弐の巻 戦う理由

其の壱 異世界の文明

「ん〜っ! ウン百年振りの外の空気は心地良いのぅ!」


 教会の地下から解き放たれた妖刀──千子村正は、大きく伸びをして言う。

 その妖刀と協力関係を結んだ龍蔵は、これから村正を預かる許可を得るべく、この村の生き残りが避難した土地まで向かう事になった。


「あの地下室に祭られる前は、どこにおったのだ?」


 サクラと共に丘を下りながら、後からとことこと追い掛けて来る村正に問い掛ける。


「うーん……どうじゃったかのぅ」

「覚えてないの?」

「大昔の事じゃからなぁ。リュウゾウとサクラが来るまで、妾はずっと眠り続けておったからのぅ。まあ、何かきっかけでもあれば思い出すじゃろ!」


 過去の記憶を忘れていても、全く気にする様子の無い村正。

 そんな彼女は、村正より少し背の高いサクラを見上げながら言う。


「ところでサクラ、この村の者共が逃げ延びたのはどこなのじゃ? ここから歩いて向かうのかの?」

「私が住んでいる町よ。日が沈む前には着くはずだから、このまま歩いて向かうわ」

「ほう、それは楽しみでござるな」


 龍蔵は天女の力で若返りを果たし、この新たな世界へとやって来た。

 しかし、龍蔵が目覚めたのは何者かの手で焼き払われ、崩壊した村であった。

 この世界がどのような繁栄を遂げた土地なのか……それはまだ分からない。

 サクラが暮らす町という事は、少なくとも人々が平穏に生活出来る環境であるはずだ。

 ならば、是非ともこの目で見ておかねば。


(天女が護ろうとしているこの世界の、人々の営みというものを──)


「別に、そんなに珍しい町でもないんだけど……。ひとまず今夜はうちに泊まらせてあげる。ヒムロ、お金持ってないから宿にも行けないんでしょう?」

「そうなのか!? おいリュウゾウ、そなた実は貧乏だったのか!?」


 龍蔵の腕に縋り付き、悲痛な声を上げる村正。

 彼女のあまりにも歯に衣着せぬ物言いに、龍蔵は何とも言えぬ心境に苛まれる。


「……まあ、そうなるな」


 どうにか龍蔵が口から絞り出した言葉は、たったそれだけのものだった。

 外見だけは、サクラよりも幼く見える妖刀少女。

 彼女は龍蔵の返答を耳にした途端、ハッとした表情を浮かべ、こんな事を呟いた。


「そういえばお主、刀も持っておらんかったな……。もしや妾、家臣選びを間違えてしもうたのではあるまいな……」

「またその話か? いつ拙者がそなたの家臣になったというのだ」


 龍蔵がそう問い掛けると、村正は


「さっきなったじゃろ? お主が妾を受け取ったあの瞬間から、リュウゾウは妾の家臣じゃぞ!」


 と言って、龍蔵が腰に携えた彼女の本体にそっと触れる。


「妾はリュウゾウの、リュウゾウは妾の宿敵を屠る為に手を結んだ。それすなわち、妾とそなたは既に主従関係という訳なんじゃが……これで分かったかの?」

「だからあの時、私が注意してあげたのに……」

「なっ、何と……! 協力関係と言ったのは嘘であったのか……?」

「嘘などかん! 主従というものは、互いに協力し合うものじゃ。下の者は上の者に従い敬い、上の者は下の者に充分な報酬を与える! つまり、妾と契約したお主は、妾のとっておきの能力を操れるようになっておるんじゃぞ〜!」


 今はまだ秘密じゃがの〜、と言って、少女は呑気に笑う。

 とっておきの能力というのが何なのか気になるところではあるが、龍蔵は知らずの内に彼女の家臣になってしまったらしい。

 それはつまり、妖刀村正が我が主君となった事を意味する。

 主人を得て、己の武器を得た今の龍蔵は──侍と名乗るべきなのだろう。

 彼女をあの地下から連れ出すと決めたのは、他でもない己自身だ。


(彼女が主人であると主張するならば、拙者はこの少女に付き従おうではないか)


