第5話迷子のお供をするにあたって・4

 遡って回想に耽っていた思考を現在に戻す。

 迷子を拾って、畑仕事して、魔獣の爪痕を発見して、兵士の集団に出会い、いま現在。

 思考に耽っていたというより走馬灯だったのかも知れない。だとしても、走馬灯が昨日今日の出来事だけに終始するなんてのは、俺の人生的にどうなんだ? 寂しくない? 他にも泣いて笑って喧嘩してと色々あったんじゃなかろうか?

 まぁ、そんな事は現状ではどうでも良い事だって事なんだろう。

 いまを大事にしていこう。



 超人兵士さんに追っ掛け回され、絶体絶命。相棒危うし! と飛び出し割って入った両者の間。

 あわや真っ二つかと思われた痛いじゃ済まない未来は中々やって来ず、短めの静寂を、されどたっぷりと堪能した後で、堅く閉じていた目を開けると、キラリと光る剣の刃先が目と鼻の先で静止していた。

 どうやら切られてはいないらしい事を悟る。


 その事に安堵し、大きく息を吐き出す。

 死んだら死んだで物語も終わりで、ダラダラと語る手間も省けると云うものだが、どうやらまだお話は続く様だ。

 迷子を助けたという、ちょっと良い話、位で終わっちゃ駄目ですかね?


『これは、どういう状況でしょうか?』

 そんな事を考えていると、剣を俺に突き付けたままの兵士がそう問うてきた。


「俺が剣を突き付けられてる状況だが?」

 多分、聞きたいのはそういう事では無いのかも知れないが、さっさと剣を降ろせ、という思いを乗せて言ってみた。寸止めまでしたのだから流石に切らないと思うが、刃物を突き付けられたままなのも大変居心地が悪いのだ。


 兵士は少しだけ間を空けた後、ゆっくりと剣を降ろした。降ろしはしたが鞘に戻さない辺りに、依然として警戒している様子が見てとれる。

 まぁ当然だろう。

 相棒も俺の後ろでまだ威嚇しているし。警戒中はお互い様だ。


 とりあえず、気が変わってやっぱり切られた、なんて事になる前にこの場を離れたいが、こそこそ逃げるというのも相手に後ろめたい何かを感じさせてしまいそうで致しかねる。

 第一、ここで逃げてもどうせ追って来そうだ。

 ならば、やる事は1つ。先程と違い、今は何とか話を聞いて貰えそうな雰囲気なので、俺達に危険が無いと思って頂かねば。でないと、ネバーで追われる身になりかねない。


 という感じに方針が定まったかと思いきや、相棒が何やら明日はどっちだ、と言いかねない程に首を上げて、木々の先、森の奥へと視線を向け始めた。

 方角的には兵士達と遭遇し、逃げて来た方向。

 今まさに剣を抜いた兵と対峙しているというのに、何とも無用心な相棒だと思ったが、おそらく、相棒はそれ以上の何かを感じ取ったのであろう。出なければ危機感の足りない平和ボケしたただの温室犬だと思う。


「どうした?」

 一度、対峙したままの兵士を一瞥してから相棒に尋ねる。

 先程から眼前の兵士は、剣を正面に構えたままピクリとも動きを見せず、こちらを見据え続けていた。相手さんは相手さんで何か考える事があるのだろう。


 相棒は俺の問い掛けに一度だけワンと鳴いて返事を寄越した。

 今日は三回目だからスリーだぜ?

 何処からも突っ込みは入らなかった。


 そんな事はともかくだ。


「えっ~と、兵士さん?」

『……何でしょうか?』

 抑えの効いた澄んだ声が返ってくる。


「一先ず、一時停戦にしないか?  向こうで何かあったらしい」

 そう言い、相手の出方を待つ。あんまり信じては貰えなさそうである。


 少しの沈黙。

 あと、

 返事を待っていると、少し遠く、相棒が顔を向けている先から地響きを伴う木々の倒れる音が届いた。驚きを乗せた鳥達の声が周囲に溢れる。


「プチ!」

 いうが早いか、相棒の背に乗り込む。

 それを合図に、待ってましたとばかりに相棒が駆け出した。

 木々を抜け、小枝を凪ぎ払って森を駆ける。

 そうして、森を駆け抜ける中、後ろを振り向くとそんな俺達を追走する様に兵士も走って来ているのが目につく。

 何か後ろ走られると怖いんですけど?

