第6話迷子のお供をするにあたって・5
弱肉強食。
その自然の摂理の中にあって、弱者にとって強者とは脅威の対象でしかない。
勝つ、という選択を放棄して、如何に生き延びるか。弱者にあるのはただその1つの選択。
しかし、それとて弱者にとっては得難い希望といえる。実力差があれば尚の事、強者から逃げる事すら難しい。
そんな強者と弱者の立ち位置。それは一体誰が決めたのだろう。生まれか? はたまた神の定めた宿命か?
――――いや、違うな。
俺が思うに、それは決意だ。
弱者、強者の立ち位置などは結果でしかない。
勝者が強者、敗者が弱者。単純明快。
例えば、個々の実力を数値で表せるとして、両者の実力は100と10。実力差は明白。
だが、それは数値でしかない。皮算用。この時点で前者が強者で後者が弱者と決め付けるのは、数値に惑わされた愚か者が出した答えだ。
勝者が強者、敗者が弱者。結果が全て。
そう、結果だ。
ゆえに、先入観で強者と思われていた者を、これまた先入観で弱者だと思われていた者に勝利する事がある。
それは追い詰められた者の底力。番狂わせ。
そうして勝敗が決まった時、初めて強者と弱者の立ち位置が決定付けられる。
生きるか死ぬかの戦いにおいては、二度と覆る事のない立ち位置。
強者と傲る者は常々忘れる事なかれ。100が10に勝つ事もあるという事を。
「でもまぁ、そんなのは物語の中だけだよなぁ」
赤黒い血溜まりの中で倒れる魔獣を眺めながらそんな事を口にする。
勝負は一瞬であった。
最初の交差で魔獣の腕一本を切り裂いたプチ。
プチにしてみれば、それは相手の力量を図るジャブ程度、挨拶程度の行動でしかなかったが、結果は予想以上の実力差を再確認するだけの行為に過ぎなかった。
しかし、相手は魔獣。本能のみで生きる鬼畜。
実力差など眼中に無く、また腕の一本を無くした程度では、その本能に一片の揺ぎも見せず、敵と定めた者へと牙を剥く。
臆する事なくこちらへと突撃してくる魔獣に対し、プチはあくまで冷静に、そして無慈悲に、その者の頭を蹴りつけ、一撃の元に粉砕した。
圧倒的強者の前に、ラッキーパンチによる番狂わせなど、そんな小さくもしたたかな希望の入る余地など、微塵も存在しなかったのだ。
動く事を完全に止めた魔獣を前に、威風堂々と立つは森の王者。失いかけたプライドの案件など忘却の彼方に吹き飛ばす圧巻の貫禄。
誉めて欲しそうに大きく振られる尻尾については見なかった事にした。可愛い奴め。
格好はつけた。威厳も見せた。で、あるならばこのまま流れに任せて去ってしまうのが無難に違いない。そうだと思いたい。
倒れる魔獣から目を外し、静かにこちらの様子を見ていた兵士達を一瞥する。ように相棒の頭を上手く誘導する。
自分達ではどうする事も出来なかった魔獣を圧倒して見せた森の王者の一瞥に、兵士達の表情が一気に暗くなるのが分かる。
そりゃそうだ。
相棒だって魔獣なのだ。相棒の事を知らない者達からすれば、次は自分達の番かとビビるに決まっている。そういう感情が隠れる事なく表情に滲み出ている。
1名を除いて、だが。
「この森から去れ」
それだけ言って踵を返す。
実際に言ったのは俺だが、俺はずっと隠れたまま。俺の存在を知っているのはあの女兵士のみ。その女兵士にしても、俺の事を他の者に周知している様子は無かったので、俺の言葉はそのままプチの言葉になって、事情を知らない兵士達の耳に届く。
結局、そのままゆっくりと森を去るこちらを呼び止める声は上がらなかった。
迫力勝ちもあるだろうが、実際問題、死人こそ居ないみたいだが大怪我をしている者を放ったらかして更なる強者にちょっかいを出そうという気は起こらないだろう。
あの女兵士とて、こちらの事より仲間の命が大事、怪我人の手当てが優先だろうしな。
なんにせよ。これ以上の厄介が増える前にあの場を離れられたのは幸いだ。
