其の参 妖刀との契約
「嘘でしょ……? 呪われた剣から、まさか女の子が出て来るだなんて……」
振り向くと、龍蔵の背後で口元を手で押さえながら、目を見開くサクラの姿があった。
驚くのも無理はない。彼女より長い時を生きた拙者でさえ、このような経験をしたのは初めてなのだから。
それにしても、この漆黒の少女は何者なのだろうか。
彼女は龍蔵が刀に触れると同時に現れ、自らをかの有名な妖刀と同じ名である、千子村正と名乗っていたが……。
龍蔵は、その疑問を思い切って本人に尋ねてみる事にした。
「今そなたは妖刀の千子村正と名乗っておったが、そもそもそなたは何者なのだ? 刀に宿る怨霊か何かか?」
すると、少女は不愉快そうに眉をひそめる。
「怨霊などではない! そのような事まで説明せねばならぬのか!?」
「出来れば聞かせてはもらえぬだろうか。拙者の知る妖刀村正の逸話には、そなたのような愛らしい娘にまつわる話は無かったものでな」
「あ、愛らしい……!? 妾がか!?」
「ああ。まるで、どこかの国の姫君のようでござるが……」
──ただし、過度な露出はしているが。
その言葉を飲み込んだのが良かったのだろうか。彼女は菓子を与えられた子供のように、とても嬉しそうに笑っている。
「そうかそうか! そなた、女を見る目があるではないか〜! 流石は妾の家臣じゃなっ!」
彼女の機嫌が直ったのは喜ばしい事だが、龍蔵の疑問が晴れた訳ではない。
すると、黒衣の少女は祭壇に置かれていた刀を手に取り、それを龍蔵に差し出した。
「ほれ! 妾の家臣なのじゃから、丸腰では妾を護れぬじゃろ? ありがた〜く思いながら受け取るが良い!!」
しかし、自身を妖刀と呼ぶ少女からその刀を受け取るのは気が引ける。
サクラもこの刀は呪われていると言っていた。
ならば下手に触れるべきではないだろう。……もう遅いかもしれないが。
「すまぬがそれは受け取れない。その刀は、この村に伝わる秘宝だと聞いている。それを拙者が持つ訳にはいかぬでござろう」
けれども、龍蔵の言葉は彼女によってすぐに否定されてしまう。
「妾が良いと言っておるのじゃ。だってこの刀は妾じゃもん! 持ち主ぐらい本人に選ばせんか!」
「ちょっと待って! 貴女がその剣自身だっていうのは本当なの?」
ようやく気持ちが落ち着いてきたらしいサクラが会話に加わった。
サクラの問いに、村正が反応する。
「左様じゃ。妾は怨霊でも何でもない、刀に宿った魂そのもの……。よく言うじゃろ? 長く大切にされた物には、魂が宿るとか何とか」
「となると……そなたは
「そうそう、それじゃ! この村の者達が、何百年と妾を祭り上げてきた結果じゃろう。そんな感じで誕生した妾じゃが、家臣を必要とするのにはある理由があってじゃな……」
言いながら、村正は手にした刀を静かに鞘から抜き放つ。
その刀身はあまりにも美しく、ある意味で見る者に恐怖を抱かせるものだった。
しかし龍蔵は、その美麗さに見惚れると同時に違和感を覚えていた。
妖刀、呪われた刀と言われる千子村正──その一振りの
彼女は言葉を続ける。
「妾は妾を扱える家臣と共に、とある宿敵を
「宿敵、か……」
そう呟いた龍蔵に、村正はちらりと目を向けた。
「そなたにも、宿敵がおるのじゃろう?」
「……何故それを?」
「目を見れば分かる。どうしてもやらねば気が済まぬ……そう、宿命を背負っておる者の目じゃ。だからこそ、そなたは妾に惹かれ、手を伸ばしたのやもしれぬな?」
すると村正は、ニッと唇を三日月のように歪ませて笑う。
彼女の言うように、龍蔵にとって雲春高虎は今度こそ倒さねばならない相手だ。それを宿命と呼ぶのは、間違いでは無いだろう。
龍蔵も村正も、同じように決着をつけねばならぬ相手が居る。
(そのような二人がこうして巡り合ったのは、言うなれば──運命なのやもしれぬ)
「妾が見たところ、刀の扱いはかなり達者であろう? ならば妾がそなたの剣となり、そなたは妾の鞘となる……というのはどうじゃ?」