 そのまま切りかかって来ないでね?


 後方に顔を向けたまま、そう祈って駆けていく。

 追い回されて走った道を、また追い回されて戻っていく。



「なんだ……?」

 折れて傾いた木を飛び越えると、血を流して倒れる兵士の姿が目に飛び込んでくる。

 そして、無事な兵士の姿。

 その眼前。


 小屋と見紛う程の大きな熊が、唸り声を上げ、兵士に襲いかかろうとしていた。

 黒く、瞳を無くした真っ赤な目。


「魔獣か」

 このデカさ。木の幹に深々と刻まれていたあの傷をつけた奴だろう。

 どこからか流れてきた余所者の魔獣と、これまた余所者の兵士達がかち合った、ってなところか……。余所者同士気が合う様で。


「プチ!」

 再度、相棒へと合図を送る。そして、相棒が駆け出す。

 向かう先には一人の兵。


 正直、義理も無いのだが、目の前で死なれても寝覚めが悪い。

 剣を持ち、逃げ出さずに魔獣と対峙しているのは立派だが、完全に腰がひけている。あれは駄目だろう……。

 何より――――


「ここは俺の縄張りだ。あんまり好き勝手してくれるなよ」

 殺されかけていた兵を素早い動きと器用な牙使いで助けた後、相棒の心情を代弁するかの様に告げる。

 俺の姿は相棒の体毛に隠したまま。知らない者が見れば、それはまるで相棒が語っているかの様に映るだろう。人語を理解し、操る獣の完成だ。

 きっとこんな風に嘘と誤魔化しが飛び交い、噂と誇張が駆けて抜け、伝説なんかになったりするのだろう。


「そんな訳だから、手出し厳禁で頼むよ」

 対峙する魔獣に目を向けたまま言う。

 魔獣へ、というよりは後方、相棒に続いてやって来て、熊型の魔獣を見るなり、負傷した兵達と魔獣との間に立つ様に剣を構えた一人の兵に向けた言葉。

 その兵士は、特に返事もせず沈黙を守っていたが、剣を構えたまま動き出す気配は見せなかった。

 それを勝手に、了承した、と捉える。


 それから、相棒へと意識を移す。

 少々イラ立っているのか、普段よりも喉から溢れる唸りが大きく感じられた。

 相棒ことプチは、この森では無敗だ。

 広いこの森全てを自分のテリトリーとして君臨する森の王者。


 だと言うのに、先程はたった一人の兵に殺されかけた。そんな腑甲斐の無い自身へのイラ立ち。

 本気ではなかったし、油断もあった。しかし、そんな事は何の言い訳にもならない。

 勿論、上には上がいるだろう。広い森と言っても世界から見れば極狭い。所詮、猿山の大将。相棒は犬だが……。

 だが、猿山、もとい犬山の大将とてプライドはある。

 実力が上であるとハッキリ突き付けられた相手に助太刀までされたとあっては相棒のプライドはズタズタだ。


 だがまぁ、そう気落ちするな。なに、さっきのは色々と運が悪かっただけさ。

 なので、ここらで壊れかけたプライドを治し、落ちかけた尊厳を拾い直そうじゃないか。


 そうして、依然、体毛に埋もれたまま、活を入れるつもりで相棒の身体を叩く。

 それに背中を押されたかの様に、魔獣に向け、相棒が一足飛びで距離を詰める。

 そんなこちらを迎撃せんと魔獣が大きく鋭い爪を持った腕を振り上げるが、相棒はお構い無しに突っ込んでいく。

 一瞬の交差。


 飛び出した相棒が大地へと脚を着けたのに少し遅れて、ドサリと質量のある物が落ちた音が聞こえた。

 それは、すれ違い様に魔獣が振り上げた腕を咬み切り、そうして千切れた腕が小さな放物線を描いて大地に落ちる音。

 森の王者を称える大地の音。


「さぁ、狩りの時間だぜ相棒」

 相棒にのみ聞こえる小さな声で、されど力強く、そう告げた。

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