俺は特に何もしてないが、ドッと疲れた。気持ち的に。
そうして、疲れた気持ちのまま帰宅し、いまだにグースカと幸せそうに眠るアキマサの姿を見た時、遣り場のない怒りで更に疲れる羽目となった。
☆
『いや~、気持ちの良い朝ですね~』
森を颯爽と駆けるプチの背中の上、身体に感じる涼やかな風を受けながらアキマサが緩い表情でそう告げる。
「ああ、そうだな」
やや憮然とした態度で返す。
アキマサに早朝の出来事を知らせては居ないが、こちとら朝も早くから一悶着あって、とても気持ち良い朝なんて気分には到底なれそうもない。
そんな俺の空気を感じてかアキマサがやや不安そうな表情を見せて、大人しくなってしまう。
「気にするな。別に迷惑とかそういう事は思ってないから。ただちょっと朝が弱いだけだ」
別に朝が弱いなんて事はないが、アキマサが勘違いして気にしてしまった為、そう言っておいた。
早朝の騒動の後、俺が帰宅してすぐにアキマサが目を覚ました。
それから、身仕度を軽く済ませ、朝食を取り出発。
目指すは森を抜けた先にある近場の村。
昨日、予定していた村とは違う村で、今は王国までの道を遠回りで行くルートを進んでいる。
本来なら遠回りなどするつもりはなかったが、王国までの最短距離となると、あの場所、早朝の騒動の辺りを通過する必要がある。
ばったり鉢合せなんて御免被る。ゆえに、遠回りの道を選択する羽目となった。
この世界の地理の事など知識に無いアキマサがその事に気付く筈もないので言わないでおく。気付くとしても、ちょっと予定より時間かかったな、その程度の事だろう。
それはさて置き、この遠回り。村に行く事が前提のルートだ。いや、それは遠回りしなくても一緒か。どちらにせよ近くの村には一度立ち寄るつもりではあった。
他のヤツと違うとはいえ、魔獣の相棒が村に行くのは問題あるし、そもそも俺も人前に出るのは嫌なのだ。そうで無ければこの森で自給自足の生活などしちゃいない。
しかし、村に行かねば手に入らないモノがある。
それは服。
俺のではない。アキマサのだ。
異世界の服であろう珍妙な服装で王国は悪目立ちする事間違いなし。それは何だか不味い事になりそうな気がする。
村は村で悪目立ちするだろうが、規模が違う。危険度も違う。
この格好のまま王国に行き、不審者でしょっぴかれたなんて事になっては意味がない。送った側としては目も当てられない。
異世界の住人であるアキマサがそれに対してまともな反論を出来るとも思えない。流れ着いたばかりの彼にこの世界の実状を、現状を理解しろと言っても酷な話だろう。
ゆえに、どうしても悪目立ちしない為の服が必要なのだ。
まぁ、悪目立ちという意味ではプチも目立つのだが、相棒は子犬位にまでなら小さくなれるので何とか隠し通せるだろう。袋にでも入って大人しくしてれば良い。俺も自分の事はどうにか出来る。伊達に森の中に隠れ住んじゃいない。
ただ、問題があるとすれば、ひとつだけ……。
俺は現金を持っていない、という事。
アキマサが持ってる訳はない。なんせ異世界からの迷子だ。
買えないならばどうにかいらない服でも譲って貰うしかないが、この御時世。古着とて貴重だ。見ず知らずの怪しい格好のアキマサに譲ってくれる酔狂な人がいるだろうか……。
ここで正面に向けていた顔をぐるりと回し、アキマサを見る。
俺が、別に迷惑とかじゃない、と言ってから憂いが取れたのか何処か楽しそうに森を眺めていたアキマサが、ちょっと不思議そうに、何か用ですか? とでも言いたげに小首を傾げてきた。
そんなアキマサに、特に言葉も掛けず正面に向き直す。
せめて、森で拾ったのが聖剣ではなく現金だったならなぁ……。いっそ剣を売ってしまおうか……。
俺がそんな罰当りな事を思っている間も、相棒は着実に森を駆けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます