第7話迷子のお供をするにあたって・6

 何度か休憩を挟みつつも、順調に進む。

 まばらに頭上を覆う木々の葉の天井から覗いていた緑と青。二色の彩りが緑と赤へと移り変わり始めた頃。夕暮れ刻。

 その頃になって、見える物は相も変わらず木々であったが、森は徐々にその形式を変えて山と呼ばれる佇まいへと変わっていった。


 森の北部に聳える山々。

 これを越えれば目指す村まではすぐである。

 山といっても大した山ではない。プチの脚なら然程に時間を掛けずに越えられるだろう。

 本来ならば夜の山など危険であろうが、野性味溢れ鼻が利く俺の相棒を前にそんな危険など在って無い様なものだ。

 むしろ、このまま夜の内に訪れ村に泊まるか、野宿してから朝に村を訪れるか。どちらが良いのか。そちらの方に頭を悩ませる。

 朝と夜。警戒心を煽るのは夜であろうが、珍妙な服装をしたアキマサならばいつ行っても大差無いのではなかろうか……。


 不意にプチの脚が止まった。


「どうかしたか?」

 一応尋ねるが、どうかしたから止まったのであろう。愚問である。

 とにかく止まった理由を探らねばなるまい。そう思い、後ろのアキマサに振り返る。キョトンとしているアキマサの顔があった。

 口元に手を当て、仕草だけで静かにする様に促した後、プチの背中を軽く叩いて問題があると思われる場所への誘導をお願いする。

 その合図を受け、プチはゆっくりと、音を気にしてかいつもより慎重気味に歩を進めた。


 そこから時間を掛けて進んでいくと、ボンヤリと光る灯りが遠くに見え始める。

 更に進む。

 そうして、草と夜の暗がりを隠れ蓑に、灯りの形がハッキリと認識出来る距離まで近付いた所で問題の所属地点が浮き出てくる。



「こりゃ盗賊だな」

 しばらく観察した後、声を殺したままそう口にする。


『盗賊……ですか?』と、やはりこちらも声を殺したアキマサ。

「ああ、武装してるし、何より顔が、俺、盗賊って顔してるだろ?」

 冗談めかしてそう告げる。


『それは……ちょっと分かりませんが』

 冗談なのか本気なのか判りかねたアキマサが苦笑いで返してくる。

「見た感じだとアジトってヤツだろう。ようするに、こんな山ん中に住みついてる奴らはまともな奴じゃないって事さ」

 森住まいの自分を棚に上げて、そう明言する。

 見えていた灯りは洞窟の両脇に掲げられた松明で、その洞窟の入り口前に見える三名の人物は見張りってとこだろう。

 こちらに顔が向いている1名の顔しかハッキリと確認出来ないが、そいつは何とも悪い顔したスキンヘッドの男。あれが聖職者だとは思えない。独断と偏見で盗賊だと決めつける。

 悪い奴の友達は大体悪い奴である。独断と偏見だ。


『どうするんです?』

 やや不安そうな声色でアキマサが尋ねてくる。


「別にどうもしないよ。わざわざ盗賊に関わる必要はないさ」

 とは言うが、相手が盗賊だと思った俺の次の思考は、アイツらから服を奪ってしまおうか、というもの。どっちが盗賊だか分かりゃしない。

 無論、実行に移すつもりは無い。未遂だ。

 十中八九盗賊だとは思うが何の確証もない。違ったらエライ事である。ゆえにノータッチ。


「ただちょっと気になるな」

『と言うと?』

「ここは村にわりと近い」

『あ~』

 俺が言わんとしている事を理解したのか、アキマサが何かを悟った様な声を出す。


「まぁ、アイツらが本当に盗賊ならの話だけどな」

 小さく肩を竦めて言う。

 そう、盗賊が一仕事するならば村から近過ぎず遠過ぎないここは良い隠れ場所だ。

 俺達は反対側から来たという事と、プチの鼻のお陰で見付けられただけで、大きな岩影の裏に位置するこの洞窟の灯りは、村の方向からだと見えないだろう。逆に隠れ簑にもなっているその岩を少し登って見れば、遠目だが村の様子は一望出来る。そんな場所。


