと思えば、今夜ぐらいは他人に親切にしてあげても悪くないかもしれないわね。

 その時、玄関の扉が開いた。父さんが帰って来たのだ。


「お帰りなさい、父さん」

「おう、サクラ。珍しいな、お前が出迎えに来るなんて」


 筋肉が付いてがっしりした体型に、整えられた髭。

 そして、失った左腕の部分に取り付けられた義手と、所々白髪が混じった短髪が父さんの特徴だ。


「あのね、ちょっと話があるんだけど……」

「ああ、例の村の件だろ? お前が他の冒険者を押し退けて依頼用紙をもぎ取ったって、道場の連中が噂してたからな」

「そ、それはそうなんだけど……! それだけじゃないの。今夜、人を二人……泊めてあげたいんだけど……」


 私がそう言うと、父さんは一度目を見開いた後、豪快に笑ってこう返した。


「ガハハ! こんな時間だ。どうせもう部屋に通してあるんだろ? 構わん構わん。お前が認めた相手なら、悪い奴ではないだろうからな!」

「あ、ありがとう父さん……! 実は本当にその通りだったの。事後報告になってしまってごめんなさい!」


 悪い奴ではない。

 やっぱり、何度ヒムロの事を考えても、結局はその答えに行き着いてしまう。

 私は父さんに憧れて剣の道を志し、これまで父さんと同じようにパーティーを組まず、ソロの冒険者として活動してきた。

 その活躍が認められて、やっと勇者候補として選出された矢先に起きたのが、隣村の焼き討ちだった。


「それでだサクラ……。例の魔族らしきモンが村を襲撃したってのは、間違いじゃねえのか?」


 父さんの左腕を奪い、剣を振るい戦う道すらも閉ざした相手──炎の魔族。

 ソロ冒険者の間で伝説として語り継がれる父さんの夢を奪った仇が、この町の近くに来ているかもしれないのだ。

 ヒムロの持つカタナ……センゴ・ムラマサを狙う、憎き魔族。


「その事で、父さんに相談があるの」


 それが父さんを襲った仇であるのなら、この機会を逃す訳にはいかない。

 何故から私は、父さんの娘であり、魔族を滅ぼす使命を背負った勇者候補なのだから──!

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