「それはつまり、目的の為に互いに手を取り合おうという事か?」
「その通り! 何せ妾は、持ち主がおらねばこの魔法陣から出る事は出来ぬ籠の鳥。そしてそなたは得物を持たぬ侍……いや、今は主君を持たぬのだから、ただの男か。妾のような素晴らしい刀には、そうそうお目にかかれぬぞ? どうじゃ、妾と協力関係を結ぶ気にはならんかの?」
村正の言う通り、彼女の本体である刀が、相当の腕を持った職人が魂を注いで造り上げた名刀なのは明らかだった。本人が自らを名刀と言うのも頷ける。
そんな村正のような見事な刀をこの手に出来る機会など、この世界ではもう一度巡ってくるかも分からない。
しかし、彼女の提案を前向きに考えていた龍蔵を止める者が居た。
他ならぬサクラである。
「ねえヒムロ、よく考えて。呪われた剣と協力するなんて危険だわ。この子は魔法陣から出られないって言っていたし、今からでもここを離れるべきよ。封印が解けてしまった事は、私から村の人達に説明するから。……ね?」
サクラの言う事も間違いでは無いのかもしれない。
彼女のように、まともな人間であれば妖刀と関わろうなどとは思うまい。
けれども、龍蔵の心は既に決まっていた。
龍蔵は、何とかして己を止めようとするサクラに告げる。
「そなたの忠告は最もだ。しかしな、サクラ。拙者はどうにもこの娘を独りにしてはおけぬのだ」
「でも、これでもし貴方の身に危険が迫ったらどうするの⁉︎ そもそも、貴方の宿敵って……」
「それにそなたの話では、村正を狙う輩がこの村を襲ったのであろう? 仮に村正を村の者に返したとて、また彼らの身が危険に晒されるのではないのか?」
「そ、それは……」
地上の村を焼き払い、家屋を破壊した犯人は捕まっていない。
サクラの情報が正しいのであれば、その犯人は村正を手に入れる為ならば、どのような卑劣な手段をも躊躇わぬ外道だ。
「村の者の許諾を得られるのであれば、拙者自らが村正を振るい、そして護ってみせよう。何せ拙者の腕は、妖刀のお墨付きでござる」
「うむ、こやつの言う通りじゃぞ! サクラと言ったか。妾はもうこんな地下に押し込められるのは我慢ならん! リュウゾウの望みが叶えられぬのであれば、この妖刀ムラマサが逃げ延びた村人共を呪っちゃうかもしれんぞ〜!!」
「……だ、そうだ。せめて、村人と交渉する機会を設けてくれるだけで良い。手を貸してはもらえぬだろうか? 運良く逃げ延びた村人達が呪われるのは、拙者も避けたいからな」
全く迫力の無い脅しに出た村正に、サクラは頭を悩ませているようだった。
サクラはまだ村正を警戒している。村正の手助けをしている龍蔵が言うのも何だが、少し心が痛む。
村人を呪うぞと言われれば、彼女も大人しく要求を飲むしかないだろう。
「……分かったわ。村の人達のところまで連れて行ってあげる。でも、本当に私はそれしかしないわよ。交渉は貴方達に任せるから」
「うむ! 妾とリュウゾウに任せよ! 妾達がバッチリ説得してみせるわ!」
「すまぬな、サクラ。そなたには何度も迷惑を掛けてしまっているな……」
「もうっ、どうなっても知らないんだから……!」
まだ出会って間も無い仲だが、サクラには本当にすまない事をしていると思う。
しかしこうして龍蔵と村正が出会えたのは、彼女のお陰に他ならない。サクラには是非ともこの恩を返さねば。
「さてさて、リュウゾウよ。今度こそ妾を受け取ってくれるじゃろう?」
「ああ。これから宜しく頼むぞ、村正」
何をすればサクラが喜んでくれるだろうかと考えながら、龍蔵は村正から鞘に収められた本体を受け取る。
すると、村正はこれまでに無い程の笑顔を浮かべてこう言いった。
「うむ……うむ! 妾の方こそ宜しくなのじゃ! 妾の力、思う存分振るうが良いぞっ!!」
この瞬間から彼らの前に待ち受ける激闘の日々が始まる事を、龍蔵は知るよしも無いのであった。
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