第4話迷子のお供をするにあたって・3

『王国ですか?』

「ああ」

 アキマサと出会った晩。

 相棒の狩って来た獲物を口にしながら明日の予定をアキマサに伝えた。


 俺は料理らしい料理なんて作れないので、切って焼いて香草に包んだだけのシンプルな晩飯。正直素っ気ない味ではあったが腹ペコな迷子は味は二の次なのだろう、咀嚼もそこそこに黙々と肉を胃袋につめていた。

 アキマサが食べ終わったのを見計らい、王国行きの案を提示する。

 アキマサの持ち込んだ剣。

 見た事はあるので聖剣だとは思うのだが、良く似た紛い物という可能性もある。

 当初は、近くの村まで、という予定のつもりであったが、アキマサの持つ剣が本当に聖剣ならば、王国まで連れて行くべきだろうと考えを改めた。

 あまり王国なんかには近付きたくもないのが本音ゆえ、村まででも良いかも知れないが……。


『送ってもらう立場ですし、王国に行く事に異論はありませんが……。僕みたいな怪しい人間を受け入れて貰えるでしょうか?』

 不安そうにアキマサが言う。

 怪しい人間。まぁ、見慣れない服を着ていると俺が指摘したゆえ、そんな心配をしているのだろうが――――

 

「大丈夫だろ? 俺よりは怪しくない」

 あっけらかんとした態度で返す。

 俺の見た目は他者からすれば相当に怪しい。世界に唯一無二と言っても良い。


 俺の言葉にアキマサがやや怪訝そうな表情をしたが、結局その何かを口にはしなかった。

 代わりに、『王国まで徒歩で行くんですよね?』と尋ねてきた。


「ん~、お前が嫌でなければ相棒の背中に乗って行こうかと思ってる」

 そう言いながら、家の隅で丸くなって寛ぐ相棒に目をやる。アキマサも釣られて相棒へと顔を向けた。

「それで3日位だな。歩きだと二週間はかかるぞ?」

『……乗せてもらいます』

「その方が良い」

 そう小さく笑った。


 それから、アキマサが『こんなに大きな犬を見たのは初めてです』と相棒を見た感想を述べてきた。

 確かにデカイかもな。相棒は馬位の体格がある。漆黒の毛皮を持ったデカイ犬。それが俺の相棒だ。手入れを欠かさないサラサラな毛皮に包まれて眠ると夢見心地である。


「犬と言うか、元、犬だな。魔獣の中じゃ、そこまで大きい訳でもないよ。家よりデカイ奴もいる」

『家……それはおっかないですね……。―――――に、しても……魔獣かぁ……』

 魔獣という単語を口にして、何やらアキマサが感慨深そうに相棒を見つめた。


 相棒が、実は魔獣だと知ったらもっと驚き、怖がるかと思ったが、アキマサの反応は以外と淡白、むしろちょっと嬉しそうであった。


「驚かないんだな?」

『え? ――――ああ、まぁ……。驚いたのは驚いたんですが、それよりもちょっとワクワクする方が勝ってると言うか……』

「異世界ってのは魔獣が居ないのか?」

『僕の居た世界って事ですか? ――――居ませんね。そういうのは物語の中だけです』

「そうなのか。じゃあきっと平和なんだろうな」

『まぁ、そうですね。少なくとも僕の居た国は平和でした』

 アキマサが少しだけ渋い顔をして答える。

 平和で何故渋い顔になるのかは分からないが……、色々あるんだろう。


「誤解するといけないから言っておくが、俺の相棒だから大人しいんだ。他所で魔獣に出会ったら問答無用で襲いかかって来るからな。間違っても撫でようなんてするなよ」

 魔獣がみんな相棒みたいだと油断して殺されては困るゆえ、一応、そう釘を刺しておく。

 頭撫でようとして頭をかじられました、では全く笑えないのだ。


『気をつけます。――――質問なんですが、普通の獣との違いって分かるものですか?』

「見た目で何となくな。魔獣は基本的に全部黒い。そして眼が赤い。黒くて赤いのは魔獣だと思えばいい。大体魔獣であってる」

『なるほど。魔、って感じですね』

 アキマサが納得顔でそんな事を言う。

 何が、魔、って感じなのかは良く分からないので流しておいた。


『魔獣って沢山いるものなんですか?』

「嫌になる位にな。ゴロゴロいる」

 ちょっと大袈裟気味に誇張して答える。

 実際、一部の例外地域を除けば、そこもかしこも魔獣だらけって訳ではないが、数多く居るのは事実だ。


 そんな俺の言葉にアキマサの表情が少し陰る。

『大丈夫でしょうか? あすの道中』

「ああ、それはそんなに心配ない。相棒はこの辺じゃ敵無しだ。この森もそこそこにデカイんだが、全部相棒のテリトリーと言ってもいい。王国まではそんな相棒が一緒なんだ、そこらの魔獣程度なら問題ないよ」

