第10話迷子のお供をするにあたって・9
「さて、残りはお前だけだが――どうする? 降参する? 下手に抵抗しなければ痛い目みずに済むかもよ」
一人になった盗賊のカシラに向けて言い放つ。
たった今、無抵抗の者を後ろからの殴りつけたヤツの台詞とは思えない箇所が身受けられるが気にしてはいけない。
少しの沈黙が暗闇に広がる。
『チッ! わっーたよ。降参だ、降参』
気だるげに両手を掲げ、忌ま忌ましそうに吐き出すカシラ。
そうして、少し俯くと小さく溜め息をつき――
『なんて言うと思うのかよ』
俯き加減だった頭を持ち上げ、ニヤニヤとこちらを馬鹿にする様に吐き捨てた。
それから、素早く懐から何かを取り出すと、取り出した何かを持ったままこちらに見せつける様に手を広げた。
ちょうど松明の灯りが影を作り暗くて良く見えないが、石の様にも見える。
何かは判らないが、直感でヤバそうだと感じた俺が相棒に合図するより先に、カシラの手の中で石がボンヤリと輝き始めた。
輝いてる為か先程よりハッキリと見えるソレは、どうやら複雑な模様が施された石で、その模様部分から光りが漏れだしている様だ。
そうして生まれた光りは、まるで煙の様に空気中を漂い始める。
漂い、集り、形を成していく。あれは――
「レイスだ!」
俺がそれを認めて叫ぶと同時。プチが空気中を漂ようソレを目掛けて猛突進を開始。
一瞬だけヒンヤリとした空気の層に触れる様な感触を全身で味わった後、レイスの身体を空気の様にすり抜けて地面へと着地した。
「駄目か……」
背後を素早く確認してそう漏らす。
『はっはっはっはっ! レイスにそんな攻撃が効くかよ!』
カシラが笑い、勝ち誇る様に叫ぶ。
まさかレイスなんてものを持ち出して来るとは思いもしなかった。たかが盗賊と嘗めた罰だろうか。
レイス。
言ってしまえば幽霊である。実体がなく、物理的な攻撃を一切受け付けないのが特徴だ。そのくせ、向こうはこちらに干渉して来れるのだから納得しかねる。
レイスの誕生は何百年も前の事だと聞いている。
長い歴史の中で、人と魔獣は常に生き死にの戦いを繰り広げてきた。終わりの見えない不毛な争い。
魔獣とは元々、タダの獣だったものが魔を宿す事で変異し、誕生した生物である。
いつ、どこで誕生するか判らない。発生を防ぐ手立てもない。
数も多く、時には万の大軍となって一国を呑み込み、破滅させる事もある。今まで一体幾つの国が滅んだか判らない。
そんな現状を憂いたとある時代の魔術師が、対魔獣の魔力兵器として生み出したのがレイス。そう、アレは人工的に作られた幽霊なのだ。
魔術師の執念によって生まれたレイス。その兵器としての力は強く、人の力では到底抗えない様な幾多の魔獣を打ち破り、人々の大きな助けとなった。
だが、強過ぎる力は向ける矛先を間違うと諸刃の剣となる。
制御に失敗したレイスの暴走により、多大な被害と悲劇が幾度もなく続き、今では大抵の国でレイスの召喚は禁止となっている。
人を守る為の兵器が人を殺す。なんともやりきれない話だ。
まぁ、それを言ったら剣や弓なども同じなのだが、それは扱う人次第。人工幽霊のレイスに意思があるかは知らないが、少なくともレイスは人の手に余る代物なのだ。だからこそ禁止された魔術。
「お前、それがどういうモノか判ってて使ったのか? お前にレイスが作れるとは思えないし、大方、どっかで眠ってた魔道具でも盗んで手に入れたんだろ?」
『ハッ、つえーだけじゃなく、魔獣のくせに喋るし知恵もあるなんざ反則だろ? ならこっちも反則だ。反則には反則ってな』
「アホめ」
『アァ?』
「レイスのエネルギー源は魔力だ。保つには魔力を補充してやる必要がある。お前、魔法は?」
『んなもん使えるわけねぇだろ』
「――御愁傷様」
訳が判らないと言った表情で顔をしかめたカシラが『はぁ?』と漏らした直後の事であった。
カシラの横でふわふわと浮かんでいたレイスが、まるで布が覆い被さる様にカシラへとへばりついた。
『冷てっ! 何しやがる!?』
カシラは叫び声を上げながらレイスを引き剥がそうともがくが、腕は実体のないレイスをすり抜けるだけでどうにもならなず、その間にもジワジワとレイスがカシラの身体を包んでいく。
