其の弐 黒き衣の妖しき少女

 サクラと名乗った娘と行動を共にする事になった龍蔵は、彼女の仕事を手伝うべく焼かれた村の中を歩いていた。

 彼女は剣を背負って、真っ直ぐに進んで行く。

 龍蔵もその後に続き、サクラが目指す場所まで移動を続ける。



 サクラの纏う衣服は、この世界では標準的なものらしい。

 龍蔵が生きていた世界では考えられないような露出の多いものを着ても、さほど羞恥心は無いのだという。

 龍蔵と同年代だろうと言っていたこの少女は、外見からして十七、ハといったところか。

 となると、龍蔵もそれぐらいの年齢まで若返った事になるのだろう。

 龍蔵と同じように髪を束ねた少女剣士は、村の奥にある丘の上までやって来ると、口を開いた。


「この村を襲った犯人は、ここにある秘宝を狙ってきたそうなの。どうにか逃げ延びた村人達は、自分が逃げるのに精一杯で、秘宝を持ち出す事は出来なかったらしいわ」

「その秘宝とやらが、この建物の中にあるのでござるな」

「ええ、そう。例え神に祈りを捧げる神聖な場所でも、奴らにとっては関係無いの。……さあ、教会の地下へ向かうわよ」


 丘の上には、白く清潔感のある建物があった。

 サクラが『教会』と呼んだ建物の内部は、村を襲った者達の手によってかなり荒らされていた。


 出入り口の両開きの戸は破壊され、壁にはめ込まれた陽の光を取り入れて七色に輝くステンドグラスも、無残に割れている。

 何らかの模様を描いたもののように見えるが、今はもうそれがどんな絵柄だったのかも分からない。

 しかしサクラはああ言っていたが、流石に神に祈りを捧げる場所に火を放つのははばかられたのだろう。下に広がる焼け落ちた村とは異なり、教会はしっかりと建物としての機能を残していた。


「建物としての原形は留めているけど、やっぱりここにも奴らが攻め込んで来ていたのね」


 奥のステンドグラスがはめ込まれた壁の下には、女性を象った石像──女神像が置かれ、その像はとても穏やかな笑みを浮かべていた。

 女神像に静かに祈れるよう、本来なら通路の両脇に木製の長椅子がいくつも並んでいたのであろう。外敵に蹴り飛ばされでもしたのか、綺麗に並んでいたはずのそれらは割れていたり、大きく列を崩している。

 右奥には、教会を管理していたであろう者達の部屋を発見した。

 やはりその中も荒れていたが、部屋の入り口に倒れていた棚が少し邪魔であった。


「ヒムロ、これどかしてもらえるかしら?」

「うむ、任せよ」


 それを押して通り道を確保すると、龍蔵が棚を動かしたせいでずれた敷物の下にあるものを発見した。

 敷物を捲ると、そこには取っ手の付いた扉があるではないか。


「これは……地下への隠し扉か?」

「探す手間が省けたわ。ナイスよヒムロ!」

「ない、す……?」


 この世界の言語には、どうやら龍蔵には理解出来ない言葉があるらしい。

 少しずつでも学んでいくしかないのだろうが、今はサクラの手伝いが優先だ。



 はしごの下は何も見えない暗闇が続いており、どれ程の深さがあるのかはここからでは確認出来ない。

 ひとまず、外を見回って外敵が居ない事は確認済みだ。中に何者かが潜んでいない限りは安全であろうが、まずはサクラが地下へのはしごを降りていく。

 得物を持たない龍蔵では、万が一の時に対処出来ないだろうとの彼女の判断だ。

 龍蔵は夜闇には目が慣れているので、しばらくすればぼんやりとではあるが、視界が確保出来た。


「結構暗い……というか、ほぼ真っ暗闇ね」

「壁伝いに進むか。何か灯りになるものでもあれば良かったが……」


 龍蔵とサクラの二人以外には他に気配は無い。壁に手を添えながら地下探索を続けていると、通路の角に出た。

 どうやらこの曲がり角の先にも通路があるらしい。

 すると、そのまま角を曲がって歩き出してすぐ、頭上から何かの光に照らされた。

 何事かと天井を見上げると、ぼうっと光る石が発光しているようだった。それは通路の先の方まで埋められているらしく、等間隔に石をはめ込んだ器具が吊り下げられていた。


「これは……?」

光石ひかりいしのランプよ。ここを通る人の魔力を感知して、自然に発光する鉱石を利用した道具……なんだけど、ヒムロは見た事が無かったみたいね」

「あ、ああ……」

「ほんと、世間知らずにも程があるんじゃないかしら……」


 世間知らずというより、この世界をよく知らないのだから仕方あるまい。

 龍蔵があの天女によって新たな生を手に入れた者だと真実を打ち明けたとして、サクラは納得してくれるのか。

 それを告げて頭のおかしい男だと思われるか、このまま世間知らずの田舎者だと思われ続けるか──どちらにしろ悲しい二択を迫られている。


 気を取り直し、龍蔵とサクラはその灯りを頼りに通路を進む。

 すると、奥には奇妙な小部屋があった。

 部屋の中央の床には複雑な模様が描かれており、その上に小さな祭壇がある。

 そこには一際目を惹く美しい刀が一振り置かれていた。


「このような地下に、何故刀が……?」

「村に古くから伝わる珍しい剣らしいわ。これ、カタナっていう剣なの?」

「ああ……。拙者の知る刀と同じであれば、でござるがな」


 何も持たない拙龍蔵にとって、その刀はこの先必要になってくるものだろう。彼の愛刀はこの世界には持ち込めなかったのだから。

 だが、サクラが言うにはこの刀は村に伝わる秘宝だという。これを勝手に己の物にしてしまうのは無理というもの。

 ならばせめて、その刀身を一目で良いから見てみたい。これほどまでに見事な刀に、侍としての魂が疼いて仕方が無かった。


「サクラよ、ほんの一時で良い。この刀をよく見てみたいのだが……」


 龍蔵は、その刀に手を伸ばす。


「だ、駄目っ! その剣は呪われていて、きちんとした手順を踏まないと──」


 サクラが止めるよりも早く龍蔵の手が触れた、次の瞬間。

 外から入る風などどこにもないというのに、前方から突風が吹き荒れる。


「なっ……!?」

「きゃあっ!」


 突然の出来事に戸惑っていると、強風の中で少女の歓喜の声が響き渡った。


「ああ、やっとわらわを扱う者が現れたか……!」


 二人の目の前に突如として現れた、声の主。

 その少女は、夜を纏うような滑らかな黒の長髪に、闇を宿したすみれ色の瞳で龍蔵の顔を見上げている。

 いつの間にか弱まってきた風は、微かに少女の髪を撫でて止まった。


「そなた、名を名乗るがよい。そなたはこれより、妾に仕える家臣なのじゃ。妾は主君なのじゃから、家臣の名くらいは覚えておかねばならぬじゃろう?」


 謎の黒髪の少女は、こちらに期待を込めた目を向けている。


「家臣……とは、拙者の事にござるか?」

「そうじゃ。この妾を手に取ったからには、例え誰であれ妾の家臣として仕える義務があるのじゃ!」


 そう言って、少女は不敵な笑みを浮かべた。


(この娘、一体どこから姿を現した……? それだけではない。この過激な着物は……)


 赤い花のような髪飾りは良いとして、龍蔵が違和感を覚えたのは彼女の服装の方だった。

 日本の着物によく似たものだというのは理解出来る。黒を基調とした上質な布に、紅く鮮やかな彼岸花が大胆にあしらわれていた。

 だが、袖の部分が独立し肩を露わにしており、本来であれば隠れているはずの白い脚までもが、惜しげも無く曝け出されていたのだ。

 それに困惑しているのが、少女にも伝わっていたらしい。


「この恰好が珍しいのか? わ、妾は、これが可愛いと思って顕現したのじゃが……」


 少し沈んだ声でそう告げた少女。


「似合って……なかったかのぅ……」


 少女はしょんぼりと眉を下げながら、龍蔵にそう尋ねた。


「そ、そのような事は思っておらん。そなたによく似合っている……と、思うが……」

「な、何じゃ……?」

「……いや、本人がそれで納得しているのであればこれ以上は何も言うまい。それがこの世界での流行りというものなのでござろう?」

「た、多分そうじゃ! とにかく、似合っておるんじゃな? おかしくないんじゃな、この着物! それならとっても安心じゃ!」


 龍蔵の言葉に元気を取り戻した少女を見て思う。

 彼女は不思議な少女ではあるものの、今すぐ己に害をなすような相手では無さそうだ。そこまで警戒せずとも良いだろう。


「家臣がどうという話はよく分からぬが、名を名乗るのは礼儀であろう。拙者は氷室龍蔵。この世に蔓延はびこる魔物とやらを斬り伏せ、己の剣の道を極めるべくこの地にやって参った者にござる」


 それを聞いて、少女は満足そうに頷いた。


「ヒムロ・リュウゾウ……覚えたぞ。それでは次は妾が名乗る番じゃな! 妾はムラマサ──古来より妖刀と恐れられし、センゴ・ムラマサじゃ!!」

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