第8話迷子のお供をするにあたって・7
「方針が決まったところで、頼みがある」
村長に向けて言葉を紡ぐ。
『なんでしょうか?』
「色々と準備をするのに、何処か適当な部屋を借りたい」
『ああ、それでしたら空いている家がありますので、すぐに御用意致しましょう。それと、お口に合うかは判りませんが、もしまだでしたら食事も御用意致しますが?』
プチとアキマサを交互に見て、村長がそう提案してくる。
食事と聞いた途端に、アキマサの腹がキュ~と鳴って、今の今まで無関心だったプチの尻尾がピコピコと小刻みに揺れた。自分の欲求のベクトルに正直な奴等である。
それから、言葉通り、すぐに空き家を提供されて、間を置かずして食事をご馳走になった。
今回の王国までの旅にあたって、袋につめた果物なんかを持って来てはいるが、果物だけでは満足感に欠けるのだろう。プチとアキマサは用意された食事をあっという間に平らげ、両者ともに満足そうだ。
俺の分はない。だって隠れてたもの。
別に肉が食いたいとも思わないので、持って来た果物を適当に齧って終わりにした。不要な猜疑の目や追及、そんなやり取りを含めて面倒事を処理してまで食べたい物ではないのだ。
と言うか、果物だってこんなに上手いのに何が不満なんだ? 基本ベジタリアンな俺には肉食の奴等の気持ちは判らん。
無理はしたくないけれど、ふふんと小粋にうんちくを語るのは好きなので、植物の有用性についてレクチャーでもしてやろうかと思っていると、
『俺が戦うのかと思ってドキドキしました』
と、腹も膨れ、あわやの事態を回避したアキマサがとびっきりの笑顔で紡ぐ。
その言葉に悪戯半分で、
「お望みなら代わってやるぞ?」
と言って笑ってみせる。
『いえ、間に合ってます』
返って来たのはやっぱりな答え。
勿論俺も、本気で代わってもらおうなどとは思っていないが。
そうして、一通り笑いあった後、
『来ますかねぇ……盗賊』
と、アキマサが独り言みたいに呟く。
「さぁな。村人達の手前ああ言ったが必ず来るとは限らない。もしかしたら、別の目的かも知れないし、そもそも盗賊じゃないかも知れない」
『え? そうなんですか? それ来なかったらどうするんです?』
「その時は、お前が嘘つきになるだけだ」
『えぇ……』
「別に良いだろ? どうせこの世界の知り合いなんて俺くらいしか居ないんだし」
調子を変えずにあっけらかんと言い放つ。
『それはそうですが、あとあと……。あ~、それを早く聞いてれば、偽名を使ったのに』
「ああ、その手があったか」
とても浅い謀略の末、ケケケと笑って軽く流す。
それから、ガックリと首を落として項垂れたアキマサが、急に首を持ち上げて、こちらに顔を向けた。復活したゾンビの様な仕種。
『いっそ、こちらから乗り込んで締め上げる、というのはどうでしょう? アジトの場所は判ってる訳ですし』
「俺は構わんが、盗賊かどうかまだ判らんのだぞ? 違ったら、お前は嘘つきを通り越して犯罪者だ」
『……確かに』
「仮に盗賊だとしても、まだ何もしちゃいないからな。捕まえたところで、御尋ね者の賞金首でも無い限りすぐ解放されるだろうし、賞金首だとしても、俺はそういった情報を持ってない。確認の取りようがないんだ」
『じゃあやっぱり?』
「待つしかないな。来る事を祈りながら」
『はぁ……。――――悪者が来る事を期待するってのも、人としてどうなんでしょうね?』
「そうだな」
言って笑いあう。それも可笑しな話だ。
それからしばらくすると、数名の供をつれた村長がやって来た。
大衆迎合ぜんとした集団生活が苦手で、人との距離を置く内に、人との接し方を忘れた森に棲んでる内気な何とかさんである俺が、プチの背中に隠れた事を確認した後、アキマサが中へと招く。
こうやって逃げて行って、更に出口は遠のいて行くのだ。人に囲まれるゴキゲンな生活への道は険しい。もっとも、明るい諦めと、爽やかに開き直る力が強大ゆえ特にそんな生活を求めてはいない。
アキマサが用件を尋ねると、どうやら盗賊についての意見が聞きたいのだそうだ。
アキマサ君、出番です。
『何名いるのかも判らない、という事ですか……』
アキマサの話を聞いた村長がそう口にする。
当然、村長の来訪、及び、いくつかの質問は事前に想定していたので、アキマサとは既に打ち合わせ済み。
俺が喋っても良いのだが、使い魔設定の俺があまりしゃしゃり出るのもオカシイ気がする。だからこそアキマサの出番。だからこそ事前の打ち合わせ。
アキマサはそれらを思い出しながら、されど不自然にならない程度にはスラスラと村長の質問に答え、時には自分の意見を述べていた。
『そうですね。見張りらしき人が三人いましたから、最低三人いる事は間違いないですが……』
そこまで告げて、アキマサがこちらに目をやる。
その目に促される様に、俺も口を挟む。アキマサが散々口を動かしたので、今なら多少口を出しても不自然には映らないだろう。
「小さいとはいえ、村を襲うのに三人という事は無いだろう」
『そうで……そうだな。プチの言う通りだ』
使役している相手に危うく敬語の出かかったアキマサが、誤魔化す様にブンブンと不必要な程に首を縦に振る。
『で、あるならば……やはり、私共の方からも腕っぷしの強い者を出す必要がありましょうか?』
「いや? いらん」
少し渋る様に告げた村長に、ハッキリといらないと伝える。
『ですが……』
「先程も言ったが、盗賊はワレが相手をする。手助けは不要。むしろ邪魔だ。盗賊ごときが何人集まろうと、ワレの敵ではない。それにいざというときは主もいる」
『そ、そうですね』
急に話しを振られたアキマサが、役も忘れて敬語で同調する。なんともアドリブに弱い大根な男である。
「手助けはいらんが、万一に備えるに越した事はないだろう。今夜は出来るだけ村人を一ヶ所、ないし、近場に集中させて集めておくと良い。村中に分散しているよりは、こちらも守りやすい」
『なるほど。では、私の家を中心に避難させる事に致しましょう』
「頼む。出来るだけ自然にな。向こうがこちらの様子を伺っている可能性もある」
村長は、分かりましたと一言告げてから、来た時と同じ様に供を連れて去っていった。
村に入る際に、派手な入場を果たしたのでそれも今更な気がしないでもないが……。あれを見られていたら盗賊共が警戒して来ないかも知れない。浅はかな閃きと重厚な自尊心の先にあった痛ましい悲劇。
終わってしまった事なので、もはやその件につきましては見ていない事をお祈りする事しか出来そうもありません。
『何だか、どんどんドツボに嵌まっている気がします』
村長達が去った後、堅く閉じた出入口の扉を見つめながら肩を落としたアキマサが、独りごちた。
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