『さ、寒い……体が……なぁ、おい、やめろよ……』
懇願する様に言うカシラは、寒さの為か徐々に身体の動きが鈍り始める。振りほどこうともがいていた腕は、ほとんど上がらず上半身だけを捻って反抗する。その足元もフラフラとして今にも倒れそうだ。
レイスの維持には魔力が必要。言わば魔力兵器を扱う為の対価だ。
その対価が支払われなければ、レイスは自らを維持する為に強制的に取り上げる。差し押さえられるのは生命力。魂といっても良いかも知れない。
魔力も捧げずにたった今生まれたばかりだ。さぞ空腹だろうよ。
「アキマサ、乗れ!」
カシラが半強制的で滑稽なダンスを踊る中、アキマサの傍まで駆け寄り、告げる。
『え? あ、はい』
カシラとレイスを惚けた様に眺めていた意識をこちらに移したアキマサが応え、素早くプチの背へと跨がった。
プチの背に跨がった後、アキマサは一度だけ、気絶し、手足を縛られたままの盗賊達に目をやった。
『盗賊どうします?』
「ほっとけ。これも悪い事した罰だろ」
そんな短いやり取りをしてから村長達のいる広場まで下がる。
「すまない。少し不味い事になった」
広場に到着するなり、そのばに居た人々にそう告げる。
『こちらからも見えておりました。アレは一体なんなのです』
と、村長。
「あー、そうだな。簡単に言えば魂を食う幽霊だ」
俺の言葉に広場が大きくざわつく。そりゃそうだ、盗賊の脅威が終わらぬ内に次は幽霊だ。もう何に驚けば良いか俺にも判らん。
『幽霊って事はやっぱり……』アキマサの問い掛け。
「ああ、アイツには触れない。さっきすり抜けたの見ただろ?」
アキマサに返答した後、村人に目を向けて尋ねる。
「一応聞くが、この村に魔法を使える者は?」
『おりません』
村長が即答、周囲の者達も一様に首を横に振る。
「まぁ、普通そうだよな」
王国ならいざ知らず、こんな辺境の小さな村に魔法を扱える者がいるわけはない。
物理的な干渉を受けないレイスに対抗するには魔法しかない。
ないのだが、俺もプチもそんな上等なモノは使えない。アレに対抗する手段がないのだ。
参ったな。
逃げるにしたって、老人や子供が逃げきれるもんでもないだろうし……。
『魔法ならば、アキマサ様が扱えるのではないのですか?』
俺が考え事をしていると、一人の男がそう言ってアキマサを見た。
『あ、いや、俺は……』
期待のこもった村人の視線を浴びて、アキマサがしどろもどろでどうしたものかとコチラを見た。
あぁ、そうか……。魔獣使いだから、魔法で魔獣を使い魔にしてるとか思ってたのか。そこまでは設定考えてなかったな。
実際、使い魔でもなんでもないのでアキマサが魔法なんぞを使える訳がない。つまりこの場に魔法を扱える者はやっぱり0。魔法でなくとも、せめて魔道具の一つでもあれば――
「あっ……」
すっかり忘れてた。
プチの体毛から顔を出し、後ろにいたアキマサの眼前まで迫る。
突然、場に現れた俺の姿に広場が僅かにざわついた。ずっと隠れていたので無理もないが、そんな事は後回しだ。
打開策の発見にちょっとテンションが上がってうっかり飛び出してしまっただけなので、ソッとして置いて欲しい。
「よし、アキマサ。剣を抜け」
アキマサの顔を至近距離で指差し、そう告げた。
『剣を? ですがこれは……』
「大丈夫だ」
『いやいや、昨日も言いましたが、扱ったことが』
『お、おい! アレ見ろ!』
アキマサとやり取りをしていると、横からそんな言葉が割った入る。
それを発した村人が指差す方へと目をやると、丁度レイスが気絶したまま地面に転がる盗賊の上でユラユラと揺れている場面であった。
「食欲旺盛だこと」
おそらく、俺達がやり取りしてる間に盗賊達を食ったのだろう。
人と同じ程度のサイズであった初期の頃よりも、遥かに身体が大きくなって、うっすらとお情け程度に判別出来ていた顔立ちも何だかちょっとおっかない顔になってしまっていた。
きっと悪そうな顔の奴らを食ったので悪そうな顔になったに違いない。
【妖精譚】勇者のお供をするにあたって 佐々木弁当 @sasakibento
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