「決めた」

『え?』

「野宿はせずに、このまま村に行こう。恩は着せられる内に着せて置けば、後の話がスムーズだ」

 意味が判らないと疑問符を頭に貼り付けるアキマサを余所に、俺は意地悪そうにケケケと小さく笑った。







 村の入り口にあたる場所。

 夜の暗がりの中、僅かな灯りに照らされた数名の人影があった。

 知る顔の無いその中に、一人だけ知った後ろ姿の人物がいる。

 それはアキマサの後ろ姿であり、交渉する村の男達の姿であった。


 そんな人々の小さな群れを木々と草の影から息を潜めて眺めているのは俺とプチ。

 別に何をしている訳でもない。しいて言うならば、アキマサの合図を待っている。雑多な舞台の道化な役の滑稽な出番。その合図。


 恩は売れる時に売るのが良い。そこに多少の演出を加える事でより効果が高まるというものだ。悪い事をする訳ではないので、それ位は許されるだろう。

 そんな風に言った後、訝しそうな表情をするアキマサに幾つかの指示を出しておいた。

 そんなに難しいモノでもない。ただ、ちょっと、芝居が終わった後にアキマサという人物の評価のハードルが上がるかもしれないが……。


 ここでアキマサからの合図がかかる。

 なんとも不器用な指パッチン。パッチンというよりシュカッって感じ。まぁ合図と判れば何でも良いが……。


 その合図を受けて、草むらから黒く大きな四肢を持ち、真赤に光る目をした一体の魔獣が飛び出した。

 不必要に大きな音を立てて眼前の大地へと着地したソレに、村人達は声を出す事も忘れて驚愕する。

 そんな村人達を更なる驚愕が襲う。


「お呼びか、あるじ

 しゃ、しゃ、喋ったぁぁあー!

 そんな声が聞こえそうで聞こえない。発声気管の麻痺した村人達はただただ驚愕の表情で口をパクパクとさせ続けていた。


『え~……っと、これで信じて貰えました?』

 僅かな照れと、呆れを乗せたアキマサの声。

 そんなアキマサの問い掛けに、村人達は顎が外れた人形みたいにカコカコと首を何度も縦に振った。


 ここまでは台本通り。掴みはオッケー。

 単純にして明快な芝居。

 派手な自己紹介から始まり、盗賊退治で万々歳の大団円。

 恩というのは売る為にあるのだ。


 戦々恐々とする村人達に連れられて、村の村長宅へと案内される。

 まだ陽が暮れて浅い為か、ほとんどの住人が起きており、女も子供も老人も、みな一様に大きな不安とほんのちょっとの好奇心とが入り交じった視線を、案内される俺達に向けて送っていた。


 好奇の眼に晒されながらも少し歩くと、他の家々より少し大きな家の前に辿り着く。

 その家の前には案内する男達とは別に、数名の男達が待っていて、その内の一人、その顔は白髪が混じる髪にあった年齢を感じさせつつ《ルビを入力…》も、体格の良い初老の男がこちらに歩み出てくる。


