第9話迷子のお供をするにあたって・8

 それは真夜中に訪れた。

 綺麗なお姉さんとキャッキャウフフな夢を見ていた俺が、スゲー良いところ、本当、スッゲー良いところで目が覚めた。理不尽だ。


 俺は理不尽の原因を探るべく、相棒と不安気なアキマサを伴い家から急いで外へ出る。そのまま騒ぎのする方へと向かう。

 村長の家の前はちょっとした広場の様になっていたのだが、そこに、身を寄せ合い、農具で武装した男性達の姿が見てとれた。

 対戦相手は畑かな?


 なんとなく察しはついていたが、一応の確認に為、男達に混じって広場にいた可愛らしいお姉ちゃんに「何事?」と声を掛けてみた。おっぱいが大きい。


 可愛らしいお姉ちゃんは俺、と言うかプチを見てギョッと驚愕の表情を浮かべ固まってしまった。いきなり背後から声を掛けられ、振り向くと目の前に大きな魔獣がいる。お姉ちゃんじゃなくてもビックリしたに違いない。間違っても、おっぱいを凝視してしまったのがバレて、軽蔑の眼差しで固まっているなんて事は無いはずだ。


 固まったままのおっぱいにもう一度「何事?」と尋ねる。

 固ぱいはハッと我に返り、『と、盗賊です!』と急き立てられる様に答え、上下に揺れた胸がウンウンと頷いて同意、肯定した。


 良かった、来てくれた。

 こんな事を思うのもどうかと思うのだが、正直者で通っているので正直に盗賊の襲撃を喜んでおいた。


「そいじゃあ、盗賊の顔でも拝みに行こうか」

 隣のアキマサに伝える様にデカイ独り言を呟いて、今居る広場の先、少し距離があるが、暗闇の松明の中にあっても目立って見える白髪混じりの頭髪と図体の良さそうな数人の後ろ姿へと視線を向ける。

 村長と取り巻きだろう。


 その集団に向けて数歩走って、頭上を飛び越える。そうして、集団の前に大地に降り立つ。


『な、なんだ!?』

『魔獣だ!』

 そんな声をあげたのは村長達ではなく、その対面。悪そうな顔した奴は大体悪者を地でいく盗賊達であった。

 おーおー、悪そうだ。悪そうな顔だ。

 悪い奴等がひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ――――15人。ナイフや剣、どれもが全員、切ったり刺したり殺したりする武器を持っている。誰一人として料理人には見えないが『へへっ、じっくり料理してやるぜ』くらいは言ってくれるに違いない。


 俺達に少し遅れて、村長達をかき分ける様にしてアキマサがやってくる。

 そんなアキマサの第一声は『すごい。盗賊っぽい』という感動を乗せた言葉であった。

 その台詞はちょっと不謹慎な気もするが、俺も同じ様な事を思っていたので心の中で頷いておいた。


『村の人は下がっていてください』

 アキマサの声に、『宜しくお願いします』と村長が告げ、それから広場の方へと後退していった。

 それを見送った後、

『魔獣使いのアキマサだ。お前らの相手は俺達がする』

 アキマサが盗賊に向けて用意されていた台詞を投げる。緊張か怖いのか、若干声が上ずっていた。


『魔獣使いだぁ~? チッ、村の連中め、護衛を雇いやがったか』

 盗賊の一人、最も前に居た目のつり上がった人物が忌ま忌ましそうにそんな言葉を吐く。


『どうしますー? おかしらー』

 間延びし、少し馬鹿にした口調でハゲが言って、吊目の男に視線を送った。


『当然、続行する。この人数だ。魔獣の一匹や二匹、どうにでもなる』

 吊目を細く歪ませて、下卑た笑いを浮かべる盗賊の頭。

 その頭の言葉と手の仕種を合図にして盗賊達が頭同様の汚い笑顔を顔に貼り付けて、『へへ、悪く思うなよ』『じっくり料理してやるぜ』なんて事を言いながら、ゆっくりと広がり始める。