「頼りにしておるぞ〜、リュウゾウ!」


 まさか、『無敗の剣聖』と呼ばれた自分が、異なる世界で妖刀を主人にするとは。

 侍が刀に仕える、というのも奇妙なものだが……悪くはない。

 龍蔵は何故か、そう感じてしまうのだった。




 ────────────




 村を出発してから、何事も無く目的地である町らしきものが見えて来た。

 サクラが言うには、あの村が派手に襲われたのが原因で、周辺の魔物達が遠くへ逃げたからではないかとの事だった。

 何はともあれ、安全に移動出来た事は喜ばしい。

 すると、サクラが前方を指差して言う。


「あそこがカルムの町よ。あまり悪目立ちするような行動はしないで頂戴ね」

「ああ、当然でござる」

「妾が可愛すぎるせいで目立ってしまうやもしれぬが、それならば許してくれるじゃろ?」

「……なるべく目立たないように努力して。言うだけ無駄なような気がするけど」


 サクラは、多少の事は諦めたような言葉を口にした。

 仮に龍蔵や村正が何か問題事をしでかしたとして、不審人物を連れ歩いていると噂されて困るのはサクラだ。

 何故ならあの町は彼女の故郷だ。サクラの迷惑になるような真似はしたくない。

 けれども龍蔵はこの世界の者ではなく、村正も人間ではなく妖刀の付喪神だ。

 充分に注意していたとしても、何らかの面倒事を引き起こす危険があるやもしれない。


(ここはより一層、気を引き締めていかねば……)



 そのまま三人で町へと向かうと、門の横に居た見張り番らしき男に引き止められた。

 どうやらこの世界では、町を高い壁で囲っているのが一般的らしく、町の出入り口には常に見張りが立っているのだそうだ。このような壁が出来た理由は、魔物による襲撃に備える為なのだという。

 それだけこの世界では、魔物が脅威として恐れられている事の表れだろう。

 こういった脅威から彼らを救う事が、龍蔵が天女と交わした契約──果たさねばならぬ、もう一つの大きな目標だ。


「通行証の呈示ていじをお願い致します」


 見張り番の男にそう告げられたサクラは、腰に下げた袋のような物の中から、一枚の板を取り出した。

 その板を男の傍らに置かれた台座に触れさせると、その上に乗った人の頭一つ分程度の大きさの透明な球が輝き出したではないか。


「そちらのお二人も、こちらに通行証の呈示をお願い致します」


 あの板が通行証という事らしい。

 あれをあの球に触れさせれば、己の身分を証明出来るようだ。

 しかし、龍蔵も村正もそのような物は持ち合わせていない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、サクラが動いた。


「この二人には、仮の通行証の発行をお願いします。これからギルドの方に申請に行くので、ひとまず二人の保証人は私の名義でお願いします。こっちの男性がヒムロ・リュウゾウ。この子の名前はセンゴ・ムラマサです」

「仮の通行証の発行、二名分ですね。それでは一度、貴女様の通行証をお預かり致します。そのままこちらで少々お待ち下さい」


 そう言って、サクラの通行証を受け取った男は、門の横にある小屋へと入って行く。



 それからすぐに男が戻り、龍蔵と村正の分の通行証が手渡された。


「さあ。貴方達もさっき私がやったみたいに、この球にカードを当てて。それでその通行証に、町への出入り時間が記録されるから」

「う、うむ。やってみよう」

「ほほ〜う! この『かぁど』とかいう板で、人の出入りを管理しておるんじゃな!? 何とも便利な世の中になったもんじゃのぅ!」


 彼女に言われた通り、台座の球に先程手渡された通行証を触れさせる。

 すると、やはりサクラがやってみせた時のように球が輝きを放った。村正も龍蔵に続いて、通行証を当てる。


「これだけで本当に良いのか?」

「ええ、これだけよ。やっぱりそうなんじゃないかとは思っていたけど、ヒムロったら通行証すら持たずに旅をしていたのね……」


 呆れて溜息を吐くサクラに苦笑を返しながら、門をくぐる。

 その先に広がっていたのは、行き交う人々と、夕焼けの色に染まる見慣れぬ町並みだった。


「ようこそ、カルムの町へ。残念だけど、今日はのんびり観光している暇は無いわよ。日が暮れる前に私の家へ向かうんだから」


 サクラはそう言って、呆然とする龍蔵達に手招きしている。

 歩き出した彼女の後に続きながら、龍蔵と村正はサクラの家を目指すのであった。

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