『へー、強いんですね。えっ~と、――――クリさんの相棒は』

「名前か……プチって言うんだ」

 相棒の名前を教えると、アキマサが僅かに小首を傾げ、俺と相棒を交互に見た。


『こんなにデカイのに?』

「小さかったんだ……。拾った時は」

 アキマサとそんな会話を交わしながら、夜は更けていく。







 翌朝。

 まだ陽も昇りきらない早朝に目を覚ました。

 今日から王国を目指しアキマサと出発するゆえ、数日は戻れない。畑の世話なり、とにかくやれる事はやって置こう。

 身支度も程々に、自宅を出て畑へと向かう。

 畑と言っても、俺一人が自給自足するだけの野菜なんかを育てているだけなので大して広くもない。昔はもう少し広かったが野菜を売って生計をたてている訳でもないのでこの位で十分だ。


 そうして、大して広くもない畑で仕事をしていると、ひょっこりと相棒がやって来た。

 いつもの事。

 いつもの日常。

 相棒は俺の仕事中は畑の隅っこでごろ寝をして過ごす。勝手知ったる我が森、我が畑とはいえ、危険が無い訳でもない。事実、畑仕事中に肉食の獣や魔獣と遭遇したのは一度や二度ではない。

 前は全力で逃げたもんだが、相棒が我が家にやって来て以来、逃げ出す事もなくなった。相棒の牙の前に肉食の獣も魔獣も返り討ちである。

 ゆえに、暇そうではあるのだが、多分、相棒的にはボディーガードのつもりなのかも知れない。もしくはただの甘えん坊か、そのどっちかだ。


 そんなあまり出番がなく暇そうな相棒だが、今日はいつもと様子が少し違った。

 畑に来た相棒は、いつものごろ寝には移行せず、何かを探す様に小刻みに鼻を鳴らしては、キョロキョロと周囲を見渡していた。


 相棒の様子に、「どうかしたか?」と尋ねるより早く、相棒が一声鳴いた。

 言葉など分からないが、どうやら何かあるらしい。

 素早く相棒の背に乗ると、相棒はもう一度ワンと鳴いて、俺はそれに対して「二回目だからツーだな」と返したが、相棒からは何の突っ込みも返っては来なかった。



 相棒の背に乗り森を駆ける。

 家にアキマサを残したままだが、まぁ大丈夫だろう。あそこは色々頑丈だ。色々。

 それから、しばらく走り続けていた相棒が不意に立ち止まった。


「……なんだこれ?」

 相棒が立ち止まった位置。大きな木が目の前に生えている。

 森なので木が生えているのは当たり前なのだが、当たり前じゃないのは木の様子。


「爪痕……かな?」

 目の前の木は、幹が大きく抉れ、じわりと固まった樹液で装飾されており、無骨で無粋な職人さんの雑な仕事がありありと浮き彫られていた。

 色合いや樹液の様子から、ここ二、三日の作品だろう。

 爪痕は四本。どれも太く、深く幹に傷を付けていた。

 これだけデカイと獣では無いだろう。かと言って、この森にこのサイズの魔獣も居ない。

 となると……、他所から紛れ込んだか。やれやれ……厄介な事だ。


「にしても、デカイなぁ……」

 感嘆混じりにそう俺がぼやく。

 そのぼやきが不愉快だったのか、相棒が俺を背に乗せたままググッと全身に力を入れた。

 途端に相棒の身体が隆起し、先程よりも一回り大きな身体へと変化した。


「なんだよ? プライドに触ったか? それとも大きさ自慢か?」

 そう言って、相棒に向けてケケケと笑う。


 身体のサイズを変化させるのは相棒に限らず、魔獣ならば出来る奴も少なくないと聞く。まぁ、と言っても優秀な奴だけだ。

 相棒はデカくなるだけでなく、小さくもなれる。

 今のデカイ相棒もカッコいいのだが、子犬サイズの相棒がこれまた可愛いんだ。


 なんて事を思っていたら、相棒が突然走り始めた。あやうく振り落とされかけた身体で手を伸ばし、相棒の毛をむんずと掴まえる。

 今回は落ちなかったが、何度も落とされた事がある。


 急発進した相棒に文句でもつけようかと思った矢先、今度は急停止。反動でケツが浮いて、相棒の後頭部に顔面を強打し、そのままスッポリと毛の中へと収まった。

 なんなんだ!? と、相棒に抗議の声をあげようとして止める。

 相棒が僅かに唸り声をあげていた。

 慌てて、相棒の毛に埋もれたまま周囲の様子を探る。


 そうして、視界に収まったのは、無骨に統一された鎧を身に纏った何十人もの兵であった。

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