 どうやらこちらを囲むつもりであるらしい。


 まぁ、ヤル気があるなら良いだろう。一人たりとて逃がすつもりは無かったが、プチの姿を目にして撤退、となる事も予想していたゆえ向かって来るなら追い掛ける手間も省けて楽である。

 ただ――――ゆっくり囲まれるのを待つ程、暇でもない。早く夢の続きが見たいんだ俺は。

 プチの背中を軽く叩いて合図する。簡単なお仕事。


『え?』

 そんな間の抜けた呟きが聞こえた気がしたが、その声を出した帳本人から何らかの続きの言葉は聞こえて来る事はなかった。

 彼はいま、プチの足の下で絶賛気絶中であるから。


 プチは器用に気絶した男の服を咥えると、ゴミでも放る様に男をアキマサの足元まで投げる。

 ちょっとおっかなびっくりビビりながらも、既に気を失い、抵抗してこない男にはめっぽう強いアキマサ君が、あらかじめ用意しておいた縄を使って男の手足を縛っていく。

 そんなアキマサから視線を外し、周囲の盗賊達に目をやると、全員が全員、仲間が縛られるさまを静かに見守っていた。

 助けようとか、襲いかかろうとか、そういったやるべき事を明日に持ち越しそうな態度である。

 仲間が一瞬でやられて縛りあげられる、というあんまりな早業に忘れてしまったのだろう。色々と。


『何を呆けてやがる! さっさと片付けろ!』

 吊目の怒号が飛ぶ。余裕をチラつかせていた薄ら笑いは消えて、変わりに吊目が更につり上がって憤怒の表情になっている。いい加減目が縦になるんじゃないかと心配になる程だ。いや、むしろ見てみたい。


 怒号によって呆けていた盗賊達が先程までの緩慢な動きが嘘の様な機敏さで再びこちらを包囲しようと動き出す。

 場慣れしているのか淀みもなく素早い。


「おせぇよ」

 告げた時には、気絶者が一名追加されていた。プチのすれ違い様の一撃で事態の把握もままならぬまま意識を狩られる。

 いくら場慣れしてようが素早かろうが、相手が悪かったな。

 森で出会ったあの女性兵士は別にして、プチより速い奴はそうそういるもんじゃない。あの兵士が凄過ぎただけだ。


 二度の交戦。一度目は油断もあっただろう。だが、二人目が戦線離脱したここにきて盗賊達に焦りが見え始めた。

 それを含めて、やっぱおせぇよお前ら。


 そこからは、切りかかって来る者、逃げ腰の者、ただ悲観する者と様々だが、周囲の盗賊に押し寄せる未来は一律して同じ。

 中にはプチの一撃で気を失わないタフネスも居たが、下手に丈夫な体の持ち主は追撃の二撃目を余分に浴びる羽目となる。

 プチが気絶させ、それをアキマサが縛りあげていく。

 もはや戦いにすらならない流れ作業。鮭を捕る熊のごとし。


 頭を除いて14人居た盗賊達は、あっという間に残り二人。むしろ縛る役のアキマサが追い付いていない位。

 完全に戦意を喪失したであろう盗賊の眼前に立つ。俺がそっちの立場なら、その威圧感、重圧感は半端なものではないだろう。

 プチが正面に立った途端、その盗賊は何かを諦めた様な表情を作り、目をきつく瞑った。

 美女ならばキスまで5秒前のドッキドキのシチュエーションだが、残念ながらイカツイおっさんだ。キスなんてしてやらない。

 しばらくおっさんのキス顔を眺める。良い気分ではない。


 中々やって来ないを不審に思ったおっさんが確認の為ゆっくりと目を開け、開けたところで正面からスナップを利かせたきついプチパンチが炸裂。そうして、オゴォ、と鼻だか口だかからそんな空気を漏らして、おっさんは膝から崩れ落ちた。


 そして、最後の一人。背後に居た盗賊を見る。

 プチと目があった途端にその盗賊は、武器を地面に捨てて、両手を上げるとそのまま自分の足でアキマサの元へと向かった。観念したのだろう。


 念の為、後頭部をどついておいた。

 降参した者にも容赦しない俺達。そんな無慈悲なる者の耳に、アキマサの『酷い』という小さな呟きが届いた。

 

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