『はじめまして、旅の方』

 初老の男はそう挨拶した後、自分がこの村の村長だと告げた。


『はじめまして、アキマサと言います。で、こっちが使の――――』

「プチだ」

 アキマサの台詞を引き継ぐ形で、名前を口にする。

 途端に村人達は驚いた表情を見せる。


『人語を介する魔獣など初めて見ましたな』

 驚きと不安を混濁させたままの村長が言う。


『まぁ、驚くのも仕方無いとは思いますが、心配せずとも、プチは俺の使い魔です。危険はありません。どうか安心してください』

 やや大袈裟な手振りで、どこか芝居じみた口調のアキマサが返す。


『このような禍々しい魔獣を使役してしまうとは、さぞかし高名なお方であると御見受け致します。しかし、申し訳ない。なにぶん辺境の村ゆえ御高名を知らずご無礼を』

『ああ、いえ、お気に召さらず。この大陸に来たのは数日前ですし、魔獣使いのアキマサ、なんて名乗っても知らない人の方が多いですよ』

 言ってアキマサが小さく笑う。苦笑い。


 そう。そういう設定のそういう役だ。

 魔獣使いのアキマサ。知らない人が多いどころか、ついさっき初めて名乗ったばかりだ。知ってる人がいたら逆にビビる。

 ちなみに俺はプチの体毛に埋もれたまま。姿を見せても面倒臭いだけであるから……。


『それで、アキマサ様。本日はどういった用件でこの村に? 村の者が言うには、盗賊がどうと話して居られたとか……』

『ええ、ここに来る途中に盗賊のアジトらしきものを見掛けまして――――』

 そう言い、アキマサがチラリとやや不安そうな表情でこちらに目配せする。役柄については指示したが、細かい説明は省き、アキマサに説明していないゆえ、助けて、って事だろう。


「村との距離や、立地からして、まず間違いなくこの村を襲うだろう」

 アキマサに代わって答える。何度もしつこい様だが、喋っているのは俺だが、他者からはプチが喋っている様にしか見えない。


『しかし、盗賊ですか……。それが事実だとすると、どう対処すれば良いものやら……』

 村長が顎を撫でながら吐露する。

 続けて、

『普段は王国から派遣された兵の数名が、数カ月の期間で入れ替わる形で村の警護に当たってくれておるのですが、現在は緊急の用件とかで村を離れておるのです。……おそらく盗賊共はそれを何処からか知ったのでしょう』

『なるほど。タイミングから見てもそう考えると自然かもしれませんね』

『数日で帰って来るとは言っておりましたゆえ、あと何日かあれば』

「駄目だな」

 村長の言葉を遮り、告げる。


「自分で言っただろう、兵士の留守を狙って来たと。ならば兵士の留守の間に仕事をする筈だ。兵士がいつ戻ってくるのか知らないが、早ければ今夜。遅くとも明日には来るだろう」

 ピシャリと言ってのけるが、そんな俺の台詞とは相反して、喋っているていである筈のプチは大きな欠伸をかましていた。


『今夜……』

 俺、もといプチの言葉に村長だけでなく、周囲にいた村人達からも戸惑いの声があがる。


「安心するが良い。我が主は困っている村を見捨てる様な薄情者ではない」

 そう宣言する。

 途端に、期待を宿した村人達の眼がアキマサの一身に注がれる。はい、アキマサのハードル上がりましたー。

 予定通りとはいえ、とんでもない事になったとでも言いたげにアキマサがこちらを見ていた。

 そんな不安そうな顔をするな。もとより、アキマサに盗賊退治を期待してはいない。

 なので、助け舟を出してやる。


「たかが盗賊団ごとき、アキ……主が出るまでもない。盗賊の相手はワレがしましょう」

 そう言うと、今度は村人の眼差しがアキマサからプチへと移る。みな嬉しそうにこっちを見ている。アキマサも含めて。

 だけど、やっぱり興味がないのか、期待の眼差しを浴びる我が相棒は先程と同じだけの大きな欠伸でそれを右から左に受け流した。

 プチさん、台詞と態度合わせて貰えませんかね?

 しかし、台詞と欠伸のアンバランスさは特に気にならなかったのか、村長が真面目な表情でプチを見つめていた。


『なんとも流暢に喋るものですなぁ。なにより、知に富んでおられる』

『ええ、まぁ……。――――ホントにね……』

 関心した様に言った村長に、複雑そうなアキマサがそう返した。

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